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2007年9月

2007年9月30日 (日)

植物が秋を伝える

 月日の経つのは早いもの、上半期は今日で終わります。明日から10月となり衣替えです。今日は雨が降ってることもあり寒く感じ、気温は20℃、秋はどんどん近づいてます。

 上の写真は赤い実が色づき始めてる玄関先のマユミです。今年は勢いがいいのでしょうか、かなり結実してます。もう少しでピンクの花のように色濃くなるでしょう。初夏には淡い緑の花がつきましたが、それが今の季節に果実となり、割れて最後に赤い種子が露出します。古くからこの木は弓を作るのに用いられ真弓の意味らしいです。根元には何本かの子どもが生えてます。

  左は私の家の柿ですから正真正銘の柿です。こちらも実が大きくなってきました。甘柿なので赤く色づくとほとんど野鳥に食べられてしまいます。鳥はよく知っていて甘くないのは食べないのです。経験上、色で判断してるのでしょう。智慧があるものです。昔は渋柿の木もあり母は樽抜きして渋みを抜いていました。すごく甘かった記憶があります。私は柿は甘くておいしいと思うのですが、娘たちはあまり好んで食べようとしません。食糧難に育った私とはきっと違うのです。

  庭木として杉を植えてる家も少ないでしょう。高さ推定10メートルほどの素性の良い杉が聳えてます。両親が関西旅行に行ったとき神社で苗木を買ってきたのが約40年経過し、ご覧のように立派に育ち、今では我が家のシンボルになってます。「御神木だから切ってはいけないよ」と生前言ってました。

 この杉は倉賀野駅前のマンション最上階から見えるのです。何日か前のブログでも写真を載せましたが、もう一度掲載します。中央付近に三角形に尖った杉が黒く見えるでしょう。そこにある三角屋根が私の家です。早朝には時々鳩が群れをなして飛んでます。遠望は左から荒船山、妙義山、浅間山です。

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2007年9月29日 (土)

いつまでも色あせないノクターン1番

Photo_2   涼しい秋になったのでピアノ練習に集中したいのですが、人間の心は脆いもの、しっかりした目標を掲げないと続きません。

 若い頃からの感激が今でも変わらず、その魅力を訴えつづけるのは標題のノクターン1番です。めずらしく4分の6拍子で作曲されてます。

 作曲家ショパンは母の国ポーランドで生誕し、戦争のため祖国を追われ、父の国フランスへ逃れる20歳の頃の作品と伝えられています。生死分ける戦雲漂う中、どうしてこのような安息、静寂、そして甘味な音楽が創造できたのでしょう。あるいは不本意な現実の世界から、あるべき理想の人間の精神を希求したのでしょうか。音楽を聴くと美しさのほかに神秘性まで漂ってます。

 曲は変ロ短調のためフラットが5個付いてます。左手はオクターブを越えた分散和音で成り立ち、弾き手を悩ます動きとなってます。しかし、これこそショパン独特の伴奏法なのでしょう。指の他に腕の動きもスムースにする必要があります。

 一方、黒鍵を多く弾くことは慣れれば楽のこともあります。これは私たちの人差し指、中指、薬指が長いためです。ご存知の通り、 「猫ふんじゃった」はすべて白鍵でも弾けますが、多くの方は黒鍵で弾きますね。このように黒鍵の方が楽なこともあります。また、黒鍵はいく分か温かみのある音色に感じます。

 「ピアノの詩人」と称されるショパンは優雅な旋律に多くの装飾音を加え、それを「イタリアオペラのアリア風に歌わせる」という、それまでにない技法を用いてます。ここにショパンの青春の感傷的な面が窺えるようで、旋律は格段と洗練され高雅で詩的なものとなってるのでしょう。

 秋のピアノコンサートではお客さんにノクターン1番の魅力を余すところなく味わっていただくため、しっかり練習しなくてはなりません。

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2007年9月28日 (金)

楽しみな四阿山へ

 山岳のベテラン、サミュエル・トッドさんと今秋には群馬県嬬恋村の四阿山(あずまやさん)及び尾瀬の至仏山(しぶつさん)へ行く予定です。と言っても私が連れてっていただく立場です。

 まず、四阿山へ行きます。案内書によると、この山は登山ルートがいくつか示されてますが、私たちは茨木湖側から登る予定です。途中ロープウェイがあり、土日は運行とのことなので、動いてればこれも使うつもりでいます。

  標高2354メートルはこの界隈では浅間山に次ぐ高さです。浅間山の北西に位置します。亜高山帯に属し、高山植物も見られそうです。写真左の案内書は「安中山の会」の方々が調査し執筆されたもので、県内どこへ行くにも常に携帯し便利で助かります。

 ところで往復6時間以上は必要なので、肝心の足腰を鍛えておかなくてはなりません。本番ではどうでしょう。体力への挑戦でもあります。平素は平地のみを歩いてますが、登山で使う筋肉は異なります。

 山での天候の急変に対処するため、本日アウトドアー専門店に行って帽子と登山用レインコート(ゴア・テックス)を購入してきました。帽子はUVカット仕様です。レインコートはコンパクトにたためて小さな袋に入ってしまいます。

 本来の予定は明日でしたが、天候が今一歩良くないので、10月の秋晴れの土日に行くことにしてあります。それまでは高崎観音山周辺を登り鍛えておくつもりです。サミュエル・トッドさん当日はよろしくお願いいたします。

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2007年9月27日 (木)

圧巻は空中大車輪

Dscf0986  昨日の午後、娘のMarie Persimmon Marshが珍しく休日だったので2人でサーカスを見に行きました。車で5分ほどの所で11月まで興行してます。

 私がサーカスを見るのは20年ぶりくらいです。プログラムの進行は誠にスムースです。連日たぶん同じ出し物の繰返しでしょうから、無駄が省け観衆の目を常にある一点に集中させてます。次の準備をするには手間がかかっても、その間ピエロによるユーモラスな演技や、観客の中を歩くトランペット奏者にスポットランプが当たり、中央で次の準備をしてることを意識させません。仕事の連携は見事です。

 プログラムは全体的に以前に見たものと似てます。でも、初めて見る人や特に子供たちにとっては驚きの連続で、それぞれの演技ごとに大きな歓声です。

 日本のサーカスであっても、演技者の半数程が外国の方でした。各演技はそれぞれの人がその演技のプロのようです。同じサーカスの仲間でも他の演技はしないでしょう。

 特に「美女と野獣」の演技は絵に描いたようです。大きな檻の中に3頭のライオン、6頭のトラ、1頭の豹が放され、美女が一人で10頭を同時に操る姿には訓練の賜物であるとはいえ素晴らしく感じました。普段、「美女と野獣」という言葉は人間の男女の組合わせで使っていましたが、本来はこちらなのだと改めて思いました。

Dscf1141  演技で多くの観客を魅了したのは男性2人が演技する空中大車輪でしょう。長さ10メートルほどの大きな「天秤ばかり」のようなもので両端に直径2メートルほどの輪がついてます。その輪の中は幅があり人が歩けるようになってます。歩くとバランスが崩れ、大車輪が上下に大きく動くのです。演技者が走ると恐いほどスピードが増し、ついにはぐるぐる回転するのです。これは壮観です。まるで観覧車がぐるぐる速く回ったようになります。

 ぐるぐる回っていても、時々、輪の上に乗って走るので、スピードが増すとつかまる手すりもなく落ちそうになり、観客から思わず悲鳴のような声が上がり、更にどんどんスピードが増すと2人の演技者は無重力状態になり、輪に飛び降りるような状況でヒヤヒヤさせられます。ダイナミックな動きでスピード感があり圧巻です。

 持って生まれた才能や平衡感覚はもちろんですが、訓練によって潜在してる可能性は思いのほか磨かれるものと思いました。

【注・絵が上手く描けません。やまさんに描いてもらいたいところです。演技は写真撮影ができません。】

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2007年9月26日 (水)

