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2007年4月

2007年4月30日 (月)

青年教師と子持山

  昨日の子持山登山は25年ぶりです。高崎商業に勤務してた時、近くの北毛青年の家で吹奏楽部の冬休みの合宿があり、40人ほどの部員と気分転換にレクリエーションとして山頂まで登った山でもあります。四半世紀前ともなると私も純真な(?)青年教師でしたので、また責任感があったのでしょうか、疲れたというような記憶はありません。

 その生徒さんたちもすでに40才代、社会の各分野で活躍してます。ときどき近況報告と称して一杯やることがあり、こんな時「ずいぶん頼もしい人たちになったものだ」と男性も女性もつくづくその立派さに驚かされます。

 彼らの高校時代の思い出は吹奏楽部での活動がそのほとんどを占めているようです。高崎市群馬音楽センターにお客さん2000人に入場していただいての定期演奏会はいつも盛況、部員たちにとっては部活の集大成として達成できた満足感、その晩の慰労会は若いせいもあって、合宿場で跳んだりはねたり大騒ぎ、顧問教師も一仕事すんだ開放感か大分リラックスし部員と心は一つ。儀式では部活をやりぬいた3年生を褒め称えたりして、時には涙あり。この時ばかりはめずらしく真面目な教師らしい一面もあったようです。

 これらはすべて昭和時代のこと、月日は遠い夢のように過ぎ去りましたが、今回、子持山に登頂したのが偶然にも昭和の日。子持山近くの北毛青年の家で行なった毎年の合宿は昨日のようにはっきり覚えおり、私にとっても歴史として心に残ってます。

  ところで、子持山登山中に思いました。登山はもちろん、平素あちこち歩いても、歩くということには大きな利点があるように思えてなりません。身体を鍛える点ではジョギングやマラソンなどを頑張ることは効果があるでしょう。しかし、心に余裕が生まれるかはどうかは難しいことのように感じます。

 この点、歩くことは特に頭脳にいいと思われてならないのです。歩いてると頭の中では次から次へといろいろのことが浮かび上がるものです。多分、これは「血流のスピードが丁度良くなり」脳へ酸素がたくさん運ばれるからでしょう。

 血液の流れを見ることはできませんが、これがいかに大切であるか忘れずにいたいものです。これからもいろいろ工夫して脳を鍛え、立派になった生徒さんたちといつまでも交流したい。

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2007年4月29日 (日)

山登りと無常

  本日、子持山に行ってきました。同行者は山岳のベテラン、サムュエル・トッドさん。高山村にある群馬天文台の駐車場から登り始め、新緑には早い季節であっても登山道の道端には多くの木々が小さな芽を覗かせています。高い位置にあった天文台の2つのドームが次第に下方に見えるようになり、一休止。上りのため呼吸や、脈拍は平時より速めに感じました。

 実は、私は昨晩の夕食で食あたりになってしまい、夜中の2時頃、目が覚め胃の具合が悪くて上げてしまいました。これでは折角の子持行きも断念かと、うとうとしてましたが、朝になったら少し回復し、朝食を取らずに家を出発したのです。

  このため2時間の登りは思ったよりきつく、心臓に負担のないよう歩幅を狭くした歩き方を続けました。ふと後ろを振り返ると、遥か遠くの空に上越国境の山々が長く連なっています。それ見た途端、白銀は疲れた足腰を忘れさせてくれたのです。頑張って登れば登るほど谷川岳や平標山の山嶺はその高さが増し、どうだとばかり気高い威容を見せつけるのです。

 1時間半で八合目ほどのNTT電波塔に到着。途端に今まで見えなかった南側に利根川の蛇行が目に入り、昨晩の食あたりは忘却となりました。そうこうしてるうちに遥か彼方に真っ白な富士を発見。それは「断然違うぞ」とばかりに純白に聳え立っていました。山道はいよいよ急勾配、最後の踏ん張りどころです。道の左も右も深い谷。登り始めた頃より体温は上昇し、山肌を拭う風がひんやり。とうとう山頂に着きました。

  海抜1296メートル、その高さが示すように十二分に苦労しました。頂上は広くて、すでに15名ほどの登山客が360度の絶景に目を取られ静寂でした。女性の方が多かったです。しかし、子持山山頂で行き会ったのも何かの縁、雄大なパノラマを共に見ながら日光白根山をはじめ、武尊山、草津白根、北アルプスなど遠くの山々についてお互いその位置を確かめ合い、心は次第に一つとなって打ち解け、笑いに包まれ、いつとはなしに近しい歓談となりました。

 私は思いました。今日のこの時間、偶然、子持山山頂でお会いし、共に楽しい時間を過ごしたにもかかわらず、「この方々とはもう2度と永遠にお逢いすることはない」ということです。これ考えた時、登山の無常を感じてしまいました。

  この寂しさと山頂を征服できた相反する感情をまとめるため、帰路に近くの高山温泉に立ち寄り、4時間歩いた汗を拭いつつ、山頂でのすがすがしさに満ちた彼女達の顔や声が脳裏を横切りました。

サムュエル・トッドさん一日中お世話様になりました。こころよりお礼申し上げます。

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2007年4月28日 (土)

イエキアハイ

  角度を変えて物事を見ると別な判断ができることがあります。新たな視点で見ることも大切でしょう。日頃、練習や学習でスランプに陥ったり、仕事がスムースに行かなくてしばらく悩むこともあります。

 そんな時こそ、今いる立場を別なところまで移動して見ると、いい考えが浮かんだり、新たなことに気がついたりすることがあるものです。あるいは人からヒントをもらって脱却できることもあります。ひとは別の角度から見てるからでしょう。

 若い時サキソフォーンを習っていました。なかなか音程が定まらず困りました。唇の閉め方について金管楽器の癖がついてしまい、高い音ではきつく閉め、低音の時、緩めてしまうことが続いてたのです。その昔トロンボーンを吹いてたためでしょう。金管楽器ではそのようにするのですが、サキソフォーンでは異なるのですね。

 ある日、音色を無視してすべて同じ締め方で吹いてみたのです。そしたら何と音程が安定するではありませんか。これに気づくまでかなりの年月を費やしました。高音では息の量をたっぷりで、低音では少し出すべきでした。「閉め方でなく息の量だったのです。」これも閉め方にのみ固執してしまい、息の量という観点がなかったのでしょう。

 同様に、英語の発音でも日本人と外国人では何かが違うのです。もともと生まれが違うのだから当たり前かもしれません。それも正しいですけれど、それでも少しでもネイティヴの発音に近づきたいわけです。

 音楽の時間では腹式呼吸で練習しますね。英語の発音もこの方法で声を出すと異なる響きになることに気づいたのです。外国人の声にはどうも強い響きがあるので「あるいは」と思ったのです。

 私たちはどうしても発音にこだわります。それは正しいでしょう。でももう一つ、発音の他に「発声法」を身につけることは、より英語らしい響きに近づくのではないでしょか。ホームステイとして数回、外国人を受け入れ、彼らの声を聴いて感じました。これも腹式呼吸という別な角度からです。試してみてください。

 ところで上の写真は掲示板の方で「これは何でしょう」と、皆さんに質問させていただいたことがあります。

 これはどなたでも見る吊り橋です。しかし、谷底に下り、下から見上げて撮影したのです。こんなものでも角度を変えて見るとまったく別に見えます。まるで大きなボーリングの機械のようです。

 私たちは一つの事象でも別な角度から見ると新たな見方ができたり、判断に役立てることができそうです。

【注、イエキアハイはインドの言葉で「これは何ですか」ということです。】 

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2007年4月27日 (金)

今より10%上なら

  ブログは日誌というより日頃、頭に浮かぶことを文章にすることで自分の考えがまとまるようです。今まで地元の地方紙に数回投稿したことがありますが、ブログを開設してからはすぐに公開でき、いつかいつかと掲載まで待ってることがなくていいです。

 しかも、撮れたての写真をカラーで大きく掲載でき、瞬時にWorld Wide Webに流れるのですから驚くほかはありません。お陰でデジカメが楽しくなりどこに行くのも取材の相棒になってます。

 今まで写真はあまり撮りませんでした。ブログ開設以来、周りの景色や花たちが「私を載せてください」と言ってる風に感じてしまいます。

 庭にあるこれからの最大の呼び物は「大輪の西洋シャクナゲ」です。昨年咲かせ過ぎたので今年は蕾が10個ほどです。直径12センチほどで薄いピンク。あと10日ほどでWorld Wide Webに載せられます。これは乞うご期待です。

