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2007年12月29日 (土)

夢膨らむ日中関係の春

 以前に我が家へ中国新華社通信の記者が取材に来ました。国際的にあまりにも有名な新聞社ですから、何事かと驚きました。

 私の家から中国内モンゴルまで飛んで行ったレース鳩「中日友好号」についての取材だったのです。「中日友好号」については中国の放送局や新聞社が扱ってくれましたので、この鳩は中国全土で紹介され、私がこの鳩に会いに行ったことも中国の多くの新聞で取り上げてくれました。その後、新華社通信の記者がわざわざ群馬高崎倉賀野まで取材に来られたのです。

 日本で無名の私は中国では「シーツァオホンフーシャン」と呼ばれ、知事クラスの方をはじめ、作家、鳩レース協会の幹部の方々の歓迎を受け、座談会の後、熱烈歓迎60度のお酒で乾杯。お酒の飲み方は鍛えて行ったのですが、この度数にはさすがの私も参りました。私は返礼に中国国歌を歌いました。

 当時、中国語がほとんど分からなくて、家の近くに住む中国の方に教わり、にわか勉強。お陰で「トイレはどこですか」など基本的な言い回しを覚え、夏休みに万里の長城の下にあるトンネルを幾度も潜り抜け、内モンゴルで私のレース鳩に再会、大平原のパオの中で鳩を通じて日中友好をしてきました。

 ところで、ニュース報道により、今回、福田首相が日中首脳会談で胡錦涛国家主席、温家宝首相と会談され、幅広い分野での共通の利益を追求する互恵関係を発展させる認識で一致されたと知りました。これにより日中両国は子々孫々に至るまでの友好が深められるよう願わずにはいられません。

 偶然にも福田首相と私は誕生日が同じ、親子2代にわたる総理でお2人とも私の選挙区です。山積する内外の諸問題解決に向け、国民の幸せに結びつくよう正しい方向へ舵を取ってほしいと切望してやみません。

 日本と中国は考えられないほど遠い昔から行き来があったのでしょう。歴史は詳しくありませんが、5世紀頃から交流が始まり、その頃、私たちが現在使用してる漢字などが入ってきたようです。7世紀の遣隋使、8世紀の遣唐使を始めとして中国から多種の文物が日本へ伝えられ、現在に至る日本文化にどれほど多くの影響がもたらされたか計り知れません。漢字で表記してる私たちの氏名が大昔の交流の賜物と言えるでしょう。

 レース鳩「中日友好号」の足輪には、私の住所氏名を漢字で刻印しておいたので、先方が私の鳩と確認してくださり遥々連絡して下さったのです。レース鳩のお陰で有意義な日中友好ができました。【謝謝】

【写真上は内モンゴルで記念撮影、小生右から4人目、下は群馬高崎倉賀野から内モンゴルまで飛んだ中日友好号、左足に私の住所氏名が付いてます】

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