人工衛星から見た舎外のよう

 群馬に住む私がレース鳩を飼育する目的は本州からのレースもありますが、それ以上に北海道の700K、800K、900K、1000K地帯からのレースで帰還させることです。長距離からの帰還こそを生涯の夢としてるのです。勝利すれば尚のこと嬉しいでしょう。

 30年ほど以前にはこれらの距離からの帰還が度々あり、優勝4回や入賞がありました。最も感激したのは今の連盟で羽幌900K雨の中1羽帰りしたときです。この頃、中心となった種鳩は、バルセロナIN2年連続総合優勝「ミュニィエ号」の直仔同士の仔を持っていたのです。

 その後、老いて寝たきりになった父母の看病が始まり、年齢的に仕事も忙しくなって数羽のみ飼育してましたが、20年ほどレースを中断してました。21世紀と共に再開しましたが、レースの勘が鈍ったり、鳩質、飼育方法、健康状態、あるいは周囲が強豪になったなどで再開後は成績がパッとしてません。それでもやっとのことで昨春と今春900Kからの帰還がありました。

 レース成績の向上をめざして、毎日の舎外運動や車で遠方へ連れてって放す個人訓練など、他の動物飼育とは異なる接し方があり、いわば鳩の調教師ですから楽しいものです。ぺットとして飼育してるのではありません。

 このため、どうしたらスピードを増すか、どうしたら高度ある舎外をするか、どこから放鳩訓練すると効果があるか、餌にはどのような種類の実を配合すべきか、調子を上げるにはどのような薬を投与するか、鳩舎内の換気・落ち着いた雰囲気づくり、また、しっかりした主翼や大胸筋をつけるにはどうすべきか、これらを日々考えるのは頭の体操と感じてます。しかも、レースで必ず答えが出るのです。

 でも私はレース鳩で最も根幹をなすものは優れた遺伝子と思ってます。鳩質及び優れた方向判定能力です。放された地点から自鳩舎位置の方向を本能的に知り、直線上を飛翔して来れば「スピードがなくても」計算上、分速は速くなります。ですから、レース鳩にとって優れた方向判定能力こそ最も大切なことと思ってます。

 これからも巡りあった県内外の素晴らしい鳩友の力を借りて、長距離帰還という奥深い夢を持ちつづけたい。 

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2007年9月25日 (火)

今夜は十五夜でも満月ではない

  今宵、群馬では天気も良く、中秋の名月が見られそうです。旧暦では7月8月9月が秋だったことにより、真ん中の8月15日の月を「中秋の名月」と呼んできたのでしょう。今日は旧暦の8月15日です。

 日中暑くても夕刻はすっかり秋になりました。今宵、観月会をしたいところですが、一人ではロマンチックとは言えない雰囲気です。【涙】 なお、中秋の名月は毎年必ず仏滅です。

 ご存知の通り、十五夜は満月とは限りません。今回も、明後日の27日が満月です。一日の中でも月齢は刻々と変化してますので、今宵の月齢は13.8~14程と推定してます。でも、満月でなくても便利なことがあるのです。

 本日の日の入は群馬で17時38分、月の出は16時42分です。日が沈んだ時刻にはすでに月が約1時間前に出ているのです。これでお分かりと思いますが、暗くなると月がすでに高くさしかかり、お月見には丁度良い角度になるのです。しかも、時間が経過するに従って次第に満月へと近づいてるのです。

  ですから満月の明後日は17時30分過ぎに日没と月の出がほぼ同時となり、暗くなっても月は地平線すれすれで、なかなか上に登りません。

 ところで、先日のブログで「月の表面は常に同じ面である」理由について、本当のところは分からなくとも私なりに考えました。仮に月面が刻々と変わったら、落着かず十五夜の風習は起こらなかったかもしれませんね。

 昔、母は月の見える東の廊下に机を置き、戸を開けたままで、あんこの入ったおいしい饅頭や果物、ススキを飾ってました。ある晩のこと、かなり暗くなってから、何気なくお饅頭のところを見たら外部から竹の槍が饅頭めがけて突き出ているのです。「あっ!」と大声出したら、その槍は引っ込んでしまいました。もう少しで突いて持っていかれる危機一髪のところだったのです。この犯人は顔なじみの近所の子供と思われますが、誰であったか今でも謎です。

 このように風流な味わいやユーモアのある世の中で賑やかに家族団らんがありました。それに比べて現在は核家族化が進み、味わいある風習も少なくなりました。親から伝えられた伝統的年中行事はいろいろ復活したいものです。

  今の世は庶民の伝統文化やお祭りが少なくなり、一般的に人間関係も希薄から次第にとげとげしくなっているように感じます。ぜひ、昔の良さを残したいです。微々たる力であっても世の中に何かプラスになることをしたいと思ってます。

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2007年9月24日 (月)

静かにシンフォニーを聴く

 歩いて10分ほどの音楽喫茶クラート【蔵人】へ行きました。お客さんがいなかったので一人淋しく紅茶を飲みながら、マスターにCDをお願いしました。ベートーベンの第7シンフォニーです。オーボエで始るAーEーCisーFisの冒頭は、この曲がまさに羽を広げようとしてる優雅な力を内包してるようです。

 最近、第7を聴く人が多いと聞きます。クラシック音楽ファンでなくとも、溢れ出るリズムと活力ある響きが多くの人を惹きつけるのでしょう。

 「ある指揮者の提言」の著者ワインガルトナー(オーストリア1863~1942)は第7について次のように述べています。「ゆっくりしたテンポは存在しない。ある亡き将軍の葬送の列が遠く通り過ぎて行くかと思われる程ゆっくり演奏したら、人々はいったい何と言うだろう」とこの曲が示すPoco sostenutoのテンポの解釈について若い指揮者に提言しています。

 私がお気に入りである第二楽章は、対比する悲しいメロディーがそれぞれ個性を十分に保ちながら対旋律と絡み合い次第に融合、そして充実さを増していきます。

 ワインガルトナーは彼の師匠に当たるグラーツの言葉を引用し「第二楽章冒頭のa-mollの和音は魔法の鏡を覗き込むことを示し、やがて、ある人物の姿がおぼろげに浮かび上がり、その人は幻想的な世界を見つめているかのような目で我々の前を通り過ぎて消えてしまう。」と著書の中で思い出してます。

 世の中には美しいメロディーが限りなくあっても、ベートーベンが生み出したこの楽章の比類なき美しさは、彼の対位法的手腕が最高に発揮されてるのではないでしょうか。作曲の年齢は回復不可能な耳の病が進行している42歳。芸術は厄年に左右されないのであろうか。

 ひと月に1度は蔵人で音楽を聴きたい。できれば一人でなく行ってみたい。

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2007年9月23日 (日)

群馬から5人目の総理大臣誕生か

 ※元内閣総理大臣・中曽根康弘氏の訃報に接し、ご冥福を祈ります。

 本日は天気が雨でしたので山へは行けず、結局、自民党総裁選挙のテレビ中継を見てました。私の選挙区の福田氏が当選したので身近に感じています。国益のため、しっかりやってほしいと願っています。

 群馬県は今までに内閣総理大臣として中曽根康弘氏、福田赳夫氏、小渕恵三氏の3人を輩出し、このお3方とも昔から群馬県高崎市の私の選挙区でしたので本人を身近に拝見しました。この度、福田康夫氏が日本では初めて親子2代の内閣総理大臣になる予定で、これは大変に素晴らしいことです。

 ところが、本日、私が申し上げたいのは上記の他にも群馬県から内閣総理大臣になった方がいました。それは第42代の鈴木貫太郎氏です。終戦時の内閣総理大臣です。彼は前橋市立桃井小学校卒業で、その後は前橋中学【現・群馬県立前橋高等学校】を卒業された方です。

 

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 このことは群馬県民にも意外と知られてないことのようです。たまたま、私が県立前橋高校に勤務してたことから、同窓会長の女屋覚元氏から伺ったことです。その話を基に歴史を紐解くと確かに鈴木貫太郎氏は県立前橋高校の前身である前橋中学出身で内閣総理大臣になってます。