 植物の手入れのみならず、挑戦するものすべてにおいて今の自分の実力の10%上ならば目に見える射程距離と思っています。あまり遠大な目標を掲げても心が疲れます。実現可能な範囲、もう少しで手が届きそうな点を設定して継続し、それに迫りたいものです。

 ピアノについては難曲がたくさんあります。例えば作曲家ベートーベンの「テンペスト」など聴きますと、よくこんな中身のある音楽を作曲したものだと驚くとともに、尊敬を通り過ぎて尊厳です。音楽は媒介であって人間の訴え叫びに聴こえてなりません。こんな精神美をテーマに作曲したベート―ベの努力に比べれば、弾くぐらいと思うのですが、これが至難です。一昨年はノクターン遺作、昨年はテンペストに挑戦し、どうにか形になりつつあるので今年は更に深く追い求めたい。10%上の表現ならできるかもしれない。

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2007年4月26日 (木)

気圧を身近なものに

今年の気候は例年に比較して変ですね。冬と初夏が行ったり来たりの感じです。春は南北の気圧が「おしくら饅頭」ですから不安定はいつものことですが、それにしてもどうしたのでしょう。

 お陰で我が家のしだれ桃は早く咲きだし、そのまま冷蔵庫に入れたように花が長持ちし有難いことです。ちょっと不自然でこれでいいのかなという気がします。自然には質問できません。

  「天気予報で明日の天気はどうかな」と、どなたでも気になるものです。私のようにレース鳩を飼育する者にとって、レースの前の晩は「明日は晴れるかな」「風はあまり吹かないかな」「途中は雨かな」と自分の県だけでなく、北海道から東北地方、関東まで「ずっと晴れるようにと」祈りながら天気予報を見ているのです。自分の生活のためではありません。鳩が飛びやすいかどうかで天気予報を見るのです。これは本当です。皆さんは笑らうかもしれませんね。

一般的に天気予報で私たちが気にすることは、明日は晴れるか雨かです。次に気になるのが温度あるいは湿度ではないでしょうか。本日のテーマであります気圧についてはどうでしょう。高気圧や低気圧の強さとして参考にする程度かもしれません。

 多くの家庭において温度計はあると思われます。次に少ないかもしれませんが湿度計かもしれません。気圧計となると非常に少ないと思われます。

 私たちは平素から「気圧について」もっと敏感であってもいいと感じてます。経験上「今の気温は何度であるか」はだいたい予想できます。しかし、「今の気圧はどの位か」を当てるのは難しいですね。

 私が気圧について気になるのは「気圧がその日の体調に影響し」健康に関係があるように思えてならないのです。

 生前、母は天気が良い日になると「今日は何となくおおごとよ」とよく言ってました。私はなぜだか分かりませんでした。天気がよければ気持ちがいいのにと思ったのですが、母の答えは逆でした。医師でないから分かりませんが、もしかして高齢者にとって「気圧が血圧に微妙に影響があったのか」と思われてなりません。雨の日や曇りの日にはそのような言葉を発しませんでした。

 私たちが山に行った時、頂上などでは気持ちがいいです。これは景色がいいことや温度が低いこともあるでしょうが、もしかして気圧が低くくて身体が楽になってるせいもあるのではないかと、母が言った言葉と関連して思いました。

 私たちは生まれてからずっと気圧の中で生きてます。気圧計を身近なものにしたいものです。ただ今の気圧は1022ヘクトパスカル、明日はよく晴れるでしょう。

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2007年4月25日 (水)

髪の毛が増えました。

 娘と二人の家族です。

  子供の頃8人家族で賑やかだったのに今はどうしたことでしょう。家族も時代とともに変化するのですね。朝食のみ娘と二人です。

 私が食事を作らなければなりません。娘は朝7時45分に出勤し、帰宅は午後11時前後です。月に2~3度8時頃に帰りますと、今日は早いねということになります。職種がウェデングプランナーですので仕事の性質上、土日や祝日は結婚式が入り勤務は充実してるようです。これは仕事に慣れてきて、生き甲斐に繋がってるのかもしれません。もしそうなら嬉しいです。

 このため私が食事を用意してます。洗濯も殆んど私がしますし、掃除や買い物も日課となってます。

 そこで食事については健康を考慮し、しっかり作らねばなりません。朝食はご飯を炊きます。最近行なってるおいしく炊ける方法は圧力釜を使います。お湯で研いでから市販の「アルカリイオン水」で炊くのです。二人分なので量が少ないため2~3分で蒸気が上がり、約3分弱火にしからスイッチを切り、温度が下がったら出来上がりです。新潟のコシヒカリのためもあるのでしょうか、おいしく出来上がります。極端に言うとおかずがいらないくらいです。と言ってもおかずを作ります。

 高崎駅前の「どんどん」で味わいいい物があります。食物繊維もあり健康にいいと思って家で真似してみました。それは「エリンギ」です。オリーブ油をほんの少し使ってフライパンで炒めます。何と言っても安いですから主夫としては一石二鳥です。

 ところで、最近私の髪の毛が増えてきました。増えて困るほどではありませんが、近くの床屋さんにも言われました。白髪も殆んど見つからないとのことです。

 栄養学については素人ですが、炭水化物、たんぱく質、脂肪、カルシュームなど主たる栄養素を考えてます。人体は殆ど「たんぱく質」でできてることを考える時、これを豊富に含んだ食品の摂取が日々肝心なことと思ってます。

  こんなことから私が毎日摂取してるのは「豆乳」です。いろいろ飲んでみましたが、商品によっておいしくないものもありました。でも結構、味のいけるものも発見でき、おいしく感じますから一日1リットルくらい無理なく飲めます。味の良いものでないとそうは飲めるものではありません。

 一方、お刺身をいただくようにしてます。赤味より青い魚のものです。肉は豚肉を週に1度くらいです。長寿の方々は豚肉を召し上がっているようです。

 最後にアルコールに関してですが、わざわざ休肝日を設けてません。そんなことをしたら毎日寂しい生活なのにいっそう夢がなくなります。「百薬の長」を実践したいので量を少なくしてこの素晴らしさを毎晩味わいたい。お陰で一人でも充実した(?)夕食となってます。

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2007年4月24日 (火)

オランダ生まれの「スチール号」到着

 本日、レース鳩「スチール号」を無事に導入できました。若く健康そうに見えます。早速、喉を潤して長旅の疲れを癒していました。

 長いことレース鳩を飼育してますが、今まで記録鳩を導入したことは一羽もありません。今回、ヨーロッパで優勝した「スチール号」を迎え、飼い主にとって本日は歴史的な日になりました。

 写真中央は記録証明書です。参加者プロンク鳩舎(オランダ)、放鳩地モントバーン(南フランス)、参加5796羽、距離1022.493K、到着時刻午前3時34分06秒、分速1484.02m、成績1位等が一段目に読み取れます。

 「スチール号」は♂です。日数が経過して落着きましたら広い巣房を与え配合します。

 配合予定鳩は1、高塚鳩舎作「GN3位稚内ブルー号」直仔、2、高塚鳩舎作「GP1位グランプリキング号」直仔、3、名前のない鳩鳩舎作「ヤン・エルネスト」直仔、4、アルカディア鳩舎作「爽快5号」直仔、4、香山氏作ジャンヌ・オレルアン号」直仔を始めとした香山輸入系などです。

 「スチール号」が宝の持ち腐れにならぬよう、正しい管理で飼育したいです。拙い私の経験を振り絞り、子孫に卓越したオランダの血統を蘇らせてほしいものです。

 最後になりましたが、「スチール号」導入につきまして、ご尽力賜りました香山さんご夫妻に衷心より感謝申し上げます。 

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2007年4月23日 (月)

フランス南部モントバーン~オランダ北部間

愛犬「ころ」は柴犬のオスで日本犬の特徴を表現してると思います。現在、1才半ということもあり元気そのものです。裏庭に放し飼いにしています。家族の一員として、その役割を果たしてくれてます。

 犬に比べてレース鳩は人になれることは稀です。ペット的に飼育すれば時々肩にとまったりすることもありますが、本来の目標は愛玩ではありません。

  遠隔地から放されたら、自分の鳩舎まで直線上の近くを通っていかに速く帰還するか、方向判定能力、体力、帰巣意思など鳩本来の性能が求められ、これらは先天的な要素として先祖の血統、訓練で補われる後天的な要素があり、飼育者の経験による適切な管理や勘も求められます。

