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2008年11月

2008年11月30日 (日)

12月1日夕刻、月、金星、木星がランデブー

 タイトルのように12月1日夕刻4時30分頃から、西南の空に三日月、金星、木星の3つが、ランデブーする珍しい光景が見られそうです。晴れることを祈ります。果たしてトルコやパキスタンの国旗のようでしょうか。楽しみです。

 12月2日以降、三日月は大きくなりつつ左へ移動して行きます。木星と金星は軌道が異なり、別行動をしても、しばらくは近くにいるように見えるでしょう。たまたま、地球とこれらの天体が直線上に近くなったと考えられます。天体のランデブーは晩秋の夕暮れをロマンチックにしてくれますね。

 最近、私は夜中や明け方、空を眺めるたびに宇宙船「地球号」に乗ってる気がしてなりません。わざわざ宇宙へ行きたい夢はありません。星空を見てると、すでに立派な宇宙船に乗ってると思ってしまいます。

 例えば、月面に立ったとしても、【見えるものは】地上とそれほど変わらないと想像してます。変わるのは体重が軽くなること、天体の動き、常に空が暗いということでしょう。

 月面から見える星座の形は全く同じで、例えば、オリオン座は地球で見る形と変わりません。地球では見かけ上、1日1回動く太陽や星座の動きは、月から見ると1ヶ月で1回転です。月は2週間昼が続き2週間夜が続きます。

 また、月面から見ると、地球は常に同じ所に浮かんでおり、自転はしても位置は全く動きません。地球の出や地球の入りはありません。その代わり地球はひと月に一度満月のようになったり、新月、三日月のようになったりします。特に新月の前後では地球の五大陸や海が良く見え、1日1回自転する様子が分かるでしょう。

 話題は地球に戻って、地球ほど素晴らしいところはないと思います。ところが、こんないい地球にも、私たちが生きてると悲しいことがあり、「飢餓」「病気」「戦争」「別れ」など辛いことに立ち向かわなくてはなりません。文字通り、これは「球にキズ」です。

 ところで、私の家は北緯36度17分43秒4、東経139度02分51秒7にあります。この数値を知ると赤道に対しての角度や、距離を意識したり、グリニッチから東にどれほどの角度にあるか分かり、自分のいる位置を地球的規模で考えるようになります。

 地上の2点間の距離を測るには球面三角法です。公式を使えば答えが出ます。赤道からの距離は緯度(分以下を十進法に換算)に111キロを掛ければおよそのキロ数が出ます。東京から赤道までは約4000キロ、北極までは約6000キロと計算できます。

 一方、地球の自転について、1日は1440分です。このため太陽は見かけ上、4分経過するたびに1度ずつ西へ移動します。緯度の高さによって多少違っても、関東あたりで約100キロの距離を4分で動き、自転速度は秒速およそ416メートルと考えられます。

 考えられないほど大昔から(約40億年?)自転を繰り返し、そのスピードは赤道付近で秒速約460m、稚内付近では秒速350mほどと考えられます。この速さで自転しながら、実際には軌道上において、月とは抜きつ抜かれつつしながら、永遠に公転を繰り返し神秘なこと、この上もありません。

 しかも、地球は首をかしげた状態。つまり地軸が多少ぶれながらも約23度半(軌道面と赤道面の角度)傾いたまま自転し公転してます。そして、日本は緯度的に理想の位置にあり、四季が明確に生ずると考えられます。

 群馬県の今日は大陸からの高気圧で強い北風です。明日から12月。今年もいよいよ僅か。日照時間が短くなります。しばらくは夜間の過ごし方を充実させたいものです。

 これからは星座の動き、特に身近な月、そして金星、火星、木星、土星などの動きに惑わされてみたい。自分も宇宙の一つの固体と感じ、一人で生活する辛さや寒さに負けず、元気に暮らしたいものだ。

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2008年11月28日 (金)

供養してこそ、楽しいレース鳩飼育はある

3186  群馬県前橋市にある来迎寺境内には英文と対訳の石碑があります。日本の寺で英文の碑があることは珍しいでしょう。先日、寺の本堂においてレース鳩供養が行なわれ、住職から有益な説教を拝聴し、平素忘れかけていたレース鳩の生と死について、しみじみ考える機会を与えていただきました。

