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2007年7月29日 (日)

「遺作ノクターン」が訴えるもの

 芸術家が生前、公表のチャンスを逸した著作物や未発表のままであった作品が死後、世に出ることはしばしばあるようです。有名な未完成交響曲もシューベルトが亡くなって37年後に楽譜が発見され、初めて演奏に至ったと伝えられます。シューベルトの人生が僅かに31年であったことを考えると、ずいぶん後で発見されたことになります。

 後世に残るという点から考えると、作品を作る分野であれば、建築を始めとして著述、文学作品、絵画、彫刻、書などは残ります。レース鳩のように系統が確立できれば、目に見えないことであっても、確立者の名が後世に残り、その系統の子孫が長距離レースで活躍します。

 音楽では何と言っても作曲家でしょう。演奏家は素晴らしい音楽を奏でても音は瞬時に消えていきます。二度と同じ演奏はないです。高齢になると体力の衰えから演奏が次第に困難になってきます。

 近年、日本でも著名な作曲家が相次いで亡くなりました。きっと未発表の作品が眠っていると考えられます。本人はこの世を去っても作品が残り、後世の人々へ伝わっていくとは誠に素晴らしいこととで遺作となります。

  楽譜は私のテーマの一曲でもあります「遺作ノクターン」です。作曲家ショパンも39歳の若さで世を去り、作品の数は考えられぬほどたくさんです。この曲は晩年に作曲され、ついに発表のチャンスを逸してしまったようです。生前、演奏会でこの曲を聴くチャンスに恵まれず、結果的に死後、発表の形となったのでしょう。

 聴いてみても、弾いてみても誠に訴えてくるものがあります。これでもかと悲しく美しい旋律はもとより、オクターブを越えた独特のアルページョ伴奏を聴くと、このような深みのある音をどのようにして発見したのか、驚きの他はありません。

 私のような凡人は生きてた証として、いったい後世に何を残せるだろうか。

 私にできることは、「娘たちに健康で充実した人生を送る方法を拙い経験から伝えること」かもしれない。

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