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2007年7月13日 (金)

三つ子の魂百までは本当です。

  私が5歳くらいの時、家には「まる」という犬がいたのを覚えてます。田舎の昔ですから放し飼いです。いつのまにか行方不明になったので、母はきっと犬殺しに連れて行かれたのだろうと言ってました。私は寂しくて泣いたのを覚えてます。

 子供の頃は、時折そのように呼ばれる人が針金を輪にして近所の犬を連れて行くのを見ました。その家の当時私くらいの男の子もその日は母親の前で夜までずっと大きい声で泣いていました。犬の可愛さとやり場のない悲しみに涙が止まらなかったのでしょう。

 飼い犬をこんなことしたら今の時代では問題になることです。

 私は小学校一年の頃、隣の「黒」という犬に右の足を噛まれたことがあり、血が出てずいぶん痛かったことを記憶してます。それ以来、恐くて35年間くらい犬を飼うことはしませんでした。その時に噛まれた歯の跡が何と今でも右のふくらはぎに残っています。

 小さい時の悪い印象は大人になっても消えないですね。これは犬に限らず何事においても、いろんな場面に表れ、その後のその人の性格上の一つの弱点となってしまいがちです。「三つ子の魂百まで」は本当にあると思います。

 ですから、この諺をプラスの方向で生かせば子供たちはいろんな場面ですくすく育つのではないでしょうか。

 例えば、中国のように小さい時から漢字に親しませていけば、小学生でもかなり漢字が自由自在になるでしょう。

 日本では大人でも漢字は難しいものという意識があり、そのためか子供の学習進度は遅いように思います。漢字はアルファベットやひらかな、カタカナのように一字一字の組合わせを見て意味を知るのでなく、絵のように形として捉えるので、子供でも一瞬にして分かる優れた文化です。

 子供の才能は目を見張るものがあります。漢字の習得は早期からでも思った以上に進歩する余地を残してると思われます。

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