 The greatness of nation and its moral progress can be judged by the way its animals are treated. (国の偉大さ、道徳的発展は、その国における動物の扱い方で判る)

 私たち人間は太古の昔から動物とともに生活し、中でも犬は多くの人の身近な伴侶となり、狩猟に使われたり、人間が生きるため献身的に働いてくれました。大地震に見舞われた新潟県山古志村の実話を題材にした映画「マリと小犬たちの物語」や南極昭和基地で置いてきぼりとなったジロ、タロなど南極犬を考えても、私たちは犬とのつながりに涙することしばしばです。

 私の家には私が物心ついたときから「マル」という日本犬がいました。しかし、いつの間にかいなくなりました。当時、俗にいう「犬殺し」に連れて行かれたのだろう、と亡き母は言ってました。その後、小学校時代に猫を飼い、名は「コロ」や「マル」です。そして、ついに家に舞い戻る習性の魅力に取りつかれ、鳩飼育が始まったのです。それ以来、人生の大半をレース鳩と共に暮らすようになるとは当時まったく思いもよらぬことだったでしょう。不思議にも、今でも、当時の心境と全く同じで、「愛犬や愛鳩」との生活に心は満ちてます。

 ところで我が家の犬や猫はいつの時代も「マル」や「コロ」です。実は10年程前、14年間飼っていた四国犬の「マル」という犬が死んだ時のことです。可愛そうで今までこれほど涙がでたことはありませんでした。

 私の両親や妻が亡くなったときは悲しみのどん底でした。しかし、この「四国犬・マル」が死んだ時は、それまでの人生でどんなに辛かった時より、比較にならぬほど涙が出ました。どうしてでしょう。本当に止めどもなくです。特に市役所の方に引取りに来てもらったときの「最後の別れ」では、可愛そうで可愛そうで私は気が狂い、どうにかなってしまいそうでした。お酒を飲んで深夜に帰宅しても、いつも、しっぽを振って出迎えてくれたことなど思い出され大粒の涙涙でした。

 悲しいかな、可愛い動物を飼っていると必ず死に出合います。現在、私は100羽以上のレース鳩を飼育してます。すごく楽しく充実してます。しかし、生物である以上、死は避けて通れません。レース鳩の場合、天敵である鷹・ハヤブサなど猛禽類の餌食になる危険性が常について回ります。

 食物連鎖による自然界の掟であっても、可愛いレース鳩まで、この掟から逃れられず、いつかは空中で捕らえられるのです。しばしばそのような光景を目にしたとき、残酷この上なく、その日は一日中憂鬱になります。我が家で生まれ育ち、美しい姿を見せてくれ楽しませてくれた鳩が捕らえられるのです。本当に可哀想です。毎日の舎外運動、厳しい訓練で頑張り、私についてきてくれたかと思うとただただ感謝し、合掌です。

 私は運良く「来迎寺」の住職である「はとさん」と知り合いです。このため過日、レース鳩の供養を鳩友と共にお願いしました。精神を統一して書いた写経や読経を初めて経験しました。そしてお線香を手向けました。

 レース鳩のお陰で毎日の生活に潤いがあることを再認識。これからも、新鮮な水、新鮮な餌、鉱物飼料、舎外運動、清掃に精を出し、今後も大切に飼育することを誓いました。

 10才からよくも続いてきたレース鳩飼育に改めて感謝する機会になり、鳩の霊に心から供養し、静かな時間を過ごすことができました。「来迎寺」の住職さまには、このような機会をつくって頂き感謝この上もありません。

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2008年11月26日 (水)

オバマ氏の演説からボキャブラリーを学ぶ

 昨日、初版第一刷発行による【オバマ演説集CD付き】が発売になり、初めて発行日に購入しました。永久保存版と銘打った肉声による演説集はあっという間の1時間で一気に聴きました。

 一度聴いただけでは、内容のすべてが理解できなくても、テレビでお馴染みの「何か格調の高さ」を感じるスピーチです。私は最新の英語に触れる思いがしました。

 音楽でもレース鳩の血統でも、どちらかと言うと Out-of-dateな私です。これは傾向として、何事も昔の良さを味わうというと聞こえが良くても、新しいことに疎いからでしょう。