 このため福田康夫氏が総理になれば群馬県から5人目の内閣総理大臣の誕生となり、県民の一人として大変嬉しく思います。

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 これは群馬県赤城山大沼の湖畔の南側に建つ鈴木貫太郎の碑です。たまたま大沼一周ウォーキングして見つけました。赤城山を訪れた際は、ぜひ、鈴木貫太郎氏の碑をご覧ください。

 ところで、私は北海道・長万部~群馬・高崎間700K鳩レースで優勝したことがあります。その時に頂いたトロフィーは高さが80センチほどある立派な物で、贈って下さったのは内閣総理大臣になる前の小渕恵三氏でした。

 

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2007年9月22日 (土)

秋の陽射しを浴びて

 今朝は天気が良く5時40分頃から舎外運動をしました。8時過ぎても鳩舎に入りません。多くの鳩たちは大屋根で秋の陽射しを浴びてます。屋根が大きく高いので、隣家の屋根に殆ど止まらなくなりました。もし、止まればすぐに追うので、止まっていい場所とそうでない場所を覚えたようです。

  鳩舎については以前に書きましたように、細かい網を窓に張り回らしてるので今年は蚊による被害については一歩前進してるように思います。また、周囲に羽が落ちません。

 私はまだ気が若いのですが、今後のために高齢化対応鳩舎と銘打ってますので、例えば水浴も億劫でなくなりました。蛇口を捻れば水がたまり、栓を抜けば下水に直結してます。しかも、井戸水ですから使い放題で夏冷たく冬は温かく感じます。

 大屋根には70羽が羽を休めてます。やっと飛べる鳩もまだいるので、大舎外はいつのことになるでしょう。全鳩ぐんぐん高くスピードで飛ぶようになったら、早速1K程から訓練です。

 昨日からトリコモナスの薬を水に溶かして与えてます。まだまだ、暑いので水を切っておくと、われ先に飲水器に首を突っ込むので、見てて楽しいものです。

私の場合、レース鳩が家族ですから面倒はしっかり見てます。鳩舎内は比較的暗く換気は調節できるようになってます。選手の餌のトウモロコシは最も大きい粒を与えてるので、すぐ腹にたまるようです。カビがつきやすい欠点を除けば、粒のしっかりしたトウモロコシは鳩体を作るのにいいと考えてます。

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2007年9月21日 (金)

自己流ビールのおいしい飲み方

 今日も暑かったです。明日から3連休の方もおられるでしょう。ぜひ有意義な休日にしてください。明後日は秋分の日で天気もまあまあのようですから野山は快適となるでしょう。私は低山へ行く予定です。思いっきり自然の散策がいいと思います。

 一日中、自然との触れ合いがあれば、夕刻になると私の場合、ビールは心から味のある時間となって和めます。

 これは尊敬する鳩友アルカディアさんから教わったことです。彼は一般市民が寝静まった真夜中でも、人々の生命と財産を守るため日夜勤務され、社会のために活躍されてます。一市民としては本当に有難いことです。きっと職務上の心労もあることでしょう。反面、ご自身の時間は緊張からの解放に努めて、明日への仕事に備えているのでしょう。

 度々ブログに書きますように、最近、私は健康に気を遣うようになりました。これは妻がいないので三度三度の食事をすべて自分で用意しなければならないからです。しかし、現在、この食事の状況を自分で考えるという点では、返ってチャンスと捉えてる面もあります。

 上の写真は私にぴったりの「糖質50%オフのビール」です。味は全く変わらないので、こんないい物はありません。私の場合、日本酒は好きだったのですが、どうしても血圧上昇に繋がってしまいました。このためにアルカディアさんの影響もあってビールに転向したのです。しかし、ビールにはカロリーや糖が結構あることを承知してました。

 この点、「糖質50%オフのビール」は救世主です。メタボリックシンドロームの観点からも「優れもの」でしょう。毎晩一人での夕食ですから、好きなビールは心から楽しみなのです。

 実は左のジョッキーは冷凍庫で凍らせておいたものです。周囲のガラスが二重になっていて、その間に水が入ってます。この水が凍ってるのでビールが冷え、飲むには最適となります。これはお薦めものです。

 ご存知の通り、生ぬるいビールでは本来、折角持ってる旨さが半減してしまいます。ビールに限らず、何事もちょっとした工夫でより良くなることはありますね。

 自分の楽しみを得るにはそれなりの努力や工夫もしたいものです。今宵も「一人淋しくてもビールある充実した夕食」です。それにしても夕食時には話し相手がほしいものです。「ビタミン I」こそは欠くべからざるものです。

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2007年9月20日 (木)

太陽黄経まもなく180度

 今日は彼岸の入り。娘が出勤する前に2人で菩提寺へ墓参りに行きました。私が願うことはいつも同じ「麻里ちゃんの健康をお願いします」と合掌しました。

 このところ続けて知人が他界しました。これを考えても健康のためにいろいろ工夫し実践することは何よりも大切だと痛感します。栄養、運動、休養のバランスを取りたいところですが、人間の意思とは弱い物、1番目は十分であっても、2番目の運動がどうしても疎かになってます。

 運動不足は内臓の各所にいろいろ支障をきたすように感じてます。そのためには、目先を工夫して持続させなくてはなりません。最近は車で景色と空気のいい場所へ行って歩くようにしてます。

 ところで、結婚したての頃、父母と妻それに私の4人だけの家族で食事もいっしょでした。当時を思い出すと、このうち私だけがこの世にいて3人はこの世にいません。不思議です。身近な3人がいなくなったのですから、「生は何か、死は何か」と自分なりに考えざるを得ません。でも「死とは何であるか」どうしてもわかりません。肉体が滅びたことは分かるのですが、「精神はどうしてしまったのか」分からないのです。彼岸のうちは先祖のことを改めてしっかり見つめ、感謝と共にお線香を手向けるつもりです。

 今の時期、北極と南極では例外的に地平線すれすれに太陽が周囲を回り、出ていたり、沈んでいたりであっても、日本を含む世界各地では太陽が真東から昇り真西に沈みます。

 彼岸については、昔からこの春分点と秋分点にあわせて特に東洋を中心に先祖の供養を行なってきているようです。太陽という大自然の動きにあわせて供養し、感謝する慣わしは日々のあわただしい生活から、「先祖のお陰で自分が生を受けてる」という基本に戻れるようで、彼岸は先人の素晴らしい智慧でしょう。今まではあまりしませんでしたが、妻が他界してからは守っていただいてる菩提寺に毎回お布施をするようになりました。

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2007年9月19日 (水)

人気がなくても健康にいいもの

 ヨーグルトが健康にとって有益であることに以前から注目してました。中央アジアや西アジアは長寿の地域であり、カルシュームを豊富に含み、特に「整腸作用があるといわれるヨーグルト」を人々は多く摂取しているといわれます。最近ではカスピ海ヨーグルトという言葉もあります。

 今日では、日本でも多種のヨーグルトが手に入り、口当たりがいい人気商品です。すべてを味わったわけではありませんが、私が一つ気になることがあります。これを毎日摂取していいのだろうかという素朴な疑問です。

 それは栄養成分表示を見るとわかります。多くのヨーグルトには砂糖など甘味料が使用されてます。ここが私の引っ掛かる点です。毎日は摂取できません。

 現在は飽食の時代といわれ、糖尿病予備軍の人がかなりいると推定されてます。医師によっては果物は良くないとまで言い切る方もいます。糖分が入ってるほどおいしく感じ、つい多くを食べるからです。店頭にたくさん並んでる果物はどれも一見身体に良さそうですが、実は糖分の過剰摂取こそ悪いと思われます。果物以外でも、おいしい物には砂糖がかなり含まれてます。

 今では一般的に減塩や油の物などを控える傾向になりつつあっても、甘い物はおいしさと繋がってるので、どうしても減ってません。

 このような観点から、ヨーグルトが整腸作用に効果があるといわれても、糖分の入ってるものを毎日摂取するのは心配です。

 ところが、写真のように無加糖、無香料のヨーグルトが市販されてます。いくらか酸味があります。でも、これなら毎日飲んでも糖分の蓄積はない筈です。

 このように味に満足感のないものは消費者に人気がなく、店頭に残り気味です。おいしくないものは人気がない傾向にあっても、「本質的に健康に有益なもの」もあると考えてます。このヨーグルトは近くの榛名山麓で生産されてます。

