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2007年6月28日 (木)

男女共生社会は言葉から

   欧米など先進諸国では男女同権や男女平等は日本より早くから重要視されていたようです。わが国では長いこと封建時代にあった名残でしょう。男尊女卑の思想が今だ根深く浸透しているように思えてなりません。

 これは一人ひとりの気持ちによって改善されなければならないと思います。日頃、無意識に使われてる言葉の中にも男尊女卑が感じられる言い回しが使われ、子供の頃から耳にしてますと、それが当たり前のこととして、そのように話したり書いたりしてしまいます。

 よく聞く言葉に配偶者のことを「主人」「女房」「家内」は日常茶飯事です。会社での仕事やスポーツでも「女房役」などと滑稽な使われ方もあります。元を正せば女房とは女官の部屋のことらしいです。これらはごく自然に抵抗なく使われてますね。「家内」についても近代の女性は家にいるより、社会で活躍されてる方が多数います。

 近年、看護婦が看護師に、また、婦人警官は女性警察官と職名が変わったり、義務教育の現場では出席簿を男女別に分けず、混合へと変更しつつあると聞きます。これは素晴らしいことで絶賛ものです。小学校によっては運動会の徒競走では男女混合で走っているとも聞きます。このように分ける必要のないことは混合でいいと思います。

 このように徐々であっても、社会全体が男女の性別意識を解消させる方向に取組んでいるわけですが、まだまだいろいろの場面で解消すべき点はあるでしょう。

 私は男女共生社会のためには、日々、何気ない言葉の中にも気をつけなくてはならないことが残ってるように思います。言葉は丁寧に、また、相手が不快に感ずる言い回しにならないよう努めたいものです。配偶者のことは社会においては「妻が」「夫が」と、お互い自然に出てくるのもいいと思います。

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