 鳩レースは競走馬のようにレースが見えません。優劣はすべて計算によって比較します。地球は平面でなく球なので「球面三角法」により2地点間の距離を算出します。それを飛翔に要した時間で割りますと速さが出ます。実際には分速で計算し、ソートにより参加鳩の序列が出ます。一般的に速い場合は1500メートル前後になります。今ではコンピューターにより計算できますが、近年まで球面三角法は高校時代に習ったlogを使い対数計算により距離を筆算で測定してました。

 世界ではヨーロッパの北部に位置するベルギー、オランダ、ドイツ、イギリスなどの愛鳩家や競翔家を中心に昔から鳩レースが盛んであったといわれます。鳩を放す場所のことを放鳩地といいますが、そこまではトラックやトレーラーで運ばれて行き、帰りは自力で各鳩舎まで飛んでくるのです。800キロから1000キロを越える長距離の放鳩地となりますとスペイン・フランス間に聳えるピレネー山脈の麓に多くの放鳩地が散在します。例えばフランス南部ではポー、ペルピニャン、サンバンサン、ダックス、ナルボンヌ、モントバーン、地中海沿岸のマルセイユなどです。スペインからではサンセバスチャン、ビルバオ、バルセロナなどが有名です。

 これらの放鳩地からフランス上空を通過し、国境を越え、ベルギー、オランダ、ドイツ、イギリスなどへ飛んで来るのですからレース鳩の能力は誠に神秘です。イギリスへ向かう鳩はゴール寸前でドーバー海峡を飛び越えるわけです。

 いよいよ明日、私の鳩舎にヨーロッパで活躍した「スチール号」♂が来ます。この鳩は南フランスに位置するモントバーンからオランダ北部プロンク鳩舎まで1022K飛び翌朝3時34分に帰還しました。

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2007年4月22日 (日)

カシミール製・木彫りの宝箱

P1030847  カシミールはカシミヤで有名ですが、私は男性だからでしょうか、木彫りの物に惹かれました。写真左の入れ物は横30cm縦25cm程で龍が彫ってある入れ物です。真ん中の龍は口に子供を加えていて何ともよく彫ってあります。

 カシミール地方でも龍が想像上の動物として存在するのですから、そのこと自体不思議に思えます。巨大な蛇のような身体に4本の手足、全体は鱗に覆われ、頭には2本の角と耳があり長い髭を持ち、尾の先が膨らんでます。

 想像上の動物でしょう。中国ではめでたい動物として天子になぞらえるといわれ、それが元でよその国に広がったのでしょうか。インドでは仏教の守護神のようです。

 龍は平常は沼池などの水中に住み、時に空にのぼると風雲を起こすといわれ、優れた人物が世に出る良い機会を象徴するかのようです。こんなことから勝利をめざす高校の応援歌などに見られます。将棋で飛車が成った場合に龍が出てきます。

 千歳一隅のチャンスを待ち、いざという時もの凄い力を発揮できるよう人間の理想をなぞらえた動物なのかもしれません。

 龍は一般的には生活の守護神とも考えられますので、この箱を芸術として観賞するとともに実用品として使ってます。

P1030848  こちらもはカシミール製の食べ物入れで円形の木彫りで誠によく出来てます。やはり、実用品として来客時に使ってます。

 龍のように、私も今まで静かに潜んでいたので、そろそろ脱皮しこれからの生活が進展することを目指します。

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2007年4月21日 (土)

父母の植えた八重桜

 当地では一般の桜は終わりを告げ、次第につつじ系統の花が咲き始めています。西洋シャクナゲもこれから開花です。シャクナゲにはいろいろ種類があってみな微妙に花の色が異なります。

 「夏の思い出」の歌詞に「シャクナゲ色にたそがれる」ということばがありますが、シャクナゲの種類から言うとこれは何色なのでしょうか。我が家にも10種類のシャクナゲがそれぞれ花びらの色を異にしてます。

 写真上の2枚は東京オリンピックの頃に父母が植えた八重桜です。2~3日前より開花し始めました。父母はどちらかというと草花が好きでしたが、花木も植えました。しだれレンギョウや椿、木蓮など今でも開花します。このように父母はこの世にいなくても、植えたその花木は毎年開花するのですから、父母が再来してるのではないかという気持ちになり、子供の頃がいろいろ思い出されます。

 明日は埼玉県花園の花木センターへ見学、ほしい植木があれば購入しまます。購入の原則はその花の開花を確認することで、心から気に入ることと思ってます。女性と合い通ずるかな。この時期は多様な植物が開花を迎えてますので、購入の機会としては今が一番いいときでしょう。

 ところで、花の季節の今日この頃、結婚式が数多く執り行われるでしょう。アルカーサル迎賓館に勤務してる娘は今朝も早くに出勤しました。近ごろ資格試験に合格したとのことで昔と気持ちが変化し、仕事に少しずつ生き甲斐が生じているように見受けられます。

 ウェディングプランナーとして女性ならではの視点から、お客様の幸せに繋がるよう努めてるのでしょう。家の庭に花がいっぱい咲いてても、ゆっくりそれを見る時間は当分ありそうにありません。その変わり私は来訪者、前の道を通る方々にご覧いただいてます。

【写真上より八重桜、ルーズベルト・シャクナゲ、柴桜、つつじ】

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2007年4月20日 (金)

今日は一日中、種鳩鳩舎作り

407283_124974877625587_100003392251 【オランダ・クラウト鳩舎作翔ボルドーマーチン号】直仔 

※ボルドーマーチン号はイヤリングでボルドー816キロ、IN9686羽中総合2位、N(ZLU)6133羽中総合優勝

 今、私が改革してるのは50年以上、飼育しているレース鳩の種鳩鳩舎をいっそう管理しやすい空間にすることです。今までの鳩舎は3階なので何かと不便です。外階段は急勾配で、上り下りに足を踏み外し転落しても一人暮らしなので、誰にも気づいてもらえず、そのまま時間が経つことが懸念されます。

 また、毎年6月~10月までは換羽で毛や羽根がすべて抜け変わる生理現象があり、鳩舎が3階では何かと近隣に迷惑をかけます。近所には日々いろいろお世話になってるので、好きな動物飼育では近隣に迷惑をかけないマナーが基本です。

Dscf0478 【オランダ、サム・デ・ヨング鳩舎作】

 今度は一階が種鳩鳩舎となり、二階が選手鳩鳩舎です。今春はあと1レース北海道・羽幌から西関東チャンピオンレースがあり、それが終了したら今までの3階の選手鳩鳩舎を解体します。解体の大きな作業は2人の大工さんにしてもらいます。すでに一階と二階の骨子が出来上がり、一安心してます。

Dscf0619  本日は大工さんが休みなので、私が一階の種鳩鳩舎内部に設置しなくてはならない巣房を取り付けました。巣房はとりあえず15部屋です。

 オスとメスをつがいにする巣房は簡単そうに見えても細かい仕事で、一苦労でした。巻尺で寸法を計り、間口72㎝、奥行45㎝、高さ45㎝で、壁側を2㎝程隙間を開け、空気の流通や、糞や羽を押し出して掃き出しできるようにしました。これで湿気予防にもなります。

 扉を固定させ、見た目も良くするには創意工夫が必要です。鳩舎の床の隅には1ヶ所穴を開け、糞や羽などゴミを鳩舎の下に落とす方法にしました。これで塵取りが不要です。毎回、塵取りを使う清掃は屈むので腰を痛める可能性があります。

 材料は以前の物も再利用したので、思いのほか上手く出来、巣皿は巣房の床から15センチの高さに備える木の枠を備えました。これは育雛中の巣皿の底の湿気予防と、先に成長した雛が床に降りてから再び巣皿に入らないためです。大切な卵を保護します。

Dscf6498  小学生時代から鳩舎を10回くらい作り、大工仕事は大分慣れたと言えます。こんなことで子供の頃になりたいと思っていた職業は「大工」でした。しかし、それはなりませんでした。

 普段いろいろのことをしてる私ですが、時には大工仕事もいろいろと頭を使うので、苦労があっても楽しいものです。早く種鳩鳩舎と選手鳩鳩舎が完成し、中距離から長距離レースを重点に、特に東日本稚内GN帰還をめざし、人為的に帰巣本能を高める工夫、魅力の尽きないレース鳩の研究に取り組みたいです。

P1020006 【画像をクリックしてください。】

 水浴場は広くてゆったりです。鳩舎の水周りはすべて井戸水を使います。栓を閉めれば水がたまり、栓を抜けば下水へ流れます。ですから水浴を行うのが億劫ではありません。前述の通り、鳩の飼育者は腰を痛めやすいです。一つでも腰を痛める要素を取り除いてます。

