翼が結んだ日中友好、その4
内モンゴルへ飛んだ鳩に会いに行く
★胡錦涛国家主席の来日を祝して★
タイトル【口笛の音に懐かしそう・再会】
果たして私の育てた鳩に会えるかどうかと思いながら、翌朝、張さん宅に行きました。レンガ造りの張さんの家には鳩舎が二つあり、約40羽ほどの鳩が飼育されていました。
その中で1羽目立ち見たことがあるような顔をした鳩がいました。あの鳩だろうと指さして張さんに言いましたら、その通りだったのです。
すぐ手にとり抱いてあげました。足輪には私の名前と住所の群馬高崎倉賀野町が刻印されてます。どうしてこんな遠くまで飛んで来たのかと、じっと顔を見ましたが、3年ぶりに抱かれたせいか、鳩もおとなしくしばらく私の手の中で安心していました。
日頃、私は口笛を吹きながら餌を与えたり、舎外運動している鳩を呼び込んだりしているので、口笛を吹きましたら、その音に懐かしそうな振りを見せ、じっと私の顔を見ているようでした。あるいは口笛の音を思い出したのかもしれません。
張さん宅には新聞記者が数名来ていました。私が「中日友好号」と再会する劇的瞬間を写真に撮ってくれ、インタービューもありました。張さんの家の中には、前もって私が送っておいた「中日友好」と書かれた大きなダルマが飾ってあり、その部屋で朝食をいただいたり、プレゼントの交換をしました。そして、内モンゴル放送局が「中日友好号」を扱った放送の録音を聴いたのです。
驚いたことにその放送の中で「アジアの伝書鳩」の音楽が7月21日に内モンゴル全土に流れたことが分かりました。この歌は「中日友好号」のことをニュースを知った岡山県の方たちが作詞作曲したくださったものです。聴いてみると「アジアの伝書鳩」(ヤーチョウダシングー) や「中日友好号」(チョンルーヨーハオハオ)、また、私の本名を中国語読みした「シーツァオホンフーシャン」という言葉が聞き取れました。
「アジアの伝書鳩」の音楽はFM群馬が以前にこの鳩について放送したテープで、前もって私が張さんに送ったものです。日本語と中国語のカラオケで歌えるようになっています。この歌のお陰で「中日友好号」は中国全土や内モンゴルで一層ニュースバリューが高まったようです。張さん一家とはこの歌をいっしょに歌いました。
内モンゴルで名高い書家の楊魯安氏は「中日友好号」を讃える大きな掛け軸を書いておいてくださり本当に感銘しました。その内容は「レース鳩が伝える心温まる話で、日本のレース鳩が日本海を渡り、内モンゴルまでやって来た。そして張さんとの手紙による交流が始まった。これは中日両国民にとって良い話しで、鳩が両国民の友情を生み出した。」というようなことです。
もう一人の書家、銘楊もプレゼントしてくれました。「富士山の近くにいる君と万里の長城にいる我は共に同じ月を見ながら盃を上げる。これはレース鳩が日中両国を結びつけた尊いことである。」という内容です。
【注:アジアの伝書鳩の歌詞については2007年1月31日のブログに載せてあります。】
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