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2007年5月21日 (月)

レース鳩が書になる

  以前にお知らせしましたように、私の鳩が中国内モンゴルまで飛んでいきました。その鳩は現地で「中日友好号」と命名されてます。

 父母が寝たきりになってしまった頃、鳩舎があっては両親の部屋に陽が当たらないので、鳩より両親を優先し、鳩舎は壊してしまいました。そのとき飼育していた鳩たちは急遽、友人に飼育を託しました。

 それから2~3年しましたら中国の方から手紙が届いたのです。もちろん漢字のみの中国語ですから、意味をすべて把握するのは困難で何のことか分かりませんでした。

 このため県の国際交流課で翻訳していただきましたら、私の鳩が内モンゴル集寧市にお住まいの張宝昆という方が飼育してるということでした。私はその鳩が生まれた時に住所と名前などが彫ってある私製環を足につけておきました。このため、中国の方にとって漢字は本家ですからお読みになり、この私製環を頼りに半信半疑で私に知らせてきたのです。

 私もこの鳩のお陰で中国語を習い始め、しばらく張さんと手紙による交流を続けていましたが、先方から内モンゴルに来てあなたの愛鳩に会ってやってくださいとしきりに依頼がありました。

 その時、これは千歳一遇のチャンスとばかり、私の鳩舎で生まれた愛鳩に会いに行ったのです。行くことが決定してからは「鳩の飼い主が日本から来る」と内モンゴルではニュースになったらしく、着きましたら多くの記者や副知事、副市長、鳩協会の方々などが集まっていて座談会を開いてくれました。すぐに歓迎会となり60度のお酒にはさすが私も参りました。初めの乾杯が済んだあともパーティーで目が会うとその方と幾度も乾杯する風習です。

 1番驚いたのはフホホトの銘揚氏など有名な書家が、この鳩のために写真のような書を創作しておいてくださったことです。上の書の意訳は「日本のレース鳩が海を越え、我が内モンゴルに飛来した。その後、飼い主同士の手紙による交流が始る。これは中日両国人民にとってよい話で、良友は真情を伝え合うものである。時まさに内モンゴルは柳の季節。」次のは「富士山の下にいる君と万里の長城にいる我は同じ月を見ながら盃を挙げる。鳩が世界をつなげた尊いことである。」

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