 なお、当舎の特徴はご覧の通り、蚊の侵入を防ぐ網をすべての窓に張り巡らしいあります。それとともに、羽や糞などゴミを鳩舎下に落下させる構造です。また、網の目が大きいと6月~7月頃、蛇が侵入し、雛を飲み込むことがあります。種鳩鳩舎は概して日当たりが良い方が温かくて雛がよく育ちます。

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2007年4月19日 (木)

ショパンの雨だれ

  春爛漫の気候の時期に毎日寒くて雨ばかり降っていました。鳩舎を改築中ですので、大工さんも寒い中の仕事でやりにくかったと思います。

 それでもお願いしたとおりに次第に完成に近づきますと、今までより管理しやすそうな景観に近づいてきますので何となくウキウキしてくるものです。

 毎日、同じような日々を過ごしていても何かしら変化や新たなることに接していき、今までより高い精神を持ちたいものです。

 ピアノ曲「雨だれ」は憂鬱な気持ちの中にも少しでも明るさを求めて変化していく精神を内包してるように感じます。曲は終始「ラが半音下がった音」を鳴らし、絶え間ない雨だれの雰囲気を醸し出しています。しかし、その音は優しく響いたり、他の音と共鳴し合ったり、クレッシェンドしてついには嵐の如く激しく鳴ったり、そして再び静まり返ったりして同じ音であっても表情にいろいろの変化を見せます。

 楽譜のようにこの曲の中間部は、まるで夜中に密林の中を何頭もの象が行進してるかのような不気味な雰囲気で、しかも、その重い足取りはのっそのっそと次第にこちらに近づいて来るような恐ろしい世界です。暗闇に迷い込んでしまった自分が恐怖から脱出できなくて、もう怖くてそこから逃げられない世界に身を置いてしまってます。

  引きつづき象は行進してますが、次第に遠ざかってやれやれどこかに行き、足音は聞こえなくなります。

 ああよかったと胸を撫で下ろし、明るい日の光も差し込んできて今まではどうしてたんだろうと思うような優しく愛に満ちたメロディーがやってきてほっとします。しかしながら、それでも「ラが半音下がった音」はずっと鳴り続けます。

 この音楽は同じ音を単純にしかも同じリズムで鳴らすという憂鬱感を「統一」とし、一方、クレッシェンドなどにより音の大きさ、また、メロディーが優美な響きを持って希望に「変化」させ、聴き手の心を不安から安堵へと導いてくれるようです。

 日々の生活で私たちは、憂鬱な天気の日や物事がうまく行かない日があるものです。それでもショパンの「雨だれ前奏曲」のように、ひとしずくの期待をもって明日につなげたいものです。

 自然界の音は昔から「ラ」に近いと考えられていたようです。ショパンはそれになお現実味を入れ、半音下げ響きをより陰鬱にしたところがこの曲の聴きどころと思います。

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2007年4月18日 (水)

若き日の浅間山登頂

群馬県には浅間山、谷川岳、日光白根山、武尊山、草津白根山、荒船山を始めとして赤城、榛名、妙義の上毛三山といわれる山々があり、個性的で眺めるだけでも楽しいです。

  これらの山々は多くの学校の校歌や応援歌にも登場し、県民に愛着があります。多くの山々をバランス良く眺められるのは高崎市から玉村町にかけての一帯でしょう。それぞれが特徴ある姿を表現しているように思われます。いよいよ新緑の季節。今年も登りたくなってきました。

 今まで登った山の中では20才前後に登頂した浅間山が深く印象に残ってます。5回登りました。中軽井沢の駅に午前3時頃着きましたが、登山口である峰の茶屋行きのバスが7時頃までないのです。その時間まで駅で待っていても仕方がないと思い、峰の茶屋に向かって暗闇の中を一人歩き始めました。今思うに若かったので疲れを知らない子供のようだったのでしょう。

  2時間ほど上り勾配をてくてく歩き、山に差し掛かる頃、徐々に東の空が薄明るくなるや否や目の前に突然、巨大な浅間の雄姿が現われたのです。思わず一人で万歳。頂上に朝日が当たり始め、その光はじわじわ麓に向かって拡大します。ついに巨大な浅間山の全体像が目前に浮かび上がりました。

 誰もいない静寂な早朝、自然美を独占、気分は爽快、頂上をめざす気迫はいよいよ高揚してきました。近くの岩肌でさえずる野鳥たちも人間世界より楽しい楽園があるぞと言わんばかりに活動を始めていました。

 峰の茶屋で小休止、6時に登山口から登り始め高山植物の中、9時に頂上に到着。快晴で見渡す限りの大パノラマの中、さっそく腹ごしらえ。関東平野の中に利根川がダイナミックに蛇行し、南には富士山が高さを誇っています。西には北アルプスの山嶺が一望。2568メートルの標高ともなると多くの名山同士が互いを意識してるように感じられました。

 浅間山山頂は私に広大な景色をプレゼントしてくれた「恩恵」、そして危険な活火山という「脅威」を教えてくれました。噴煙を伴なう地獄のような深い火口の底を見て、地球は脈々と生きており、私たち人間もこの地球の活動の中で生かされてることを実感しました。

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2007年4月17日 (火)

インドで驚いたこと

 若き日、日本人学校の教員としてカルカッタに滞在してましたので、時々当時のことが思い出されます。市の中央にマイダンという一面が野原の広大な公園があります。そこには、日陰ができる大きな樹木があちこちにあります。近くには巨大な白亜の建造物ヴィクトリアメモリアルがあり、この界隈はカルカッタで美しいところでしょう。

 ここは職場に行く途中、通過しますので、毎日眺められる楽しみな公園でした。5月の夏休みや日曜日などよく散歩しました。インドの方々もたくさん寛いでいて、大きく枝を広げた木陰で涼んだり、子供たちはクリケットして遊んでいます。近くには大河ガンジスがゆったり流れる大きな町です。

 インド滞在記は一回では書き尽くせませんので、思い出したらその都度、記憶をたどって書いてみようと思います。

 宗教上での風習では葬儀の行列に本当に驚きました。大都会であるのにその目抜き通りを死者を担架のような台に載せ、4人で高く担いで移動し、親族がその後から何やら歌いながらついてくのです。

 ところが、死者は棺には入っておらず、そのままで顔まではっきり見えます。私はカルカッタで多くの亡くなった方々を見てしまいました。

 死者の顔には赤や青、黄色などの原色で化粧のような模様が派手に塗ってあります。手や足にも模様のような色が塗られてます。この行列は長くつづき、親族と思われる人たちが何やら祈祷するかのように悲しそうに民族衣装を纏い歩いているのです。死者のことをヒンズー語でカタムホギャと言いますが、連日のようにカタムホギャの光景を目にしました。

 一方、この風習を見たとき40年ほど昔までの日本の葬式に通ずるとも感じました。子供の頃ジャンボンという行列を良く見たものです。亡くなった方の家から出発し、寺まで行列が行進しました。シンバルのような、しかし、もっと民族的な低い音の打楽器及びボーンと鳴る低音の鐘を交互に叩いて行進し、寺の庭では右回りに確か9回回りました。その音がジャーンとボーンでしたので子供の時、私たちはジャンボンと言いました。そのとき近親者がお金を撒いたので拾って小遣いにしたものです。

 日本の場合はもちろん死者は見えませんが、カルカッタの行列でも音楽を伴なう行列ですので、昔の日本との共通点を感じました。

 しかし、死者の顔がはっきり見えるカルカッタの葬送行進には本当に驚きました。

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2007年4月16日 (月)

人生にも通じる三点確保

 近所に住むOさんは日本百名山をすべて登られました。百番目のゴールとなったのは長野県の高妻山です。その話を伺ったとき、私は百名山踏破記念と高妻山及びOさんの名前入りの達磨をお贈りしました。

  奥様も山好きですので、奥様への感謝の意味を込め最後の山を高妻山と決めておられたようです。ゴールとなった高妻山山頂登頂の瞬間は奥様も同行し、祝杯をあげられ、その達成感は誠に充実された心境であったと思われます。

 20年程前から私はご夫妻に元旦登山に連れてっていただいてます。県内外の低山です。今でもすべて印象に残ってます。山登りの良さの一つは、いつまでも具体的に覚えてることです。頂上へ向かう一歩一歩の踏みしめがあるからでしょう。