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2007年9月18日 (火)

長寿の秘訣はどこに

 以前にブログに書きました写真の観葉植物コンシンネは勢いが良くなりました。多少でも熱帯雨林に近いようにと6月から自然に戻してたのです。このように南方の植物は燦々と照りつける太陽と豪雨のような自然の水で生きてたのでしょう。

 観葉植物に関して素人の私ですが「外に植えると、もしかして良くなる」のではないかと昨年試したのです。そしたら、うまくいったのです。今年もご覧のように元気になりほっとしてます。高さが10%ほど伸びました。家の中に入れるのが一仕事です。

 本日、観葉植物用の土を使い鉢植えに戻しました。10月より日が当たる廊下に入れる予定です。そして、秋のピアノ発表会では近くに飾ります。

 ところで、昨日は敬老の日でした。今や65歳以上方々は全人口の4人に1人です。そのうち5.5人に1人の方、つまり約500万人の方が仕事に従事してるといわれます。特に65~70歳くらいでは現役のようでしょう。

 一方、羨ましい100歳以上の方々は全国で30000人といわれ、人口4000人に1人の割合です。しかし、これは100歳になるのが4000分の1の確立ということではありません。

 私の住む高崎市では人口約346000人です。このうち100歳以上の方は116人と発表がありました。身近なところで倉賀野町は人口10000人弱でしょうが、100歳の方が6人おります。最高齢は私が存じ上げてるIさんで104歳です。昔、私の家によく来てくださり父とは親交がありました。子供の頃の私も度々話したことがあり、彼は普通の方より骨格がしっかりし、顔つきが精悍であると感じてました。職業が魚屋さんですから昔からカルシュームの摂取は十分であったと想像できます。

 長寿の方の中には夫婦で100歳以上や、姉妹で100歳以上の方々も見受けられます。このような方々は全国にかなりいるのではないでしょうか。

 これは生活環境が理想的で似てるような食事であったり、血統的なこともあるように思われます。現在のメタボリック・シンドロームとは縁のない生活習慣であることは間違いないでしょう。また、性格が温厚、朗らか、信念をお持ちであることも100歳の方々に共通してることのようです。私は今後の研究の一つとして、これらの方々の生活習慣や精神を学んでいこうと思っています。

 

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2007年9月17日 (月)

スタッフの温かな応対に感激

今朝は天気が良かったので早く目が覚めました。早朝から頑張って家と鳩舎の掃除をしゴミを出しました。祝日であっても月曜日なのでゴミ収集車が来るのです。

 また、まだ馴致の必要な雛がいるので展望台の扉を開けてやりました。毎日、展望台で周囲の景色を見てるので、もうすっかり馴れてます。早く先輩達に混ざって天高く羽ばたいてほしいものです。

 掃除で汗かき、何だか急に風呂に入りたくなりました。「そうだ、銭湯に行こう」と朝6時から営業してる新町の千湯へ行きハーブの湯に浸かりました。朝から一仕事したので心身ともにやれやれです。

 銭湯から帰るとお腹が空き、何だかデニーズへ行きたくなりました。デニーズに着くや否やスタッフのKさんが「今日は娘さんとご一緒ではないのですか」と笑顔で迎えてくれました。娘が休日の朝には時たまここへ来るので覚えていて下さったのです。何だか嬉しくなりました。

 ところで、娘のMarie Persimmon Marshは本日、担当するカップルの結婚式で家を6時45分に出てアルカーサル迎賓館に向かいました。昨晩の帰宅も午後11時過ぎでしたのに、それであっても、泣き言を言わず出勤して行きました。お客様にとっては一世一代の儀式です。心から頑張ろうと思ったのでしょう。娘はやる気満々で私には生き生きしてるように見受けられました。

 ここデニーズでは写真のようにダージリンティーとベジタブルモーニング・トーストをいただき、お変わりの飲み物としてブルーベリー黒酢ソーダをお願いしました。

   このため「一人淋しくてもリッチな朝食」となりました。

 現在のまま核家族化が進むと、見かけ上元気であっても一人での生活を余儀なくされて、精神的に淋しい人が増えてることが推測されます。

 このような現状にあっては、本日のスタッフのような温かな応対は、これらの人々の寂しさがどこかに吹き飛び、優しさが心を打つでしょう。スタッフのKさん及びFさんのお陰で今日1日楽しく過ごせそうです。

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2007年9月16日 (日)

秋が来ると思い出す

 日本の位置は温帯に属し、春夏秋冬があって、一般的に四季がはっきりしているといわれます。しかし、実際はどうでしょう。夏の前後は南東の高気圧と北西の高気圧が勢力争いし、日本列島に前線が停滞して昔からよく雨が降ります。

 前者は梅雨といわれ例年約1ヶ月半続きますが、それでも情緒が感じられます。後者は9月に相当し、毎年、長雨の季節です。今年もご多分に漏れず、連日天気が悪いです。また、時たま晴れると真夏のように気温が上昇し不快になります。

 このように考えると日本でも本州以南では雨の季節が二度あると言ってよく、1年が6つの季節に分かれると思っています。

 多くの国がそれぞれ地形的特徴を持った季節があるでしょう。緯度の高さや、あるいは海流の流れ、山岳の影響を受けて独特の季節に分かれているようです。私のいたインドでは雨季と乾季に分かれていました。ネパールは旅行として行ったのですが、インドに似てるようです。5月が夏休み、6月頃より雨季となり3~4ヶ月続き、10月からは半年以上にわたり乾季となって、日本晴れのような青い空が続きました。この時期に訪れるとそんなに暑くないです。

 本日は久しぶりに晴れて気温が上昇し、エアコンがほしいほどです。それでも、もうすぐ秋分の日。「暑い寒いも彼岸まで」といいますが、春分の日と秋分の日では温度はまったく違いますね。春分の頃はまだまだ寒いです。

 ところで、3年前の秋は亡妻の看病で、毎日、精神的な曇りで私と娘たちは本当に切ない日々でしたが、それとは比ベものにならないほど妻は辛く無念であったのです。病状は次第に悪化し、口数も少なくなり私のほうから話し掛けることが多くなりました。そして年の瀬ついに帰らぬ人となったのです。葬儀は大晦日でした。写真は妻が亡くなる1ヶ月ほど前に残した短歌です。不思議なことに死後、上毛新聞に掲載されてました。

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2007年9月15日 (土)

日本中で運動会と結婚式

 芸術の秋、スポーツの秋、読書の秋など、これからの季節は気温が適温となり、何をするにもいい気候です。私の場合はとりあえず、中低山などを散策し、自然との触れ合いになります。その点、群馬はいい所です。 

 本当は人との触れ合いを最も希望してるのですが、なかなかチャンスが少なく、ピアノを練習した成果を聴いてもらう程度です。そのときは途中でティータイムを設けるので、お客様と会話が楽しめます。

  ピアノ演奏を人に聴いていただき、楽しむためには事前に練習という努力が必要となります。特に新曲に取り組む場合は指が慣れないので、回数を幾度も繰り返さなくてはなりません。私はそばにノートを置き、練習の範囲を決めて、正の字で数えていきます。1回弾くのに5分かかる曲でも10回ほど弾くのは並大抵ではありません。集中力こそ向上する基本であっても、生来の怠け者ですから、また、家の中では常に一人なので気もどうかしてしまうことがあります。

 それでも、1曲に1ヶ月も費やすと、どうにか形が出来上がり、多少の自身はついてきます。できたら次回にお客様に聴いていただき、自分なりに反省してだんだん血や肉をつけていくようにしてます。この夏はサボり気味だったので、秋はもう少し頑張ろうと思ってます。

