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2008年10月15日 (水)

ピアノまで頭に載せて運ぶインド人の風習

 左は私の部屋に飾ってある絹に描かれたインドの田舎の絵です。何となくユーモラスな感じが漂ってます。男性が音楽を奏で、それに続き、頭に物を載せた怪しい雰囲気の女性が踊るように行進してます。

 男性が身につけてる腰巻のような衣服はドーティーと呼ばれ、女性のものはほとんどサリーですが、ここでは仕事がしやすいように少しアレンジしてあるようです。何のことか、女性は皆真剣な眼差しで男性を見つめ、3番目の女性は男性に向かって「私ですか」と自分を指さしてます。しかも、みな裸足です。

 2枚目、3枚目の絵には「夫婦のあるべき姿」が滲み出てると思うのは独り者である私の思い過ごしでしょうか。睦まじさが漂ってます。日本にはない習慣ですが、やはり、頭に物を載せてます。

 北インドは世界の屋根で雪が積もります。このため、インドは暑い国と一概に言えません。しかし、広範囲のインドは5月が真夏であっても、一年を通じて暑く、大昔から住まいや衣服には涼しい工夫をしてきたのでしょう。

 若き日、カルカッタ(現コルカタ)でインド人と生活を共にし、いくつも驚いたことがあります。家には家事をしてくれる人たちがいました。料理する人、掃除する人、家事全般、その他、ドライバーなどです。言葉はヒンズー語及び英語です。

 彼らと話していると、その都度、頭を横に傾げるのです。あるいは顎を横に出すのです。初めのうちは私の言ってることに何か不満があるのかと思ってしまいました。

 毎日、一緒にいるうちにその習慣が次第に理解できるようになり、ついに私までが顎を横に出すようになってしまいました。この頭を横に傾げるとき、彼らが口に発する言葉は「ティケ」です。「ティケ」とはOKのことであることが、感覚的に分かってきました。しかし、ティケと言わないときは本当に一見NOのように思いましたが、それでもOKなのです。民族によって風習が違いますね。

 このようにインドの方々はOKの場合、首を横に曲げる仕草をしますが、翻って私たち日本人は話の途中、OKつまり分かりましたと相手に伝える動作は首を少し前に倒しますね。これと同じ意味なのですから、民族によって仕草が異なるものです。インドの方々は、OKのとき首を縦に振る日本人の風習こそ変だと感じてるかもしれません。

 タイトルに掲げましたように、頭に荷物を載せ物を運ぶ風習を毎日目にし、穀物や壷を載せるのはいいとしても、私が最も驚いたことは「死者を担架に載せ」4人がかりで、やはり頭で運ぶのです。しかも、棺桶に入れず、死者の顔は赤色などで化粧し、周りから誰にもよく見えるのです。その行列は大都会の目抜き通りでも行進し、焼き場方面に行くのです。ですから、インド滞在中にたくさん亡くなった方を見てしまいました。亡くなった人のことをカタムホギャといいます。

 また、日本では絶対考えられないことですが、何とピアノまで4人で頭の上に載せ運ぶのです。身長がほとんど同じでなくてはなりません。誰か「一人疲れて参ったら」ピアノは転落し大怪我間違いありません。

 考えられぬほど重くても4人で歩調を合わせ辛そうに前進する姿は、ガソリンゼロリットルで仕事を成し遂げるインド人の頭脳的プレイにも見えました。数学のゼロはインド人により発見されたといわれます。

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