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2007年12月16日 (日)

見習いたいユーモア溢れる生き方

 最近の寒さのためか年甲斐もなく左の膝の具合が悪いです。こんなことがあってはならぬと言い聞かせ、時々観音山丘陵地をてくてく歩きます。いい空気の中、遊歩道を一周すると約2時間です。シーズンオフということもあり、訪れる人は疎らであっても県外から観光バスで来てる人たちも見受けられます。

 写真は昭和11年に建立された高崎市のシンボル「白衣観音」です。群馬の「上毛かるた」にも「白衣観音慈悲の御手」と詠われるこの観音様は昨年で古稀を迎えました。戦雲漂う不安な時代、高崎市の平和を見守る温かな観音像として丘陵の山頂に41メートルの高さを誇り、建設以来、今年で71年経ちました。

 私はまだ若いですが、両親や妻を亡くし、つい悲観的になりがちです。一人身だから気楽などと感じたことは全くありません。今よりもっと明るく生きたいと模索中です。

 ところで、昔から伝えられてる「長寿を祝う言葉」はすべてユーモアからできてることに今頃気づきました。あるいはユーモアが長寿の秘訣の一つかもしれないとも思うようにもなりました。そう言えば私はユーモアが不足してるようです。

 還暦は生まれ年の十支と十二支の組合わせが60年で元の暦に還ることからきています。古稀は杜甫の詩「人生七〇古来稀なり」の句からで、70歳まで生きるのは「古来より稀」なことと言われたのでしょう。

 喜寿は「喜」という字の草書体がカタカナのヒを3つ書いて七七に似ているし、傘寿は「傘」の字が八十に似てるからのようです。

 同様に、米寿は「米」の字が八十八に似ているし、卒寿は「卒の字の略字が卆」で九十そのものです。

 白寿は「百から一引くと白になる」ことから九十九の祝いとなり、百寿は文字通り一〇〇歳のお祝いです。

 近くに住んでた滝澤三四吉さんは103歳の長寿を全うされた方です。生前お会いし含蓄ある話を伺う機会に恵まれ幸運でした。三四吉さんは顔の色つや良くおおらか、何よりユーモアの持ち主で驚かされます。しかも、100歳を越えても自立して生活されてました。

 年令を重ねても「ユーモアと自立の心意気」に少しでも近づきたいと思いました。三四吉というお名前の由来が明治34年生まれから来ており、きっと生来ユーモアのある人だったのでしょう。

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