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2007年11月 2日 (金)

変化した日本人の生活様式

 今の便利過ぎる生活に慣れてしまっていて、それが当たり前のようで、日々その恩恵に浴してることを忘れがちです。私もその一人です。縄文時代より、いや、それ以前から長い期間続いてきた日本人の生活様式に時には目をやり、親や祖父母を始め遠い先祖の生活様式の歴史を知り、当時の人々の大変さを考える機会がありました。

Photo_2   写真は私の家から3Kほどの群馬の森にあります県立歴史博物館です。現在、「昔の暮らし」と題して特別展示をしています。先日行き見学しましたが、私は気は若いのですが、年令はまあまあなので、見るものは懐かしかったというのが本当のところです。

 特に懐かしく印象に残ったことは小学校の教室内の様子です。2人がけの木の机で蓋が開き、多くは男の子と女の子が対になって座ったのです。隅には足踏みオルガンがあり、いかにも「兎追いしかの山」や「秋の夕日にてる山もみじ」「われは海の子白波の」などの唱歌が響いてきそうな温かな教室の雰囲気です。石炭のストーブもありました。

Photo_4  また、家庭内では家族が共に畳の上での円いちゃぶ台で正座して食べた記憶が蘇ります。いつの間にか、殆どの家庭で椅子に座って食事をするようになりました。しかも、現在は核家族化が進み、私のように孤食の人も多いでしょう。このちゃぶ台を見て昔いた私の8人の家族は皆どこへ行ってしまったのだろうと思いました。

 室内は蛍光灯でなく電球、水道でなく井戸水、トイレは水洗ではありません。テレビでなくラジオ、靴でなく下駄・ぞうり、こうもり傘でなく番傘、洗濯機でなくたらい、冷蔵庫はありません。電気掃除機でなく、はたきや雑巾ほうき、サッシでなく木の枠の戸、母親は白いエプロン姿、風呂は木の浴槽で薪を燃します。調理はガスや電気でなく写真のようなかまど、消えそうになったら吹き竹で口から吹くのです。木蓋のおなべで、電気炊飯器はなくお釜で、赤子泣いても蓋取るなです。電話はありません。ラジカセはなくあっても手回しの蓄音機。電気アイロンはなく中に燃えた炭を入れるもの。暖房は火鉢。クーラーはなく縁台で夕涼み。文字はすべて手書き。もちろん車がある家など皆無で、あっても自転車1台です。通勤手段は電車やバス、自転車。新聞社は通信に伝書鳩を飼育していたのでしょう。

 今回、歴史博物館の展示を見学し、現代文明の中にいる私に長い間続いてきた日本人らしい感覚が蘇えり、先祖の生活様式が再確認できました。改めて、二酸化炭素を排出する現在の便利過ぎる生活を客観的に捉えることができたり、「物は無くても助け合って生きる素朴な昔の生活に、隣近所の人間的な温かみ」を感じました。 

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