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2007年12月 2日 (日)

身近にいた英語の達人

 一つの学問を究める途上において、その道の先輩には必然的に敬意を払いたくなるものです。

 私の場合、高校ころからなぜか英語が好きになり、授業でも教師の一言一言がどうしたことかよく耳に入り、夢中でノートに記録した思い出があります。あの時は1時間があっという間に感じました。他の教科はだめでしたが、英語の時間は音楽と同様、ずいぶん集中してたようです。

 ところで、サムエル・トッドさんについては職場の同僚で運良く机も隣りでしたので、毎日何気なく英語についていろいろ教えてもらいました。彼はニュージーランドで現地の高校生に暫らく授業していた経験をお持ちですから、オーラル英語は特に素晴らしいです。私の掲示板へも時々英語で登場され有難いことです。

 幅広いことに山岳のベテランですので私は安心して、彼に西御鉾山、天目山、氷室山、八間山及び野反湖、四阿山、荒船山などへ同行をお願いし、これらの山頂に登ることができました。

 一方、マイさんは米国世界的雑誌「Forbes」の日本語版翻訳家として毎月、執筆されてます。他方、英国小説など本の翻訳も手がけられ、これまた英語を職業とされ、第一線で活躍中の女性です。音楽がお好きで知り合いになれました。

 ところで、私にはもう一人身近に英語の達人がいます。その人は長女の嫁ぎ先のお父さんです。多くの皆さんが搭乗されたことがある大手の航空会社の現役パイロットさんです。後に500名からのお客さんを乗せて、太平洋などの大空を飛ぶのですから、これまた凄い仕事です。世の中にはいろんな職業があっても、国際線パイロットとは本当に素晴らしく思います。

 どの国においても管制官との連絡は英語といわれます。飛行中の大空の中、各国の管制官との確実なやり取りとりにより、情報を冷静に判断されるのでしょう。

 親戚ですからしばしば会う機会があり、このようなときはリラックスされてる様子がわかります。私はできるだけいろいろ影響を受けたいと思ってます。

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