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2007年6月 8日 (金)

心配な水不足

 近年は異常気象が続きます。今年も1月2月は暖冬のため積雪が少なかったです。群馬県上流にある首都圏の水瓶といわれるダムは現在すべてが満水時の40%程といわれてます。

 追い討ちをかけるように、本年の6月はどうも空梅雨の気配です。日常生活の源は朝起きて水に始まり一日中、水に終始してます。いったい一人が使う水量はどれほどなのでしょうか。思いのほか多いと思われます。私たちは水は「もったいない」の気持ちで無駄にしてはなりません。

 近年、原始生活に近いような生活をしている南の国の王様が日本に来ていろいろ見て回り、新幹線に乗ったり大都会をつぶさにご覧になってあまりの違いに驚いたのではないかと思われるわけですが、母国への帰国の際に日本人から「滞在中、何が最も印象に残りましたか」の質問に、その答えは日本人が誰も想像しえなかったことでした。

 その答えは新幹線でも高層ビル群でもなく、何と「水道の蛇口」が最も素晴らしかった言ったそうです。

 王様にとって自国の民衆の飲料水の確保こそが死活問題であったのでしょう。きっと低いところから、毎日、手作業により苦労して汲み上げ、みんなで分けて大切に使ってることが想像できます。それが日本に来たら蛇口を捻れば飲み水がどんどん出てくるとは彼にとって「蛇口こそが夢のまた夢であったのでしょう。」

 私たちはかなり以前から下水道の整備された環境で生活しているので、蛇口を捻れば水が出るのは当たり前の感覚で、その有難さを認識することは少なくなってます。

 しかし、日本でもこのまま首都圏の水瓶が底をついたら、当たり前であった蛇口からの水は水道料を払っても絶対に出てきません。いよいよ井戸を掘って昔のように「つるべ」で汲み上げることになります。地球上のどの民族にとっても水は共通した欠くべからざるものである事実は変わりません。

 水不足は未来になってもきっと続くことでしょう。不思議のような「蛇口を捻れば水が出てくる有難さ」を再認識し、無駄にせず、出しっぱなしにせず、自然の恩恵に感謝したいものです。

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