 今回、初めてUp-to-date、いわば最新の内容による英語スピーチ集を手元に置き、これに接することができるようになりました。果たしていい学習ができるでしょうか。暫らくしたら、フォーブス翻訳家マイさんに聴いていただこうと思います。

 どの言語にも共通して大切なことは、話し手の意志が聴き手にしっかり伝わることです。オバマ氏のスピーチ【Change has come to America】(アメリカに変化が訪れた)など聴くと、一般の英語圏の方々の話し方とは違って聞えます。それは人々を説得させるような格調の高さにあります。もしかして、リンカーン大統領やケネディー大統領に似てるのでしょうか。稀に見る「国民に夢を与えるような説得力」を感じます。

 言葉は意志伝達の手段といいますが、彼のスピーチを聴くと、それを超えて多くの人々に希望が沸くような話術といえるでしょう。観客が彼の言葉のひとことひとことに吸い込まれていく雰囲気です。

 スピーチ集は有名な演説【The  Audacity of Hope】(大いなる希望)を含む38章に分かれ、すべてCDで聴けます。左ページは英語、右ページに対訳が載ってます。各ページの下欄には語注として単語やフレーズの意味が示され、巻末にはそれらをアルファベット順に並べ変えた約700語がまとめてあり、学習に便宜が図られてます。

 オバマ氏のスピーチを聴いて思いを強くするところがあります。前回のブログでは声楽の発声法で、横隔膜を持ち上げる意識について書きましたが、英語の場合も似てるところがあるかもしれません。発音はもちろん、発声法も心に留めておいてはどうでしょう。ネイティブが話す英語は口から爆発するような何か迫力のようなものを感じます。一般的に、声の出し方も日本語とは違うのではないでしょうか。

 厳密には言えませんが、イタリア語などラテン系言語と日本語は「母音の言語」に感じます。一方、英語やドイツ語はどちらかというと「子音の言語」とも感じます。子音だけでの音や、特に単語の最後の音については90%以上が母音を含みません。ほとんど子音で終わってます。

 これらを考えると歯や唇、舌あるいは喉による摩擦音は、それだけで独立している場合が多く、この点、日本語と大きな違いです。この摩擦音は肺からの強い息によるもので、無意識に使ってる横隔膜の力は英語の発音に大切な気がします。

 Unconsciously using the diaphram is indispensable for consonants.と言えるでしょうか。

 ところで、グローバル化が進む世界にあって、2009年1月20日、第44代アメリカ大統領に就任するオバマ氏は近年になく期待されてます。国民を熱狂させるスピーチは久々です。それはスピーチの名手であるだけでなく、庶民感覚の上に立った魅力溢れる政治家といえるのではないでしょうか。米国のみならず、今や経済回復の面から世界が注目してます。果たして経済は開花し結実するか。

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2008年11月24日 (月)

牛伏山洞窟内で「千の風になって」を歌う

833  群馬県吉井町に聳える牛伏山山頂へ、ときどき散策に行きます。標高490メートルは下界に比べ空気はひんやりし、景色はため息が出るほど良好です。山頂の佇まいは晩秋から初冬へと、ひとり散策する心が侘しさを感じるには十分な環境です。

  この山の由来は牛が伏せたような遠望により命名されたのでしょう。山頂の一角には大きな牛が文字通り、伏せた形で横たわってます。余りにも大きく人を寄せ付けない風貌に思わず見とれてしまいます。こんな大きな作品をどのようにしてここに設置したかは謎です。

 山頂一帯はかなり広く、樹木に覆われ静寂、散策にはお薦めです。西に行くに従い上り坂であっても、遠くに高崎・前橋の市街地が望め、ほとんど訪れる人もなく自然との対話に打って付けのスポットです。麓にはドリームセンターが控え、帰路には一風呂浴びられ、まさに夢のよう。

 山頂にはNHK・FMや放送大学の電波塔があり、広域への中継基地でもあります。また、大きな梵鐘があり、山頂からの轟きは四方八方、遠方まで響き渡るでしょう。

Dscf0261   私は「いい出会いがあるよう」真剣に願いをこめ、力の限り打ちました。果たして未来の方の心に届いたでしょうか。

 こんな梵鐘の叩き方一つにもコツがあり、終始、力を入れ過ぎず、音の出る直前で力を込めるといいように感じます。鐘の音は余韻が残り、人を神聖な気持ちにさせる魔力が潜んでますね。