 ところで、本日、娘のメモリード・アルカーサル迎賓館結婚式場では、娘の担当するカップルの結婚式があり、家を早く出て行きました。人の幸せのために一生懸命頑張る職業もいいものですね。仕事は大変であっても娘には適してるようで私は良かったと思います。どんなにか母と話がしたいでしょうが、それを口に一切出しません。その分に私が精神的にカバーしてやる必要があると思ってます。

 本日は私の母校である近くの小学校でも運動会でした。元気な声がずっと聞え楽しそうで、昔を思い出しました。きっと日本中では運動会が行なわれたことでしょう。また、本日は結婚式もたくさんあったことでしょう。

 お会いしたことはありませんが、このブログをご覧いただき、レース鳩を飼育されてる九州の皇龍葵号さんの娘さんが本日、結婚式と連絡をいただいてます。私は彼女のご多幸を祈って、群馬より「婚礼の合唱」をピアノで演奏いたします。

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2007年9月14日 (金)

世間の荒波を感じてるか

 大屋根にいる鳩たちは7月中旬に卵として産み落とされ、両親が約18日間温めて8月上旬に卵から孵った雛たちです。両親には手伝ってもらわず、自分の力で卵を中からコツコツ割って出てくる姿には思わず「おめでとう」と言いたくなります。

 生まれたての目が見えないときから、父鳩と母鳩からどろどろしたピジョンミルクを口移しでもらうため本能的に親の口元を捜します。1週間ほどで飼い主から協会の足輪を嵌められ、その頃になると口移しの餌も次第に小粒の餌が混ざったものに変化します。そして4週間くらいで両親から離れ、大きさは親と同じ程になります。いよいよ、選手鳩鳩舎の展望台で過ごし、周囲の景色を覚えたり同時に自分で餌を食べる独立心が養われます。

 当舎ではご覧のような展望台ですので、上の窓を開くと中から飛び上がって外に出られる仕組みです。しばらくは上の窓をふさいで生活させ、夜になると鳩舎の中で生活します。主翼が伸びてきましたら上の窓を開けてやります。1羽出ると真似して次々出て行きます。このとき、音をたてたりして驚かすと飛んでしまい帰れなくなるので、静かにしてやることが肝心です。

  それでも、鳩舎と周囲を覚える学習能力は高く、2~3日ですっかり覚え、飛び立っても戻るようになります。初めはばらばらに飛んでいても次第に集団で飛べるようになり、次第にレース鳩らしくなります。

 今朝は3階の大屋根まで飛んで行ったので初めて町の景色を見てるのです。大屋根には2時間程いましたので、きっと上空を飛ぶ見慣れない大型の鳥やカラスなどの行き来を見て、箱入り娘だった時から精神的に脱皮し、世間の荒波を感じてることでしょう。

 この鳩たちの血統は先日死んだベルギーのファンデルスミッセンの仔、オルハン・ミラーの仔、高塚ミラクルクイーン系、名前のない鳩鳩舎のヤン・エルネスト系、Fragrant Mountain鳩舎のジャンヌ・オレルアン系の仔です。10月より訓練を始め年末の連合会訓練までには80キロを個人訓練する予定です。今年は鳩舎改築により、鳩を籠に詰めるのが楽になり、週に2回の割りで訓練してみます。

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2007年9月13日 (木)

樹勢から生きる力をもらう

 高崎市萩原町の東には利根川が流れています。ここには昔、公田(くでん)の渡しがあったと伝えられています。利根川に橋がなかった頃は両岸を舟で渡ったのでしょう。

 この近くにご覧のような大笠松があります。周囲が80メートルほどあり、大きくてすべてがカメラに収まりません。Yさん個人の庭にあり、松が成長するたびに、住まいを3度も後ろに引いたといわれます。先祖代々、家の方がいかに松を大切にしてきたか窺い知れます。

 枝の下に潜って見ると根元がこれまた巨大な岩のよう。大蛇のような枝が四方八方に伸び、文字通り大きな笠の下にいるようです。その上に葉が一面に広がり、斑なく全体を覆ってます。専属の庭師により手入れされてることでしょう。遠くからはまるでふんわりした雲が浮かんでるようです。

 樹齢450年と伝えられ、室町時代に芽を出したことになります。いかに長く生命を維持してるか驚嘆の他はありません。しかも、今でも樹勢が盛んで一本一本の葉は長くてしっかりしてます。

 このような年代物の樹木を拝見すると、どうしても樹形の素晴らしさや色艶を観賞しますが、私はそれにも増して、健康度と生命力に感銘してしまいます。きっと環境が適し栄養も程よいのでしょう。

   これを考えた時、ここ高崎市は大昔から自然災害に見舞われにくい所であることを証明してくれてるのかもしれません。

 私たち人間はただ生きてるだけでは仕方がありません。この大笠松のように体の内部を丈夫にし、いきいき活動できる健康的肉体を維持し、いつまでも尽きることのない興味関心あることを追求し、人間らしい生き方を続けたいものです。

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2007年9月12日 (水)

上から見た夢の超特急

 本日は午後から晴れ上がったので、上毛三山の一つ榛名山の山麓へドライブに行きました。ここ一帯は見渡す限り梅の産地です。のどかな丘陵地は自然がいっぱいで散策するにはいいところです。。

 昔、榛名町へは7年間、通勤してました。鉄道が通ってない土地であっても、30年程前には、すでに将来この近くに新幹線が走るといわれてました。現在はトンネルの多い長野新幹線が凄いスピードで通過します。

 写真は榛名山麓を西に向かって通過中の新幹線「あさま」です。ゆるやかな上りの傾斜、しかも、大きくカーブしてる所です。陸橋の上から走ってる怪物を見るのは迫力満点。吸い込まれそうなスリルと目の眩む速さ。あっという間に見えなくなります。

 高崎駅を出た後、安中榛名へ向かう新幹線を待ち受けシャッターを切りました。時速200キロ以上であるのに、デジカメがいいのか腕がいいのか、ぶれてませんね。

  ところで、新幹線を待っている頃、ラジオでは安倍首相の辞任を伝えてました。コメントは控えますが、1年足らずで職を辞されるのは余程のことと思われます。国内外に山積する諸問題は一刻の猶予も許されない時期です。日本のトップが急遽辞するのは、一国民として、国がすごく不安定になってると感じます。

 現在はテロ対策が最大の問題でしょう。日本においても、何時いかなる時、何が起こるかわかりません。このような政治の空白時こそ、危機管理は万全でしょうか。また、年金問題、高齢化、経済の低迷を始めとして、どれも先が見えません。一刻も早く安定した内閣が誕生し、国民にとって不確実さから安心して生活できる方向が待たれます。

 そういう私も精神的に頑張っていても何かが満たされず、毎日やりきれない思いでいるのです。長いトンネルを出てみたい。

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2007年9月11日 (火)

脳の柔軟な時期に始めたい

 私たちの予想を遥かに越える可能性を持つのは小学生でしょう。この貴重な年代に大人は最大の教育環境を整えてやる責任があります。時々、いろんな分野で考えられない能力を発揮する小学生を見ることがあります。

 例えば、珠算の読み上げ算を英語で聞いて計算し英語で答えます。しかも、その位が億も含みます。このような能力は殆どの大人は不可能でしょう。指導力のある教師がいて、親が良い環境を整えてやることができれば、目を見張る能力の開花が可能です。開花の下地は子供でなく、大人でしかできません。

 現在では、小学生から英語に親しませることは諸外国の方が日本よりずっと先行してるようです。独自の文化の伝承を第一にしながら、国際語となった英語に力を入れてます。

 英語の時間を増やすと日本人として基礎である国語など他の教科が遅れると危惧する意見がありますが、中学や高校では昔から行なってます。使える英語が身につかないのは始めるのが遅過ぎることも原因の一つでしょう。

 英語は知識でなく「直感的に脳が働く感性なので」脳の柔軟なうちが勝負と思ってます。

 これを考えたとき、小学生時代からネイティブの人の目を見たり、口元を見たり、顔の表情に接しながら正しい抑揚に親しみ、コミュニケーションをとれることは、どれほど有益か計り知れません。