 新緑の季節に連れてっていただいた長野県の男山への縦走は初心者の私にはきつかったです。途中、垂直に近い岩壁に幾度も登り、高所恐怖症のため下を見るとどうかしそうでしたが、ご夫妻から励ましの言葉をかけられながらの真剣勝負でした。このような本格的な登山は初めてでしたので山頂に着いても落着かない心境でした。

 下山してから遠く離れたその岩壁を見て、よくあんな所を登ったと我ながら驚き、亡くなった親に叱られる思いでした。

  この岩登りで教わったのが三点確保という方法です。4本ある手足の3本は岩に掴まったままで残りの一本を移動し、それが次の岩を確実に掴めたら、また次の1本を上げていく安全な登り方です。平素から手の指、つま先の指を運動させておかなくては自分を守れないと感じました。

 三点確保は山登りのみならず、あるいは人生おける困難なこと、障害を乗越える時、また、リスクを伴なう経済などにも通じると思います。

 これからも三点確保的に安全第一とし、新たなことに進んでいきたいと思います。

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2007年4月15日 (日)

女性の大切な呼び方

 先日、ホームコンサートを聴きに来てくださる方々と私の家で花見を行ないました。満開のしだれ桃や日本シャクナゲが今まさに艶やかな色彩を誇り、春爛漫のひとときが過ごせました。

 麗しき女性4人が参加され、皆さん水泳のお仲間とのことではつらつとしてます。ずいぶん前向きな方々とお見受けし、いつも一人ぼっちで寂しい生活をしてる私にとって予期せぬ華やいだ時間となり、乾杯もつい声高らかに響きました。

  皆さんお料理はお得意でBYOBの趣旨を生かしてくださり、私にとっては珍しくおいしいものばかりでした。しかし、つい話に夢中になってしまい、いただくのは時々であったかもしれません。中でも楽しい卓上ガスでお料理され温かいものをいただけましたことに「忘れかけていた家族的ムードが蘇り」内心ぽろりときてしまいました。ピンクのシャクナゲなど花のよく見える畳の部屋で大きなテーブルを囲み会は進みました。

 お酒が染みわたる頃になりますと5人の心は一つとなり、いよいよ話に弾みがかかり、ずっと笑いの連続で進みましたが、どうしたことか時には涙ありで、何と「事実は小説より奇なり」の話になってしまい、気持ちはますます打ち解けて4時間があっという間に経ち、二次会はもちろんピアノバーで「氷雨」から始まりました。

 私は女性に対して平素から心してることがあります。 それは親しくさせていただいた方に対しては必ずファーストネームで呼ぶことにしてるのです。生まれた時ご両親が考え抜いて命名をしてくださったのに、成人するとあまり呼ばれなくなるようです。特にファーストネームに「さん」を付けて呼ばれることは少ないようです。多くは苗字で呼ばれます。この点、外国の方の個人を大切にする表れでしょうか先進的ですね。

 ですから私は会の始まりに何気なく自己紹介的にファーストネームを教わり、しっかり心にインプットするようにしてます。その後はそれでお呼びしますと女性は近しく感じて下さいます。これは私が会得した大きなことです。

 日本女性には「一生変わらない日本的響きを持つ美しいファーストネームがあります。」これからもこの素晴らしい響きを大切に呼んでいきたいです。

 先日の会は楽しかったです。拙いピアノですが、また聴きに来てください。

【写真上はカシミールの木彫りビールジョッキーとナイフ・フォーク、下は平地では珍しい日本シャクナゲと満開のしだれ桃】

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2007年4月14日 (土)

柴犬の良さとレース鳩の神秘

  埼玉県の柴犬犬舎から導入しました愛犬「ころ」雄は1才半になり、すっかり家族の一員です。有難いことに無駄吠えがありません。見知らぬ人が来くると吠えますが、私がいればその関係がわかるのでしょうか、しつこく吠えません。

 柴犬特有の性格でしょう、猫に対しては厳しい態度に変貌します。また、動くものに対しては目を離なさず追いかけますので、いわゆる動体視力が大変優れていると感じます。大人より遊んでる小さい子に対して興味があるようで一緒に遊びたいやさしい表情に変わります。

 先日散歩中、近所の子供たちが風船で遊んでいるのが珍しくて、風船が風変わりな動きをするからでしょう、たまたま自分のところへ飛んできましたら飛びついてパンクさせてしまい、一瞬のうちに食べてしまいました。すぐに口の中を開けて見ましたが、ありません。大丈夫かと心配になりました。消化せず内臓のどこかに引っ掛かってしまったら大変と思いましたが、後の祭りです。

 平素は鎖に繋がず裏庭に放し飼いです。家の周りの「犬走り」を元気よく走り、運動不足はないと思われます。散歩に行くのは気分転換のためだけです。やはり外界が珍しく、動いて見えるものに緊張し、このような時はスタイルがビシッと決まります。

 心配してた風船のゴムは翌日には排泄物といっしょにそのまま体外に出てホッとしました。今後の散歩における教訓となりました。

 飼料はドッグフードだけにしており、人間の食べ物を一切与えてません。最初からそのようにしてるので、不慣れなせいか与えても食べません。

 愛犬「ころ」が家族となってるお陰で、母を亡くした娘にとっては掛け替えのない弟のようで無性に可愛いらしいです。私もそうですが、私にはこの他レース鳩がたくさんいて毎日動物に囲まれてます。

 鳩は来週、北海道の北吉原からのレースに参加します。朝、現地を飛び立ち南下し、自力で津軽海峡を渡り、青森県に上陸後、岩手県あるいは秋田県に入り群馬高崎の古巣を目指します。方向判定能力は本当に神秘です。夕方には到着予定ですから超能力ですね。

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2007年4月13日 (金)

山の偉容と脅威

  名湯「草津温泉」の近くには一般的に知られる白根山及び訪れる人の少ない本白根山(もとしらねさん)があります。ロープウェイ山頂駅から南に位置する本白根の存在は知っていましたが、初めて山頂に登って、すりばち型をした巨大な火口の光景に深く感銘し、群馬には素晴らしいところがあることを改めて知りました。

 太古の大噴火以来、何万年も眠り続ける巨大な「から釜」にまず圧倒され、それは人間の存在など比較にならないぞと言わんばかりに地球の古い歴史を物語っていました。外輪山に囲まれた頂上一帯の土壌は白く、まるで月面かと思わせるほど人間世界とはかけ離れた先史時代そのままです。白根という名は不気味なこの白さに由来するのでしょう。山頂一帯は広い高原となっており浅間山をはじめ多くの山々を遥かに一望でき、まさに群馬の高天原です。

 頂上の端から下界を見下ろしましたら前高吹奏楽部の夏季合宿場であるシズカ山ロッジが森林地帯の中にポツンと見え、その位置関係もわかり驚きました。

 一般に親しまれてる草津白根山の登山道には何百人もの人の列が見えますが、ここ本白根山山頂はほとんど人影がなく、荒涼とした世界が広がってます。同じ白根山でも対照的な姿です。山頂へは木道が整備され植物の保護が行き届いています。地元の方々のご努力なのでしょう。特に「から釜」の巨大な深さとは対照的に小さなコマクサなど亜高山植物が厳しい気候状況の中で生息してます。

 後になって、この巨大な「から釜」の光景は私の脳裏にうっすら残っていたような気がしました。もしかして、20才前後に友人と訪れたことがあったのかもしれません。

 ところで、この近くには昔、女子高校の「山の家」があって、訪れた一行が途中、火山性ガスに見舞われ生徒さんが亡くなるという大きな出来事がありました。突然意識を失った生徒さんを必死に助けようと近づいた教師もガスを吸って倒れてしまったのです。この近くではスキーヤーも亡くなったことがあります。火山は非常に危険な山であることを常に銘記しなければなりません。殉職した教師は私の高校の先輩です。合掌

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2007年4月12日 (木)

話のきっかけ

たまたまお隣のT野さんも私と同じで植木が好きな方です。私の家と時期をほぼ同じくして、ここに引っ越して来られました。東京オリンピックの頃ですからそれ以来の長いお付き合いです。多面にわたり教えて頂いており、私は恵まれた環境に住んでいると思います。

 私の父母とも長いこと知り合いでしたから、今思い出すに当時から植木についても話しをされてました。でも、その頃の私は若かったせいかあまり興味がなかったように思います。

 最近、つくづく思うのですが、日本人の会話の始めはその日の天気についてが多いですね。例えば「今日は寒いですね。」「なかなか暖かくなりませんね。」「今日はいい日ですね」「いいお湿りですね。」「風が冷たいですね。」などです。

