ある画家と作曲家のきずな
私は若い頃からロシアの作曲家ムソルグスキーの独特な作風が気に入ってました。作曲を独学で勉強したと伝えられています。中でも組曲「展覧会の絵」という作品はとりわれ独創的に感じられます。
ご存知の通り、彼の友人である画家ガルトマンが39歳という若さで世を去りました。生前、芸術家同士として親交の深かったムソルグスキーはとりわけ悲嘆にくれたと伝えられています。
ガルトマンの死後、残された絵画の展覧会が開かれました。主人のいない寂しい展覧会です。たくさんの作品が「主人の命は絶えても芸術は生きてる」ことを物語る遺作展です。
友を失ったムソルグスキーの心境は、展覧会場に行けば悲しみの中にも作品を通して彼の魂に会えるような気がしたのでしょうか。1枚の絵を見てはガルトマンとの生前のことを思い出し、あるいは彼が表現したかった内面を汲み取ろうとし、そして、また次の絵と足を運んだのでしょう。
ついに、鑑賞しながら「よしっ、彼の絵画の魂を音楽で表そう」と思っ立ったのです。それが自分に出来るガルトマンへの最も良い供養であると考えたのかもしれません。
たくさんある絵の中から10枚の絵を見て作曲したのです。絵には、イタリアの古城で歌を歌ってる人の絵などゆったりしたものもありますが、概して不気味なものが多く、イタリア・カタコンブ地下墓地内の自画像、一般民衆の苦しみ、対照的な2人のポーランド系ユダヤ人の絵、ロシアの民話に基づく絵、ウクライナのキエフの大きな門の設計図などです。キエフの大きな門では高い位置に幾つも釣鐘が描いてあるので、その音を想像し、あたかも鐘の音が聞えるように工夫し作曲してます。
この音楽の特徴は、絵と絵の間を歩くムソルグスキーの悲しい心境がプロムナードというメロディーによって幾度となく変化しながら演奏され、全曲に統一性を与えてます。
私が最も圧巻と感じるプロムナードは、地下墓地カタコンブの暗闇の中をガルトマン自身が見学している絵です。ムソルグスキーが絵の中にいる彼に話しかけてます。悲しい心情が溢れ出ています。
彼はピアノ独奏用に作曲しました。後に、この曲はラベルを始めとして何人かによってオーケストラに編曲され、より親しみを持たれたと言えるでしょう。
作曲家、故 團伊玖磨さんはこの曲に非常に関心を持たれ、ガルトマンの絵を探しにわざわざロシアの学校や美術館を訪れたそうです。しかし、だいぶ昔のことで遺作展に飾られた絵はすべては見つからなかったようです。
私は学生時代、ラベル編曲のこの「展覧会の絵」を吹奏楽に編曲したことがあります。運良くNHKラジオで放送されました。演奏していただいたのは高崎商業吹奏楽部です。
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