 小学4年生以上に週に2時間あれば見る見るうちに大人顔負けの実力が身につくでしょう。柔軟な脳、スムースに吸収できる素質がある年代に開花させないのは子供にとって重大な損失です。大きく言えば、日本の未来にとって損失です。

 振り返ってみて、私たちが英語を学習したのは殆どの場合、音声から入ったのではなく、文字から入り、抑揚などを学ぶ機会はありませんでした。しかし、現在は英語圏出身の外国の先生から教わるチャンスがあり、本当に羨ましいことです。私は英語が好きですから、もし、小学生時代にこんな環境にいれば今頃どうなっていたでしょう。

 しかし、小学校現場では教える先生の確保が難しいという現実があると思われます。

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2007年9月10日 (月)

女性ランナーに感動し15k歩く

 昭和の最後ころ高崎商業を卒業した38歳くらいになる人たちの親の会があります。この方々は息子さんたちが野球部であったので応援で幾度となく校歌を歌ったのです。校歌の「山秀麗に水清く」という最初の言葉に由来し「山秀会」(やましゅう会)と名づけてます。

 私が担任したクラスには野球部の生徒が多くいました。また、私は吹奏楽部顧問であったので部員と共に毎回応援に行きました。群馬テレビのインタービューを受けたこともありました。

 このため当時から野球部の保護者でもあり、同時にクラスの保護者でもあるこれらの方々と機会あるごとに懇親会が持たれ、子供さんが卒業して20年経過しても「山秀会」は依然と続いてるのです。

 昨日から1泊2日で吉井町の牛伏ドリームセンターでこの会が開かれ、ビールがおいしくなるためと自分の体力を試そうと私は懇親会場まで約15kを歩き始めたのです。会が始るのは午後6時からですので、3時に家を出れば間に合うだろうと推測し出発しました。父の命日だったので、途中、お線香を持って墓参りもし、帽子にリュックの姿となり、なるべく最短距離を考えながらどんどん歩きました。こんな長い距離を歩くのは暫らくぶりです。しかし、予想に反して15キロは行っても行ってもなかなか着きません。

 吉井町牛伏ドリームセンターは山の中なので、後半、起伏が多く、次第につま先がおかしくなりました。それでも、やっとのことで6時手前にドリームセンターの屋根が見えたときは一人頑張った証でしょうか、嬉しさでほろっときました。ガソリンスタンドの自動販売機で飲み水を買った以外は、ほとんど休憩を取らないでせっせと歩き続けました。

 実は昨日、出発前にテレビで「札幌マラソン」をすべて見たのです。その影響があって急遽歩く気になったのかもしれません。というのは、女性ランナーが男性の中に混ざって、ひた向きに走ってる姿にすごく感動し、この方たちに比べ、私はまだまだ全霊で努力してないと感じてしまったのです。ですから札幌マラソンの女性ランナーの走りを見なければ、15k歩かなかったかもしれません。

 ところで「山秀会」は私より年配の方ばかりで、何だかいつもとは違う楽しさになり、日頃の孤独さはどこかに吹き飛び、ビールは調子良くいただけました。幹事の方から私がドリームセンターまで歩って来たことが紹介され、皆さんから拍手をいただきました。でも、私の内心は女性ランナーのお陰と彼女たちに感謝してました。

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2007年9月 9日 (日)

数字の9に拘った父

私は6人兄弟の末です。父が50才の時に誕生しました。あまりにも父と年齢が離れていたために、どこかに連れてってもらった思い出や一緒に遊んだ思いでは皆無です。商売をしてたのでそんな暇はなく、家族を経済的に支えなくてはならなかったのです。

 そんな父でも私が音楽を専攻することや卒業後の進路については将来を見据え、前向きに対処してくれました。初めての就職の頃、海外日本人学校の話があったとき、母は暑いインドでは病気にでもなったらどうすると大反対しましたが、父はこんな恵まれた機会はない。若いときに外国で働くことは大いに意義があると賛成してくれ、当時の私としては本当に助かりました。

 子供の頃から年齢差のため、つながりに希薄さを感じていても、いざここ一番の時、ポイントを押さえてくれ、父の存在を頼もしく思ったものです。現在、私も若い娘2人の父親です。これから人生で決断を迫られるようなことがあれば、父親として十分対応してあげようと思います。

 左の写真は43年前に父が植えた八重桜です。今でも毎年薄いピンクの花を咲かせてます。近年、樹勢が増してきたようです。大切に手入れします。また、父が植えたシャクヤクも毎年咲いてます。

 ところで、いくつかの拘りを持つ父でした。以前に書きましたように多くの方々から赤ん坊の命名を依頼され、画数の偶数奇数を順序良く並べ、しかも、苗字との合計画数まで考慮し、推定約200人位につけてやったと思います。

 私の名前はもちろん父の命名です。苗字の初めの漢字は「柿」ですから9画で、最後の漢字が「香」で、やはり9画です。私の氏名は漢字5文字で画数の並び方は9,8,7,8,9と7を中心として左右対称的に並んでます。しかも奇数、偶数、奇数、偶数、奇数と変わり番こで、画数の合計が41となり、良い人生を祈念したようです。

 このように数字に執着を持ち、特に「9」の数字に霊感を感じていたようです。確かに数字の中で最も大きいのは「9」です。これ以上の数は組合わせによって出来てます。前述のように我が家の苗字の「柿」が9画であると同時に、生まれた孫が9人です。最後に父がお世話になった菩提寺が九品寺といいます。

 もっと不思議なことは本日「9月9日」が父の命日なのです。どうしたことでしょう。早速、九品寺に墓参りに行きたいと思います。 

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2007年9月 8日 (土)

月を眺めて不思議なこと

 子供の頃から月を眺めてきました。外国にいても眺めていました。満ち欠けの理由や月食の理由も理解できます。しかし、「月は、なぜ同じ面だけを地球に向けてるのでしょう。」

 調べてみましたが、納得できる答えは見当たらず、多くは自転と公転の一致を理由としています。これだけでは分からないのです。この場合「なぜ自転と公転が一致してるのですか。」と質問しなくてはなりません。

 私は1メートル以上の長い天体望遠鏡で上弦の月を観察しました。天体望遠鏡で眺めるとあまりにも月が大きくなり、よく見えますが、月の端を見た場合、凄い速さでどんどん動いています。望遠鏡で見てる範囲からすぐに移動し見えなくなります。見失わないよう、赤道儀でしっかり追いかけなくてはなりません。この様子を見ると地球は絶え間なく凄いスピードで自転してることが実感できます。地球の動きに引っ張られるように月も同じ方向に動いているのでしょう。

 本題の「月が常に同じ面のみ見せている」ことについて、私なりに推測してます。でも本当のことは分からないということでしょう。

 地球の内部についても分からないことだらけですが、地球の場合、核となるところ、つまり「重心」は一般論として地球の真ん中にあると思われます。しかし、「月の場合、重心は本当に真ん中か」ということが私の疑問であるのです。これが「地球から見える月面が常に同じである」ということに関係してるのではないかと推測してるのです。

 もし、バスケットボールに1Kgほどの薄い鉄片をある一部の面にしっかり固定し、思い切り高く空に向かって投げたとします。この場合、落下してくる時は鉄片がついてる面が常に下になり落ちてくるでしょう。反対側は見えません。

 同様に、月の重心が中心部よりずれて「地球に近い部分にある」と仮定すれば、月はくるくる回らないで、その重心に近い月面が常に地球に近い所となるでしょう。これで永遠に月面は同じに見えてると想像してしまいます。

 今月13日には種子島から月探査衛星「かぐや」が打ち上げられる予定です。各国から注目されてるようです。私の疑問である「月の重心位置」について、何か解明してほしいと願ってます。

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2007年9月 7日 (金)

嵐の日にファンデルスミッセン逝く

 今回の台風は群馬県西部に大雨をもたらしました。台風で当地がニュースになるのは珍しいことです。特に富岡市、安中市で避難とは今まで聞いたことがありません。左の写真は昨日と同じところで撮りましたが、一段と水かさが増してます。

