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2007年3月17日 (土)

自己最高記録を車のナンバーに

 娘が二人います。今日は長女の誕生日です。この間、生まれたと思っていましたが、すでに横浜で仕事に携わりながら家庭を持ってます。月日の経つのは早いものです。高校時代には吹奏楽部に所属しテナーサキソフォーンを担当、部活に明け暮れていました。私はソプラノサキソフォーンを吹いてますので共通項か。

 次女は私と二人暮しです。朝食の時、一緒に過ごすだけで、夕食を共に摂ることはめったにありません。仕事はウェディングプランナーとして若いカップルの結婚式において、心に残る演出をお手伝いしています。土日や祝日は結婚式がありますので今朝も7時台に出勤です。帰宅は夜11時頃です。

 生涯を貫く仕事を選択するには「その仕事が向いてて適正があり、それが好き」ということが基本でしょう。「好きこそものの上手なれ」は、継続できる職業選択として重要な要素と思います。それにプラスして頑張れる気持ちは学生時代の部活により養われることが大であるようです。

 次女は高校時代、陸上競技部のキャプテンでハードルを専門としていました。4×100メートルのリレーでは3年のときアンカーとして県高校総体3位になりました。出場校が多い中、よく決勝まで残り入賞できました。そのときの光景は今でも鮮明に私の脳裏に焼きついてます。

 ハードルはジャンプと走力の連続で想像以上に労力を要し、ゴールまでたどり着くだけでも並大抵ではないとのことです。時々腰を痛め病院で治療しながら選手生活を続けました。これほど陸上競技に打ち込んだのですから、培った精神力を基礎として、これからは人生の荒波に力強く対処していってほしい。

 娘は高校時代のハードル自己最高記録を車のナンバーにしてあります。悔いなき青春時代のそのナンバーが毎日の出勤の弾みとなり、たとえ弱音が出そうになってもメモリード・アルカーサル結婚式場へ向います。

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