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2007年2月 2日 (金)

忘れられない我が師

  昔のことです。高校入試発表の日、合格の喜びのまま音楽室に行きました。その時の先生との出会いが私の生涯を変えることになりました。その日に先生はトロンボーンを渡してくれました。

 春休みに早速、先輩達に混ざって練習に参加、入学式では新入生であるのに式典音楽の演奏に加わることになりました。この先生には平素の練習時はもちろん、草津温泉での合宿で多面にわたり教育され、音楽と同時に礼儀作法を厳しく躾けられました。就職後、恥ずかしくないよう社会人としての基本を身につけさせて下さったのでしょう。その頃、私はサックスに変わりました。

 経済的理由でずっと就職希望でしたが、2年生になってから先生は音楽専攻として大学へ行けと、かなりしつこく言うようになりました。私はそのつもりがなくだんだん心配になり、両親にも先生の話しをしましたが、両親もそのようには考えていませんでした。

 ある夏の晩、先生は私の家に来られ、両親にも私の進学を勧めました。いつものようにかなりしつこいです。就職の勉強しててピアノのピの字もない私に果たして弾けるようになるか小さな胸は不安でした。

 結局、17歳でバイエルの初歩から始め、それを3ヶ月で終了し、次の段階であるチェルニー30番とソナチネに進みました。土日には先生宅で聴音も指導してくださり、いつの間にか受験準備が軌道に乗ってしまいました。

 先生との出会いがなければ、後のインド日本人学校教員や高校音楽教員としての人生は決してありえませんでした。

 先生との関わりでの喜びは長い期間、互いに高校教員としてともに働けたことです。中でも圧巻は先生が高高におられ私が前高にいたとき、前高高高定期戦で対戦したことで、これは師弟冥利につきました。私が高校生の時、遠い将来このようになるとは夢にも思っていませんでしたから。

 私の人生を変えてくださった我が師、Hatoken先生は3年前に亡くなりました。

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