  一方、植物が目につきますと、その植木の健康状態についてや、枝ぶり、花の色彩について印象を述べ合ったり、また、植える場所についても日当たりがいいところとか、半日陰がいいとか、水はけを良くする方法などについて話したりして話が発展するものです。

 時には有難いことに植木鉢ごと頂いたりすることもあります。T野さんには今までに鈴蘭や君子蘭などプレゼントしていただきました。頂いた時は蕾も出る前ですし、どんなもんかと内心良く分からないこともあり、あとの楽しみとなります。

 日にちの経過によって、だんだん蕾が現われ始め希望が沸いてきます。多少でも成長するごとに経過報告として再び話が発展し、ついに開花の喜びとなって今まで以上に心の繋がりを媒介してくれるものです。

 すばらしい植木を頂いたのですから良く咲かせなくてはと思うようになり、温度についてや水くれ方法、また土壌の性質についてなど、きめ細かい話に繋がります。

 君子蘭は思いの他、見事な開花となりまして驚くとともに感謝の気持ちで一杯です。お陰でこの花はこれから毎年私に楽しみを与えてくれることでしよう。

 剪定一つとっても植物の世話は緑の中で手足を使いよい運動になります。また、植物の良さは落葉しても見事な枝ぶりにありますし、色彩とともに自然のなせる芸術性です。

 剪定、水やり、植え替えなどは、どれもが成長への期待、来春への希望を胸に行うため、私たち人間の心の平安に大きな力を与えてくれます。

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2007年4月11日 (水)

Daylight saving time

北半球の多くの国々では今の時期サマータイムが始ります。最近、 日本ではこの議論はどこかに行ってしまいました。しかし、世界では高中緯度の多くの国々で夕刻時に余暇時間を産み出すため、また経済効果などの理由により4月頃から10月頃にかけて時刻を1時間進め生活します。(南半球の国々では時期が半年異なります。)日本でも戦後4年間行ないましたが、不評に終わったそうで、それ以来実施してません。

 まず、日本におけるサマータイムとは何か天文学的に考えてみました。地球は1時間で東へ15度自転することから、日本の標準時は、経度0度のグリニッチから15度で割り切れる東経135度に位置する兵庫県明石市が基準です。サマータイムはこの基準を15度東に変更することです。そこは北方四島の択捉島よりさらに東にある東経150度ロシア領ウルップ島の位置になります。ですから、太陽がこのウルップ島のおよそ真南に来た時、日本中を正午とすることになります。

 これを考えた時、わが国が多くの他国と異なるのは「日本列島が東西に長く散在している点」だと思います。東経の差は約23度です。また、南西諸島と北海道では南北にも相当離れています。緯度の差は約21度です。もし、サマータイムを実施した場合、南西諸島では正午になっても太陽の見かけ上の位置は10時半頃になるでしょう。

 標準時は明石市が基準ですので、ここよりはるか西に位置する南西諸島はすでに現在でもサマータイムの状況に近い筈です。これをさらに1時間早めることは生活のリズムをさらに不自然に拡大し、沖縄以西の人々の朝の時間帯に大変な無理を強いることになります。

 夕方ゆとりが生ずる利点があっても、人口が集中しする関東でも過渡期の4月や10月の朝は特に忙しくなり、大きな心配は早朝大移動となる通勤通学における交通事故の増加が懸念されます。

 高緯度、高経度の北海道ではサマータイムが適切であっても、西日本の人々の早朝の大変さを考える時、日本を一律に1時間早めることは地理的理由から他国のようなサマータイム実施は無理し過ぎるように思われます。

 なお、最も大切と思われることは、「日本は全国どこでも同じ時刻であるべき」と思っています。

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2007年4月10日 (火)

ふくらはぎを意識して歩く

冬と春とが行ったり来たりしていても、かなり暖かくなってきました。今の時代、車は必需品ですから、遠くに行くには利用しないわけには行きません。

 けれども、健康面から考えると、それだけに頼っていては身体が次第に衰えると思われます。多少は無理しても遠方まで歩くことを心がけたいものです。

 太古の時代から私たち人類は足でのみ歩くようになったお陰で、視点が高くなり広い範囲を見わたせ、大自然の景色に感動できるようになりました。しかし、二本の足で立つということは、血液循環について考えた場合、血液全体量の半分近くあると思われる足の中の血液を心臓や肺まで押し上げるには重力に逆らうことになり、その流れはスムースに行くとは限らないと思います。

 このため血液循環を意識して、運動することは健康維持にとって基本的なことではないでしょうか。特に第二の心臓ともいわれる「ふくらはぎ」内の血液を搾り出す工夫をすべきと感じてなりません。酸素を含んだ血液を体中にどんどん循環させたいものです。

 日頃、私たちはお風呂から出るときお湯を含んだタオルを搾ったり、掃除した後の雑巾に含まれてる水を取除く時には必ず搾ります。「ふくらはぎ」内に澱んでる血液を動かすには、この要領で搾り出す工夫がいいと思われますが、ふくらはぎはタオルや雑巾と同じようには搾れません。

 それには足を真っすぐにして、「つま先を思いっきり上にあげ5~6秒して元に戻す」ことを数回するとと「ふくらはぎ」がすごく楽になることを経験上知ってます。血液が搾り出されて移動してるのでしょう。

 この他、足の血液循環をよくするには「足に良い靴を履いて」歩くことが有効と思われます。いつも同じ場所では景色に飽きますから、私は時々コースは変えるようにしてます。 また、足首や膝への衝撃を緩和するには、できるだけアスファルトやコンクリートの道を避け土の上がいいと思います。探せば田舎にはまだまだ土の道があります。

 現在、日本人の生活は昔と異なり、家の中にいてもスリッパを履いたりして裸足での生活がありません。このため「つま先を使って踏ん張るということがなくなりました」。つま先の狭い靴などにより外反母趾を始めとして足の病気も多いようです。

 足は命を乗せていることを肝に銘じ、足の指という末端にも血液がどんどん循環するよう心がけたいものです。

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2007年4月 9日 (月)

有意義だった近所の花見

昨日の夕刻は近所の方々10名ほどが私の家に集まりまして、しだれ桃の花見ができました。会費なしのBYOB形式ですから皆さん得意のお料理を持参されました。私は焼酎を中心に飲み物のみ用意して、皆さんの手料理を味わわせていただきました。

 暫くぶりの女性による手料理には平素忘れかけていた家族愛のような雰囲気を感じ、3時間の懇親会は楽しさいっぱいです。

 私の家族は昔8人暮らしで、私が1番年下だったからでしょうか、懐かしい一家団欒が蘇った錯覚になり、「人は言葉と目によって交流できるもの」とつくづく感じました。普段は挨拶程度の付き合いで一抹の寂びしさを感じていましたが、交流してみるとそれぞれ個性があり、愉快でとってもいい花見でした。

  ところで、昨日の日中は近くの城山を登頂しました。夕刻の花見でのビールがおいしくなるためと新緑を眺めるためです。でもどちらかというと前者の目的が大でしょう。平地からの高度は150メートルほどで、ハイキング程度ですが、それでも足腰を本格的に使うので、家から最も近いれっきとした山です。トレーニングにはもってこいです。

  頂上に着いたら20人程の登山グループの方々が昼食中で、私の知り合いもいて一人で行った私はすぐ仲間に入れていただけました。かなり山を登頂している方々らしく8割は女性です。早速、天ぷらうどんをご馳走になり思いがけずラッキーでした。

  中高年では、一般的に女性が元気がいいみたいで、山の好きな方も女性の方が多いようです。自然を相手にしてるからでしょうか、お人柄はさっぱりしていると感じました。

こんなことで昨日は一日の内に2つのグループの方々と交流でき充実した日となりました。

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2007年4月 8日 (日)

集中3時間

若き日、聴音の力をつけたくて日曜日に東京の先生の家にレッスンに行きました。聴音とは音楽を聴いてそれを楽譜に書き取る学習です。

 先生の弾くピアノの音に耳を澄ませて4~5回聴いて、ドレミを聴き分け、リズムも聴き取って楽譜に仕上げるのです。短い4小節の旋律であっても音符の数は40個くらいあります。ハ長調はもちろん、あらゆる長調・短調を含むメロディーを3時間ぶっ通しで弾かれるのです。

 その間、先生は生徒に気分転換の休み時間を取らせることもなく、連続して40問弾きました。1問弾き終わると、すぐに赤鉛筆で間違いを指摘し修正してくれるのです。それまで何事にも3時間集中して学習できなかった私にとって、このやり方は気持ちが参りました。

