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2007年10月24日 (水)

男性の弾く「乙女の祈り」も乙なもの

Photo  人前で正式に行動することはいつになっても緊張するものです。結婚式や葬儀、職場など大勢の人前でのスピーチ、音楽会での楽器演奏、また大事なスポーツの試合などです。特にスピーチやピアノ演奏は一人なので、日頃の精神的な鍛錬がものをいうように思います。

 しかし、何の道でも大家となれば、あるいは緊張を楽しみ、それを与えられたラッキーな場面と捉え、逆に聴衆を手玉に取るところまで自己表現できるのでしょう。

 あと3日後に迫った私の「ピアノ発表会」。殆ど弾ける曲であっても、練習なのに弾いてる途中、あれっと思い、特に左手に迷いが生じる時があるのです。いつも弾けてるのに瞬間的に分からなくなるのです。音楽は時間と共に進むので、さあ大変。

 例えば「乙女の祈り」など乙女の経験がない私が弾くのですから、もしかして中性的な、とんでもない「乙女の祈り」になったらどうするのかと余分なことまで考えてしまいます。しかし、男の弾く「乙女の祈り」もあるいは男性から見た「理想の乙女」を表現できるチャンスでもあると考えると気が楽になり、ぜひ、女性に聴いてほしいという気持ちにもなります。

 ピアノ演奏では、まず楽譜通りに弾けることが基本でしょう。でも楽譜通りに弾ければいいというものではないと思います。本の朗読と同様、正しく読んでも棒読みでは聞き手に心が伝わりません。間をつけたり、抑揚をつけたり、登場人物がそこで話してるように朗読してこそ、聞き手がその世界へ引き込まれるのでしょう。

 今回のプログラムでは「月光の曲」など短調の曲が多いので、聴き手の目に潤いが感じられる所まで持って行けたらいいのですが、どうでしょう。あまり高望みはしません。

 一般論として、音楽は文学、絵画などに比較して抽象的な芸術といわれます。しかし、私は思います。悲しいことにかけては音楽は言葉以上に感傷的で具体性を持ってると感じます。

 世界では毎日5千人もの幼児が亡くなるといわれます。「悲愴ソナタ」では「愛しの我が子を病や戦争、飢餓で失った若い母親の嘆き」を思い、平和の尊さを表現できればと思います。

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コメント

カッキーさん、こんにちは。以前クラートのことで書き込みした者です。仕事が忙しく、なかなか行く機会がなくて…でも近いうちに必ず!と思ってます。
ピアノ発表会素敵ですね。是非うかがってみたいのですが、構いませんでしょうか。道に迷って遅刻しないよう気をつけねば(すごい方向音痴なので)。よろしくお願いします。

投稿: マイ | 2007年10月25日 (木) 09時00分

マイさんへ
 心配してました。ピアノは27日(土)午後2時からです。お待ちしております。当日はクラートのママさんも来られますので、お知り合いになるいいチャンスと思います。
 マイさんのことはクラートのマスターにも伝えてあります。私がクラートへ行くたびにマスターたちは「マイさんまだ見えないよ」って仰ってます。マイさんをお待ちしてるようです。

投稿: カッキー | 2007年10月25日 (木) 09時16分

クラートの方々にも気にかけて頂いていたなんて、申し訳なかったです!では27日を楽しみにしています。郵便局の裏というと、イイズカ薬局の裏の方でしょうか?

投稿: マイ | 2007年10月25日 (木) 12時36分

マイさんへ
 イイズカ薬局の北に「ボナー」があります。その北の道を左に曲がり15メートルほどで今度は右に曲がります。少し歩くと左斜め前方の屋根に鳩が2羽止まっています。その家です。 私に連絡がある場合には、付設の掲示板もご使用ください。プロフィールをクリックすると出てきます。上町のカッキーより

投稿: カッキー | 2007年10月25日 (木) 14時53分

丁寧な道順説明と掲示板の紹介をありがとうございます。掲示板を覗かせてもらいました。写真がとても素敵ですね。

投稿: マイ | 2007年10月26日 (金) 09時51分

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