 九州・四国・紀伊半島にお住まいの方々は毎年のことであっても、自然の猛威に人間は打つ手がありません。先祖伝来の土地を手放すことはなかなか出来ません。しかし、生命の安全には良い位置に住居を構えることは基本でしょう。

  昨晩、台風の真っ只中、娘のMarie Persimmon Marshが五島列島の旅から帰ってきました。飛行機はほとんど揺れなかったそうですが、父親としては心配この上もなく、ずっと起きて待ってました。五島列島へ行くなら少なくても2泊3日は必要でしょうが、今回、仕事の関係で1泊2日でした。

 群馬を直撃する台風はもう暫らく来ないでほしいものです。昨晩は風がすごくて恐怖を感じ寝付かれませんでした。私の家は築後7年ですが、木造3階建ですから風当たりがいいのです。このようなときは鉄筋の家がいいようです。

 ところで、昨日の夕方、暴風雨の最中、種鳩鳩舎に行きましたら、ベルギーからの輸入鳩「ファンタスティー」号♂が隅で横たわって、すでに体が固まってました。突然のことで、まさかと驚きです。今年は鳩舎改築のため配合が遅くなり、暑い中での子育てのため疲労が一気に来たと思いました。朝、動きが悪いなと感じてましたが、命とは分からないものです。異常な糞をした形跡はありませんでした。

 2002年ファンデルスミッセン鳩舎生まれのエースピジョンです。5年という短い一生でしたが、今年は仮母も使い二世を8羽残しました。すべて腰がしっかりしてる印象です。雛の中から種として舎外をつけて1~2羽残します。

 Fragrant Mountain氏のご努力により、縁あって遥かベルギーから来舎したのですから、鳩舎の前の桃の咲く築山に葬る予定です。今後の成績を見守ってほしいと思ってます。

 「嵐の日に亡くなるとはベートーベンと全く同じ」と思いました。第7の2楽章など聴くと、後世の人々にどれだけ感銘という贈り物をしているか計り知れません。ファンタスティー号も遺伝子によって二世三世が卓越した成績が取れるよう開花してほしい。【涙】

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2007年9月 6日 (木)

物凄い川の流れ

  台風が関東に近づき、今回は群馬の山岳地帯が大雨です。ニュースで報道されてます安中市の下流に私の町があります。写真は烏川を「いつもの流れ」と「本日の流れ」を同じ位置で比較してみました。水かさと色が違います。

 現在は台風の中心から離れてるため気圧計はまだ1012ヘクトパスカルを指してます。中心が近づけば下がるでしょう。湿度は70%、温度は30度です。風雨は時折、強くなります。夜が心配です。

 母が子供の頃、対岸の木部地区に住んでいて、大水により家を離れ本家に逃げたと言ってました。恐かったと思います。その後、堤防ができ洪水はありません。

 このような機会に、改めて川の流れを見ますと、その速さと力強さに圧倒されます。一見したところ秒速8メートルくらいに思われます。この流れに入ったら岸へは泳ぎ着けません。

 ところで、日付変更線より西で生まれた熱帯性低気圧を台風ということらしいです。これより東の場合はハリケーンと言って区別されます。時たまハリケーンとして生まれたのに西に来て日付変更線を越えてしまい、台風になることもあるようです。

 今の時期、台風は日本へやってくると思いがちですが、近隣諸国も自国への影響や上陸があるのではないかと、独自の名前をつけて警戒してるようです。

 日本は国内向けには「台風9号」のように番号制を採用してますが、諸外国に対しては星座の名前をつけてるといわれます。しかし、国内ではそれが発表されませんね。星座の名前ではロマンチック過ぎて、恐ろしさが感じられないでしょう。強いて言えば「さそり座」くらいでしょう。

 ご存知の通り、アメリカでは「アルファベット順」に女性の名前をつけてます。このため、もうすでに未来のハリケーンにも名が付いてるといわれます。女性の名前をつけるのはユーモアなのか、あるいは実際そうなのか。最近では男女平等の考えから男性の名も使われるらしいです。

 日本でも台風がこんな命名になったらその名の人は大変です。戦後、占領下の時、キャスリン台風と名づけられた台風が日本に上陸しました。Catherineという女性はどんな思いだったでしょう。

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2007年9月 5日 (水)

歯垢を取るための思考

 台風の接近で群馬も夕刻から雲行きがご覧の通りです。ふだん、多忙な娘のMarie Persimmon Marshは仕事仲間と五島列島に旅行に行きました。現地は天気がいいとのことですが、予定通りには帰れないでしょう。

 本日、私はかかりつけの歯科へ行き検診してもらいました。特に痛いところはないのですが、歯垢を自分でうまく除去できないため4ヶ月に1度くらいの割で定期的に診てもらってます。

 平素、歯磨きをしないことはないのですが、それでも歯垢があると診断されました。私たちは、どうもこの「歯磨き」という言葉に惑わされているような気がします。歯を磨くという感覚より、「歯と歯の隙間にある歯垢をとること」を第一にして、歯ブラシを使うべきだと思います。

 しかし、虫歯や歯周病にならないようにと、つい一所懸命磨くので、どうしても力が入ってしまい、肝心の歯と歯の間にブラシの先が入らないようです。歯の表面を磨いてるだけで、きれいに磨いたつもりになって満足してしまいます。

 「いかにしたら歯と歯の間にブラシの先が入り込むか」を考えて毎回ブラッシングしたいものです。

 力を入れると歯肉を傷つけたり、歯間にブラシの先が入りません。圧力を弱くするべきでしょう。歯ブラシの角度を45度にすると隙間に入りやすいようです。特に歯の裏側を磨く時は見えないので、あくまで感覚で磨いてます。磨くのは簡単ですが、歯垢を落とすことは別のようです。今夜から目的意識をもってブラッシングしようと思います。

 ところで、歯間ブラシが市販されてます。うまく使えば通常のブラシより歯垢除去の効果があると思いますが、気をつけるべきことがあるように感じます。それは出血することがあるので、そのままにしておくと傷口から菌が入るのではないでしょうか。

 私はブラシでそっと歯肉をマッサージします。頭がすっきりする感じになるのは私だけでしょうか。

 歯は痛くなってから歯医者さんへ行くのでなく、何でもないときにこそ、プロに診てもらうことがポイントと思ってます。

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2007年9月 4日 (火)

群馬の最北・奥利根湖へドライブ

 本日は天気が良かったので25年ぶりに群馬の最北に位置する八木沢ダムへドライブに行きました。もちろん助手席に彼女は座ってません。その代わり、レース鳩を1羽連れて行きました。系統は名前のない鳩鳩舎より導入のシャニース×ヤン・エルネスト直仔RC♂です。どこへ行くにもお供として鳩を連れて行くのは何とも楽しいものです。

 関越自動車道・関越トンネル手前、水上インターで降り、北をめざし四輪駆動は山また山を登坂します。途中、混浴温泉で有名な宝川温泉を通過しても、わき目も振らずひたすら北をめざし車は登ります。藤原ダムや奈良俣ダムの遥か上に存在する矢木沢ダムは広大な奥利根湖を造ってます。水力発電と共に首都圏の飲料水です。

 首都圏の皆様、皆様はここの水をお飲みになってます。きれいですからご安心ください。写真で見えるところはほんの一部分で推定20 キロほど奥まで広がっているようです。

 上空からの冬季の写真が展望台に飾ってあったのでご覧いただけます。なるほど奥山の湖であることが頷け、冬季は人間を寄せつけない厳しい地形をなし最も奥は大水上山で、その雫が利根川の源流です。

 日本は狭いと言っても、このようなところを訪れると高い山々に囲まれ民家は全くなく、ただただ自然だけが毎日明け暮れしてるするのでしょう。このため動物の宝庫で、展望台での説明ではこの奥利根湖は多種の動物が生息し、しかも多くの動物がこの湖を泳ぐのだそうです。鹿が泳いでいると、とんびがその頭に止まり足をかじられる事があるそうです。