 先生は「鋭い音感を養うには連続学習こそ欠くべからざるもの」と考えられたのでしょう。他のことを一切考える暇を与えず、ひたすらピアノの音を聴いて楽譜にすることに没頭してると、疲れていても途中から調子が出てきて正解が連続することもあり、人間の脳は不思議です。

 お陰で40年経った今でも、その習慣が抜けず音楽を聴くと頭の底にその楽譜が浮かび上がるのです。若いときの訓練は生きてるのですね。先生は今ではこの世にいなく寂しい限りですが、非常に感謝してます。

 年齢を重ねてくると新たなことに挑戦しても目標に達成できないこともあります。しかし、事と場合によっては年齢に関係なく、連続的に集中して行なえば実現できる可能性はあると思っています。

 例えば、いわゆる中高年になって「何かの資格を取得する決意が生じたとき」や、「手の届く夢」「どうしても成しえたい明確な目標があれば」その達成は年齢に関係ないかもしれません。

 先日、書きましたように私は現在、英単語の語彙を増やすという遠大な目標、また、大作曲家の数々の名作をピアノで弾くという挑戦、及びレース鳩を研究飼育し、北海道から群馬へ帰還できる長距離鳩を育て上げたいという強い志があります。

 ところで、人間の脳は「自分の出した声を自分で聴くことで記憶力が数倍増してゆく」と聞いたことがあります。英語や音楽はまさに耳を媒介とするもの、これからも集中して物事に当たりたい。また、優れたレース鳩の育成をいつまでも追求したい。

 「自分の可能性に見切りをつけたとき青春は終わる」らしいです。

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2007年4月 7日 (土)

しだれ桃の開花来たる!

 写真の樹木は昭和63年バレンタインデイの日に母が他界し、私の代になった記念に植樹した「しだれ花桃」です。品種は羽衣といいます。植樹したのはその年の4月13日で、すでに20年経過しました。

 植樹したのは偶然にもニュージーランド人スペンスさん一家が赤道を通過し日本に向かっていた頃です。彼らたちが一先ず私の家にホームステイするのは長旅の疲れを癒したり、日本の生活に慣れるためでした。この花桃の開花をはじめて見たのはこのご夫妻とセラーという一人娘さんであったかもしれません。スペンスさん一家は英語教員として1年間高崎商業に派遣されてきたのです。ですからこの樹は彼らをホームステイとして受け入れた記念樹でもあります。

 私は植木に関して素人であります。しかし、この樹が枝垂れる性質を持ってるので、築山を作ってそこに植える方が後々枝が地面に接しなくていいのではないかと思いました。ですから前もって4トントラック一台分の黒土を購入し高さ1メートルほどの築山をこしらえておきました。その真ん中に植木屋さんがクレーンを使い植えてくれました。

 植物は種類によって日当たりを必要とするものと、半日陰を好むものがあります。シャクナゲや馬酔木(アセビ)は後者です。花桃は直射日光を必要とするので一年中、日当たりのよい場所を選びました。

 また、一般的に多くの植木は水はけのよい土地を好むようです。水をたくさん必要とするのに、一方、水はけの良い方を好むのです。この一見矛盾するようなところに植物が上手く育つコツがあるように感じてます。その点、築山はいいです。

 井戸水を築山までパイプで引いてますので、カルキを含まない自然水を与えられます。築山の頂上はクレーターのようにして水が溜まりやすくしてありますが、あっという間にしみ込んでしまいます。

 いよいよ、明日は夕刻より近所の方々が集まり、BYOBによる花見が行なわれます。平素、交流の機会があるように見えてもなかなかありません。この時とばかり「しだれ桃」がその仲介役をしてくれるのです。また、来週の13日にはいつもピアノ鑑賞に来てくださる方々で花見の会が予定されてます。花より団子も大いに結構、普段一人で寂しい生活している私にとって、家族的な雰囲気に浸れると今から楽しみにしてます。 

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2007年4月 6日 (金)

逆転の発想で記憶

いかにしたら脳の中に英単語の語彙が増え、使えるようになるのでしょう。これは私の一生の課題です。

 すでに200ページの大学ノート単語帳は20冊以上です。それでも同じ単語を書いては忘れ書いては忘れの連続ですし、一方、どうゆう訳か、一度で覚えてしまうものもあって脳は不思議です。

 アメリカやニュージーランドの方々を度々ホームステイで受け入れました。その間、1週間ほど県内の名所旧跡へお連れし説明したり、ホームパーティーで話してるうち、突然、あることに気づき、それ以来、私の勉強法は従来と変わりました。

 外国の方と話してる時、自分が伝えたいと思う言葉が「語彙不足のため」口から出てこないのです。

 この時思いました。「今後は自分の言い表したいことについての英単語をできるだけ多く会得すればいいのではないか。」日々この方法で学習を続ければ、もしかして「会話能力は夢のように飛躍するのではないか」と思いついたのです。

 それ以来「このことを英語で何と言うのだろう。」ということを日々の学習の目標にし、書物で新たな単語に出合ってもこれは使えるという風になりました。同様に熟語での言い回しや決まり文句、諺などに取り組んでみました。

 学習の基本となる単語ノートでは一般に行なわれていると思われる方法とは逆の発想で「左側に日本語、右側に英単語」を書く方法に切り換えました。熟語と発音記号やアクセントも右側です。発音記号はすべて記述せずポイントだけです。書物やインターネットによって出合った単語もこの方法で書込み、若いときからの大学ノート単語帳は量が多くて読み返すのも大変ですが、青年時代が思い出され楽しいものです。良く継続したと思います。

 しかしながら、最近考えるに英単語が最も脳にインプットされてしまう方法は「新たな単語を会話で使うこと」「新たな単語を使って英文を作ること」など、英語が必要な環境に自分を入れることと考えるようになりました。

  私が今まで特に影響を受け、刺激を頂いた方はニュージーランド人バリー・スペンスさんとニュージーランドを第二の故郷としてるサムュエル・トッドさんです。

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2007年4月 5日 (木)

桜花爛漫の観音山

私の住む高崎市には小高い観音山丘陵があり、鶯を始めとして小鳥の宝庫です。その声を楽しみながら歩くととてもすがすがしい気分になります。遊歩道が縦横に整備され今の時期、桜のトンネルの中を歩くのもいいものです。市街地より100メートルほど上がりますので空気が良く、つい一所懸命歩いてしまいます。

 観音山周辺を2時間ほど散策してますと身体も何気なく楽になり、新たな気持ちが起こってくるものです。走っていては脳は使えません。歩くことは目から入る刺激の多くに自らが反応してることに気づきます。また、次から次へといろいろが考えられるようになり、心身の健康ためには理想的なことなのでしょう。

 これはアキレス腱などの伸縮により第二の心臓と言われる「ふくらはぎ」に溜まってる血管をポンプのように押し上げたり、末端神経のある「つま先」まで運動することで全身の血行が良くなり、これが脳への血液循環を促進してるためと思われます。

 ところで、私にとって夕方になると毎日夕食作りが問題になります。「よし、今夜は駅前どんどんだ」と決めると、最近では家から約5キロあるお店まで歩いて行くようになりました。このように目的地のあるウォーキングはかなり速い歩き方となり、散歩の感覚ではなくなって汗ばんできます。

 笑われるかも知れませんが、この後の生ビールのおいしいことと言ったらこの上ありません。爽快そのものです。やはり、運動、栄養、休養のバランスを明確にすると、精神生活にもメリハリがついていいと思います。上がりは特製「焼きおにぎり」でこれがまた力がつきます。

  いつも一人で歩いたり、一人での夕食ですが、いつかはそうでなくしたい。観音様の近くには「光音堂」という縁結びのお堂がありますので、桜見物をしながら「私にも花を咲かせて下さい」と祈願しました。

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2007年4月 4日 (水)

東洋の水の都スリナガル

   カルカッタからインド国内航空でニューデリーへ向かうと遥か北方にヒマラヤ山脈が望めます。下界のヒンドスタン平原は炎暑というのに、紺碧の空の中、すっぽり万年雪に覆われた長い長い山脈は、いつものインドとはあまりにも対照的な「天上の美」です。約2時間、機上から見る白銀の山々は次から次へとその偉容を変え、これでもかこれでもかとその雄姿を誇り続けています。下界を望むとただただ広大な原野で40度を越す猛暑の中、何億人もの人々が生きてる筈です。

