« 心配な水不足 | トップページ | 心は崩れやすいもの »

2007年6月 9日 (土)

若かった高崎商業教諭時代

 34才から45才まで11年間勤務していた高崎商業にはたくさんの思い出があります。著名な相馬御風作詞、弘田龍太郎作曲による素晴らしい校歌が歌い継がれてます。この校歌はこれからも変わることはないでしょう。文豪・吉野秀雄を生み、前高崎市長さんや現高崎市長さんの母校でもあり、地元では高商と呼ばれ100年以上にわたり歴史を刻んでいます。写真は私が吹奏楽部顧問として青年教師真っ只中の34才のとき上毛新聞に掲載されたものです。見たところでは今とあまり変わりがありませんね。

 吹奏楽部の練習は毎日で始業前の朝練に始まり、放課後は7時頃まで。毎年11月頃行なわれる群馬音楽センターでの定期演奏会は3年生にとって部の卒業式のようなもの、日頃の練習を余すところなく発揮しステージでは教師も生徒も完全燃焼でした。私も時々2000人の聴衆の前で3年生一人ひとりを紹介し、労をねぎらった思い出があります。特に演奏会終了後の宿泊施設での慰労会では全員が宿泊して夜中までレクレーションです。応援曲の「ハリス」をみんなで歌い、踊ったことは一体感が生まれ深く脳裏に焼きついてます。S井君は私の指揮の真似が実にうまくて楽しい部長でした。現在では県内で著名な書家です。

 部活の楽しい目玉は夏季・冬季合宿。新潟の苗場下山山荘や子持青年の家、妙義少年自然の家、小諸青年の家、御荷鉾高原荘などです。また、高校野球の応援で大阪へは4回行きました。

 定期演奏会では毎回、指揮者として平均15曲くらいは棒を振り、思い出の曲はたくさんありすぎて書ききれません。中でもショスタコービッチの交響曲第5番「革命」第4楽章、チャイコフスキーの「スラブ行進曲」「1812年序曲」、ムソルグスキーの「展覧会の絵」、ドボルザークの「新世界交響曲第4楽章」、ハチャトーリアンの「スパルタクス」や「剣の舞」、モーツアルトの「フィガロの結婚序曲」、スッペの「詩人と農夫」、ビゼーの「アルルの女からファランドール」、レスピーギの「アッピア街道の松」などの名曲を演奏できたことは心から幸せでした。いつまでも忘れません。この他にもジプシー王女やアルメニアンダンスなどたくさんの吹奏楽オリジナル、その他、その時代時代に流行したポピュラー音楽の演奏です。

 また、吹奏楽といえば行進曲ですから、国民の象徴、美中の美、ハイスクールカデンツ、祝典行進曲、星条旗よ永遠なれ、旧友、ボゲー大佐、軍艦マーチ、ワシントンポストなどの名曲は指揮していて本当に楽しかったです。

 教師として仕事に慣れてきた30代40代に高商でこのような部活の顧問となり、当時の部員たちと音楽を通して交流できたことは私の喜びでした。彼らは今では35才から46才くらいになってます。丁度、私が高商に勤務していた年齢になってるのですね。たまには高崎駅前「どんどん」でいっしょに飲み、往時を振り返ったり近況を拝聴したいものです。

|

« 心配な水不足 | トップページ | 心は崩れやすいもの »

教育」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 心配な水不足 | トップページ | 心は崩れやすいもの »