« アルカーサル迎賓館 | トップページ | ホームコンサート »

2007年2月18日 (日)

カトマンズの祭り

  学校を卒業するや否やの就職はインド・カルカッタ日本人学校職員でしたので、さあ大変。父は千載一遇のチャンスとばかり賛成、母は私の健康を気遣って猛反対。

 世間知らずのままの海外赴任は180度の環境変化。お金はルピー、言葉はヒンズー語、ベンガル語、英語、毎日40度の猛暑。日本食は無し。太陽は頭上。

 このような環境にあっても滞在2年目となると若さのためでしょうか環境に馴染んでしまい、友人ができたりインド各地への旅行の楽しさも増えて住み心地がよくなりました。買い物もルピーが自然に使えるようになり、だんだん日本のことを忘れ始めました。父母とは月に一度程の手紙による近況報告だけでした。

 高校生の頃、川喜多二郎さんの「ネパール王国探検記」を読んで感銘し、その頃からカトマンズ行の気持ちが強くありました。カルカッタ滞在中に「そうだ!隣国ネパールに行こう」という昔からの夢が蘇ったのです。幸運にも直行便が出ていますので、休暇に行こうとチャンスを狙っていました。

 カルカッタのダムダム空港からカトマンズのトリブーバン空港までは乗ってふわふわするプロペラ機です。広大なヒンドスタン平原からネパール領内に入ると飛行機は小高い山すれすれに飛ぶようになり、すぐ下の山肌が肉眼ではっきり見え、行っても行っても段々畑が広がっています。珍しくてその美しく青々とした光景に見とれていました。しばらく飛行すると高い山に囲まれた盆地のようなところに着陸しました。暑いカルカッタから来ましたのでカトマンズのトリブーバンエアポートは涼しく、まるで夏に軽井沢へ行ったような錯覚になりました。

 カトマンズ滞在中に偶然にも日本の祭りの原型ではないかという山車に出合いました。村人が綱で引き、笛、鐘、太鼓によるお囃子で、音楽も何処となく日本のに似ているような感じです。写真左のように山車の上に日本のどんど焼きを思わせるものを積み重ねており、一番上に人が掴まって乗ってます。山車が前進するたびごとに前後左右に大きく揺れます。

 この光景を見て「日本の山車の起源はどこであるか」思わずにいられませんでした。遠い遠い私たちの祖先の時代にどこかで起源があり、それがカトマンズにも伝承されてるのかもしれません。

インドのオリッサ州プリーという町には太陽の神を奉る古代ヒンズー教の大寺院があり、この寺院の両脇には巨大な車輪を象る彫刻がいくつもあり、あたかも寺院そのものが前進するかの如くの印象を与えます。これを見たとき思わず「日本の山車の起源はこれかな」と直感してしまいました。

|

« アルカーサル迎賓館 | トップページ | ホームコンサート »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: カトマンズの祭り:

« アルカーサル迎賓館 | トップページ | ホームコンサート »