 ニューデリーではガンジーの墓に礼拝してアグラの町へ、大理石による左右対称美のタージマハ―ル及び要塞を見学、いよいよ念願のカシミールに向け飛行機は北上しました。

 途中、給油のためインド空軍基地に立ち寄り、ここでは厳しく写真撮影が禁止されてます。窓から見る光景は物々しく戦闘機がずらりと並んでおり、現実世界の緊迫感に満ちてます。お客の中に思わずシャッターを押してしまった人がいて、いつになっても飛行機が出発しないので、おかしいなと思ったら基地でそれを傍受してたのです。そのうち、係員が来てフィルムを没収していきました。

 その後、飛行機はぐんぐん高度を上げて水平飛行を続け、ついに来た遥かなるカシミール。世界の屋根に囲まれたその町はスリナガル。人々の顔のつくりが今まで見たインド人と趣が異なってます。目が大きく、特に鼻全体がかなり大きくて高いのです。民族的なことと思っていましたが、試しに幾人かいた男性にどうしてそんな大きな鼻をしてるのか訊ねました。そしたら愉快なことに、毎日引っ張ってると言いました。これには本当かと笑いました。私も真似をしましたらやり過ぎて、ついに鼻血が出てしまいました。

  驚いたことに、こんな遠くに来てもヒンズー語が通じます。やはりインドでの公用語なのです。また、大変美しいことに湖の中に町があり、どこへ行くにも水路を通って屋根つきボートに乗り移動するのです。途中では同じ形のボートに乗った行商人とすれ違い、そのボートはそばに近寄ってきて商売を始めます。私も民芸品を買いました。この屋根つきボートの中には寒さをこらえるために「カングリ」という名の壷に火が入っていて、それで暖を取ります。現地の人はここカシミールを「東洋の水の都」と言ってます。

 ここは木彫りの民芸品に特徴があり、私は見事な彫刻が施してある物をいくつか手に入れました。陸に上がってからジュ―タン作りの家内工業を見学、手作業による民族的色彩の濃い出来栄えには驚嘆しました。

 お泊りはハウスボートという名のホテルです。これは湖に浮いてる大きな船です。普段は動かないように岸に停泊していて、お客はそこに滞在宿泊するのです。中を歩くと船が多少揺れぎしぎし音がします。澄んだ空気と聳え立つ山々に囲まれ、静寂な湖を眺めての滞在は憂き世を忘れさせてくれました。

 今頃、日本は新年を迎えた筈と大晦日8時半に乾杯しての夕食です。日本との時差は3時間半。大昔から東西交流の中継地であったここカシミールで新年を迎えたことは私の心の歴史にいつまでも残るでしよう。こんなロマンチックな所へ新婚旅行に来たらいいと思います。

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2007年4月 3日 (火)

咲きそフォン

 私にも若い15才の時がありました。その頃、高校の吹奏楽部でトロンボーンを吹いてました。このため、例えばマーチ「ボゲー大佐」の途中に出てくる迫力ある旋律については今でもポジションを覚えていて、すぐに右手がその位置に動きます。若い時に覚えたので音楽と身体の動きが一体化し脳に染み込んでるのでしょう。

 一般に木管楽器では指のみ動かし腕は同じ位置にありますが、概ね右手を押さえるとき左手の指は閉じたままです。金管楽器では指(トロンボーンでは腕)の他アンブッシャーといわれる唇の締め方の感覚によって音程が変わります。唇や指先は脳の命令にいち早く反応するのですね。

 弦楽器については殆ど経験がありませんが、ギターは多少弾きます。愛のロマンス(禁じられた遊び)ならどうにかです。また、インド滞在中カルカッタシンフォニーのコンサートマスターの方にバイオリンのレッスンを受けたことがあるりますが、今では弾いてません。こちらは両腕とも運動は大きいですね。

 チェロになれば左手の間隔がより広くなりますから、チェリストの方にとって左手の動きがより大きくなり音程が難しいと思われます。しかし、表情豊かで素晴らしい楽器です。若い時、弾きたかった楽器の一つですが、チャンスがありませんでした。生まれ変わったら今度はチェロを弾き、ハ音記号の譜面で高音域の別世界に浸ってみたい。

  私は高校二年からサキソフォーンに転向し、長いことクラシック奏法によるアルトでしたが、今ではソプラノのみ吹きます。ゴールドメッキのフランスセルマー社製です。この楽器はベルギーのアドルフサックスによって発明され、人の声にも共通したような音色と表情豊かさを持ってると思います。卓越した奏者の手にかかると超絶技巧も可能な近代的楽器です。

 今では結婚式で頼まれたときに演奏するくらいです。

 管楽器は呼吸器を使って音を出すので声楽家と同じく体力の鍛錬が必要です。何かの縁があって出会えた金メッキのソプラノサキソフォーンをこれからも自己表現の一つとして「輝きある音色」に磨いていきたいものです。

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2007年4月 2日 (月)

血液検査で現状を知る

 自分の身体のことを最も知らないのが自分であるかもしれません。目に見える皮膚に異常があればすぐに対応できます。しかし、中身の異常については痛くも痒くもない場合、気がつきません。BMIについてのみ自分で数値がわかります。

 ここで威力を発揮する一つが血液検査でしょう。近くの医院で実施でき、しかも比較的格安料金で現在の状態を知ることが出来ます。それにより摂取する栄養量や運動量についての目安が分かります。

 実は、私は3日ほど前に近所の医院にて血液検査と尿検査を実施し、本日はその結果について医師から報告を受ける日でした。不安でしたが、PSAも同時に検査が可能なので前立腺についても調べていただきました。

 結果は今回すべての数値が合格と診断され、最近の食生活と運動量は良かったのかと思ってます。今後も、自分でBMI 22を厳しくキープします。

 ところで、昔はお正月でもなければ食べられなかったようなおいしいものが毎日いっぱい食べられる時代になりました。今の日本は飽食の時代です。

 この結果、小中学生の約3割が脂肪の摂り過ぎといわれ、子供のうちから肥満と高血圧を始めとして生活習慣病がもはや大人だけの問題でなく、子供に浸透してるそうです。

 これは一般論として、特に食を預かる若い母親がそれを認識できなくては子供の将来が危険で、現状認識こそ欠くべからざるものと思います。

 そのために効果的なことは小中学生に時々血液検査を実施し、お子さんの体内の現状を通知したらどうでしょう。そしたら母親の気持ちはすぐに変わると思います。血液検査の結果が通知表のようにすごい関心事となり、明日からの食生活の改善につながる筈です。

 常日頃、油を多く含んだポテトチップスなど好んだり、おいしいからと言って夜遅く即席ラーメンを食べたりする習慣があると、体内にどんどん脂肪が蓄積する筈です。そのような習慣は直ちにやめるべきです。

 将来、親は介護される立場でなく、親が子供を介護する大変な時代が来るかもしれません。

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2007年4月 1日 (日)

見事な枝ぶり、開花は間近

昭和の最後に母が他界し我が家も世代が変わりました。これを節目として記念樹を植えることを思い立ち、群馬の森の近くの植木屋さんから「しだれ桃」を手に入れました。

 当時はそれほど大きくなかったのですが、一日中、日が当たる場所に築山を作り植えました。これは枝が垂れ下がることと、排水を良くするためです。また、父母が生前作った井戸からポンプで水を汲み上げ根元にやれるようにしました。このため条件が整い年々幹が太くなって今ではご覧の通りに成長し、見事な枝ぶりを表現してます。

 花を楽しむつもりで植えたのですが、秋に落葉してからの半年間は予想以上にその枝ぶりに魅せられます。特にこの枝に雪が積もったときは格別の味わいで、黒い枝の上に雪がかぶさり調和がとれ、自然が織り成す芸術となります。

 と言ってもやはり花の観賞が目的です。この品種は「羽衣」といい、その名にふさわしく艶やかな八重のピンクです。桃色とはこの花からきてることが分かります。花びらの直径は4センチほどです。

 私が感心するのは「昔から桃の節句」と言いますように、毎年、旧暦の3月3日に満開になります。旧暦は月の都合により、その年によって多少ずれますが、それでも毎年この日に見事に咲いてます。

 桜の開花と異なるのは一度に咲き出して一度に散ることがありません。日に日に咲き出し10日くらいで満開になります。咲き終わるのは3週間ほどです。このため長い期間、近所の皆様にご覧いただけます。

 4月8日の日曜日には私の家で近所の方々と花見です。普段ほとんど一人で生活してる私にとって皆さんが集まってくださることは本当に楽しいことです。この会は平成元年以来、恒例の行事となり続いてます。2次会は拙いピアノバーに席を移し、また別な楽しみに移行します。

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