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2007年9月10日 (月)

女性ランナーに感動し15k歩く

 昭和の最後ころ高崎商業を卒業した38歳くらいになる人たちの親の会があります。この方々は息子さんたちが野球部であったので応援で幾度となく校歌を歌ったのです。校歌の「山秀麗に水清く」という最初の言葉に由来し「山秀会」(やましゅう会)と名づけてます。

 私が担任したクラスには野球部の生徒が多くいました。また、私は吹奏楽部顧問であったので部員と共に毎回応援に行きました。群馬テレビのインタービューを受けたこともありました。

 このため当時から野球部の保護者でもあり、同時にクラスの保護者でもあるこれらの方々と機会あるごとに懇親会が持たれ、子供さんが卒業して20年経過しても「山秀会」は依然と続いてるのです。

 昨日から1泊2日で吉井町の牛伏ドリームセンターでこの会が開かれ、ビールがおいしくなるためと自分の体力を試そうと私は懇親会場まで約15kを歩き始めたのです。会が始るのは午後6時からですので、3時に家を出れば間に合うだろうと推測し出発しました。父の命日だったので、途中、お線香を持って墓参りもし、帽子にリュックの姿となり、なるべく最短距離を考えながらどんどん歩きました。こんな長い距離を歩くのは暫らくぶりです。しかし、予想に反して15キロは行っても行ってもなかなか着きません。

 吉井町牛伏ドリームセンターは山の中なので、後半、起伏が多く、次第につま先がおかしくなりました。それでも、やっとのことで6時手前にドリームセンターの屋根が見えたときは一人頑張った証でしょうか、嬉しさでほろっときました。ガソリンスタンドの自動販売機で飲み水を買った以外は、ほとんど休憩を取らないでせっせと歩き続けました。

 実は昨日、出発前にテレビで「札幌マラソン」をすべて見たのです。その影響があって急遽歩く気になったのかもしれません。というのは、女性ランナーが男性の中に混ざって、ひた向きに走ってる姿にすごく感動し、この方たちに比べ、私はまだまだ全霊で努力してないと感じてしまったのです。ですから札幌マラソンの女性ランナーの走りを見なければ、15k歩かなかったかもしれません。

 ところで「山秀会」は私より年配の方ばかりで、何だかいつもとは違う楽しさになり、日頃の孤独さはどこかに吹き飛び、ビールは調子良くいただけました。幹事の方から私がドリームセンターまで歩って来たことが紹介され、皆さんから拍手をいただきました。でも、私の内心は女性ランナーのお陰と彼女たちに感謝してました。

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