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2007年11月17日 (土)

鳩舎から滑り落ちた後遺症

 日頃、鳩友としてお世話になってる佐久の浅間山さんの掲示板を拝見し、その内容に似た私の苦い経験を振り返っています。

 長野県では今朝は気温が下がり、鳩舎の階段が凍りついたり霜で滑りやすくなるとのことです。一般的に鳩舎はどうしても高いところにあるので階段の昇り降りを避けるわけにはいかず、気をつけなくてはなりません。

 写真は現在の私の鳩舎です。今から30年程前の鳩舎は手作りでした。階段はしっかりしたものがいいと思い業者に鉄製で作ってもらいました。毎日の管理で昇ったり降りたりしていました。ある日のこと、濡れていたのでしょうか、下から4段目くらいの位置から2段目くらいまで滑ってしまい、尻餅をつく形になりました。大して痛いところも感じなく立ちましたが、下を見たら階段に血痕があるのです。あれ、どこから出たのだろうと思っても傷の場所がすぐには分からなかったのです。

 よく見ましたら右手の手のひらの真ん中が長さ1cm深さ5mmくらいに切れてるのです。階段の溶接箇所にとっさに手をついたからです。この傷では自分で治せないと思い、町内の外科医に行き事情を話しました。医師は消毒し治療として縫い合わせました。手のひらを縫うのですから本当に痛かったです。

 そして年月は過ぎました。しかし、毎年季節の移り変わりになると直った筈の箇所が痛痒い感じでゴリゴリしてました。10年ほど前、かかり付けの内科医にこのことを相談したら、医師は念のために手のひらをレントゲン撮影してくれました。

 まさかと思いました。一目瞭然、何と2つの黒いものが写ってるのです。押すとその位置が動くのです。この内科医は鉄片が残ってると診断してくれました。

 毎年どうもおかしいと感じていたのは当たり前でした。結局、最初の外科医が中をよく見ないで縫ってしまったのです。この鉄片は今でも私の手のひらの中に入ってるのです。

 戦争中、鉄砲の弾を浴びた兵隊さんには弾が入ったままの方が多くおり、その方たちの多くは取り出してないそうです。それは周りの肉が弾を包んでしまってるからだそうで、私の場合も年数が経過してるので同様な状態らしいです。

 1年程前、最初の外科医院へ行きましたら、縫った外科医はすでに他界していました。【合掌】。二代目の息子さんが後を継いでるので、その日は事情を話しただけですが、驚いたことに初診料を請求されました。これは当たり前なのでしょうか。

 明らかに医療ミスと思いましたので再度手紙により私の意見を送りましたら、この医師は医師会に相談したとのことで、その結果、初診料を請求したのは適切であったと返事が来ました。

 治療してくれることもなく、現在も私の手のひらには鉄片が入ったままで不安です。私としてはこれを取り出し、もし神経でも傷つけたらピアノ演奏に差し支えると思い、そのままにしてあるのです。

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