 ですから、 一見のどかな奥利根湖の大自然であっても動物たちは生存競争の中で今まで生き延びてきたのでしょう。この湖の東に尾瀬の至仏山が聳えてます。秋にはサムュエル・トッドさんと登る予定ですので、山頂から奥利根湖が見えるかどうかも楽しみの一つです。

 ところでダムの上から放した名前のない鳩さん系の鳩は家に帰ってました。なぜ、あのような奥山から私の家まで帰るのでしょう。距離は80キロほどであっても、高山に囲まれた地点です。猛禽からの懸命な脱出、体力にしろ、方向判定能力にしろ、人間には考えられない優れた力を持ってます。

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2007年9月 3日 (月)

焼おにぎりがお薦めです。

 最近は比較的頻繁に高崎駅前の「どんどん」に行ってます。ご存知の通り、毎晩ひとりでの夕食なので人が恋しいのです。カウンターで偶然、隣りあったお客さんと話が弾むことがありますが、そうでないときや空いてる時はマスターと四方山話をしながらビールを頂きます。

 以前にこのブログをご覧になった方が新幹線でわざわざ途中下車し「どんどん」に立ち寄ってくれたそうです。マスターが教えてくれました。私は何だか嬉しくなりました。きっと「どんどん」って、どんなお店だろうと思い訪ねてくださったのでしょう。

 私がここをお気に入りなのは、見てる前で「豚キムチ」など焼いてくれたり、新鮮な刺身はもちろん冷えたプレミアムビールを提供したくれるからです。同時に温かで、ひなびた赤提灯的雰囲気がとてもしっくりするのです。

 昭和からですから、既に推定700回くらいお邪魔してます。3年前の妻の葬儀にはマスターご夫妻と、ここで共に仕事をされてる若マスターの息子さん3人が弔問に来てくださいました。あの時は感動しました。連絡もしなかったのですが、新聞をご覧になって来ていただいたのでしょう。

 私が毎回「どんどん」の最後にいただくのは写真の「焼きおにぎり」です。ご飯の中にも工夫がされてるようで、飲んだ後はことの他おいしいのです。皆さんにも味見していただきたいほどです。

 中華のお店のラーメン同様、一般的にこのような「炙り屋」さんでは、もしかして焼おにぎりがおいしく出来るかどうかは「お店の腕の見せ所」かもしれません。

 味は人間の五感の一つですから、いくらおいしくても言葉ではすべてを表現できません。これは音楽と同じでしょう。いいものは実際に味わってこそ、初めてそのよさを知ることができると思います。

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2007年9月 2日 (日)

鳩レースは血統及び知恵比べか

 現在、種鳩鳩舎の中は抜け落ちた羽がたくさんです。細かな羽の換羽は終了に向かってる傾向で、8月下旬にたくさん抜けました。主翼・副翼は11月までかかるでしょう。換羽が早く仕上がる鳩や、換羽中であるのが分からない鳩は調子がいいと考えます。

 今年はご覧のような細かい網をすべての窓に張り巡らしたので鳩舎の周囲も散らかりません。近所への飛散も殆どないと思われます。この網はサッシの網戸より粗いですが、蚊は侵入しませんし、今のところメッパのできてる鳩はいません。風通しはよく、断熱材のお陰で先月の猛暑日でも鳩舎内はそれほど暑くはありませんでした。一方、冬は寒くなければいいと思います。

  種の血統は先祖の成績や自身の成績なので、変えることは出来ません。このため、来春の配合に向かって種の状態をベストに仕上げるのは飼い主の腕の見せ所で、それは太っても痩せてもいない体重の管理でしょう。鳩は秤に測る必要はなく、時々、手で掴んでチェックするだけでいいと思います。特にメスは腹や下腹部に脂肪がたまり易いので、たびたびチェックしカロリーの少ない餌を与えます。眺めてるだけでは分かりません。

 私は秋になっても種を♂♀分離せず、しばらく一緒で巣房は閉じます。半年近く別々にするのは不自然と思うからです。10月いっぱいまでは分離せず、その後、配合に向けて完全に分離します。この場合♂も♀も日光に十分当たれるようにしたり、水浴に心がけます。

 分離したままの狭いスペースでは運動不足になると考えられるので、なるべく広い鳩舎内で飛べる期間を多くします。当鳩舎は改築によって水浴の作業は楽になりました。新陳代謝促進のため多くしてやりたいと思います。

 日々、トウモロコシや大麦を主とした分離用の餌を少なめに与え、鉱物飼料はレンガを中心に与えてます。子育てする時は一般的な鉱物飼料を必要としますが、分離時は空腹になるとレンガをよく食べます。これにより腸内の徹底掃除ができると考えてます。糞は赤です。

 「全国1位」になりました著名なS鳩舎を見学させていただ時のことです。驚いたことに鳩舎の床が隅々まで赤いのです。このような鳩舎を見たことがありません。「なぜペンキを塗ったのですか。」と訊ねると、塗ってないと仰るのです。きれいに掃除してあっても床がレンガの糞で染まってしまったのです。あのような床を初めて見ました。

 何事も強豪という方は凡人が考えつかない独自の技術や方法を編出してるようです。これを見て、鳩レースは血統の他、飼い主の知恵によるところが多いと思っています。  

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2007年9月 1日 (土)

立場変われば発言変わる?

424384_124265617696513_100003392251  写真はこのブログで人気記事ランキング上位になりました柴犬「ころ」です。裏庭で放し飼いのためか動きは機敏です。毎日、番犬として忠実に仕事をしてくれてます。有難いことに無駄吠えは一切しません。

 本日は防災の日。14万人の犠牲者を出したといわれる関東大震災は大正12年の今日9月1日に起こりました。平成19年の現在からはずいぶん昔になり、この大震災を体験した方は少なくなりました。両親の話では群馬でも立っていられないくらい揺れ、夜になると東京方面の空がずっと赤かったと話してました。大正12年は84年前です。人間から見ると昔でも、地球の歴史から見ると、つい先程というのが正しいでしょう。大地震は同じ場所で70~80年を周期として起こると仮定する時、現代はいつ起きても不思議でない時期に来ていると考えられます。

 今年の10月1日からは、大地震が来る直前に気象庁が初期微動P波をキャッチし「緊急地震速報」という画期的な通報が始ると伝えられてます。ここでの10~20秒の避難は生死を分ける時間でしょう。私たちは一刻もすばやくそれに反応する心がけを持つべきです。初期微動P波と主要動S波のほんの短い時間差でも、本格的な揺れが起こる直前に私たちは行動出来るのです。

  このことは、本来「科学は人間生活に寄与するために存在する」という素晴らしいあり方を示しているように思います。

 ところで、以前に留守であった隣の家が火災になりました。その日は用事もなく、たまたまですが、私は学校から早く帰れた日でした。帰ると隣の家の方から煙が来るのです。隣の家は大工さんが来ていて改修中でした。大工さんは木のくずなどをよく燃していたので、その煙かと思いましたが、念のためよく見ると家の軒下からもくもく出てるのです。これは一大事。急いで行くと煙がいっぱいで中が見えません。大工さんはいません。すぐに家に引き返し119番通報。しかし、どうしたことか通じません。とっさに110番に掛けました。やっと繋がりましたら、番地を教えてくださいとのこと。隣の番地など知りません。結局、私の番地を教え隣の家ですと伝えました。

 消防車が来たとき中は大分焦げてました。幸いボヤ程度で済みました。後、5分遅ければ炎が吹き上がったといわれました。

 実は私がこの火災を発見したり、警察に通報したり、その家の方の職場まで電話連絡して知らせたり、できるだけ初期消火をしたことが後に県の監督官庁に知れました。そしたらある官僚は次のように言ったとのことです。

 「なぜ、勤務日の夕刻に、私がそこにいたのか」ということが話題になったとのことです。この話を聞いたとき、私は隣人として懸命にやるべきことを遂行したのに、唖然としました。「人間は自分の置かれた立場でのみ発言する」ということが分かりました。もっと大乗的見地で物事を見てほしかったです。近年、元官僚の先生は亡くなりました。 

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