 ところで、今回初めて山頂の西端にある洞窟に入ってみました。長さ50メートルほどで深部は岩石です。驚いたことに、暗い中で幼子にお乳を与えてる母子像があり、暫し合掌。この姿を拝見し、私も生まれた頃は何も知らずにいたが、母の優しさを思い出しました。

  年月が経過すると、私たちはややもして、自分の力で成長したと思い込みがちです。でもそれは間違いです。この母子像を見て、亡き母の献身的な慈愛があって今があると思いました。

 どうしたことか、誰もいない洞窟の中、私は「千の風になって」を歌いたくなりました。

「秋には光になって畑に降り注ぐ、冬はダイヤのように煌めく雪になる。朝は鳥になってあなたを目覚めさせる。夜は星になってあなたを見守る。」洞窟内はよく響き、思ったより上手く聴こえるものです。暗い中で神秘的な気持ちになり、生きてることの実感です。

  最近、声の出し方についてあれこれ研究していますが、最近感じてる発声法は、見えない腹部について、【声を伸ばしながらお腹を前に出す】感じがいいと悟ります。あくまで横隔膜を下に下げる感覚です。発声が上手くできればどんな歌でも楽しくなるものです。最も身近で自分を表現できるものが歌です。

 今回、牛伏山山頂で季節の移り変わりを感じ、思わず冬桜も発見。「千の風になって」を歌うチャンスにも恵まれ、リラックスした散策ができました。

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2008年11月22日 (土)

「夫婦のすれ違い」目を見て話してますか。

525  写真は群馬県西部に位置する妙義山です。年代が古く硬い岩石でできており、風化してできた奇岩の石門めぐりが楽しめます。

 今日は語呂合わせで「いい夫婦の日」。妙義山のように固い絆で結ばれてる夫婦はいったいどれほどの割合でしょうか。

 通信教育社が行なった20代と60代の既婚者へのアンケートによると「生まれ変っても今の配偶者と結婚したい」と答える人は、いずれの世代でも60%にとどまり、残りは、二度と結婚したくないということでしょうか。

423  特に60代女性では50%がノーを突きつけてるそうです。あくまでアンケート結果ですが、60代女性の二人に一人が「夫との気持ちにすれ違いがある」ことになります。

 生まれ変わることはありえませんが、現実に半数がこのような気持ちのまま、毎日、夫婦でいるということは、出会った若き日の情熱とは裏腹に「男性には厳しい老後」が待ってることになります。

 夫婦で一緒にやってみたい趣味や習い事では、20代の夫婦及び60代の男性は「映画鑑賞」がトップであるが、60代女性は夫と一緒にやってみたいことは「特にない」とのこと。何と冷ややかな現実でしょう。その関係に寒々します。

  拙いブログでは2008年1月9日に「夫婦について」私なりに大切なことを考えましたが、今でも、夫婦幸せの基本は 「会話で結びつく二人」であると確信してます。

 会話がなくなれば、意思を表わす手段はマイナス方向になります。それは必要最低限度のことばのみです。同じ家にいながら、夫婦によっては「メールのみ」で用件を済ませてることもあるようです。一方的にアドレスを変更されたら、さあ大変。

  表面に出なくても、夫婦間での無視、大声、暴力などの実態は予想をはるかに越えてる可能性があります。これらは学歴、職業に関係なく、深刻な夫婦関係です。

433  私の知人の話では、ある40代の夫婦は同じ家に住みながら、終日、別の部屋で暮らしているそうです。妻は食事だけドアーからそっと差し出し、夫は食べ終わると、お膳を室外に出しておくそうです。「夫婦間に言葉は一切ない」ようです。

 DVはとんでもないことですが、暴力のない社会は身近なところから、まず夫婦の正常な関係が大きいと思います。子供は親の行動をいつかは真似するものです。

 私は4年前に妻に先立たれ一人暮らしです。このような時、「いったい妻の存在は何であるか」を考えることがあります。それは何と言っても、言葉でつながる関係、つまり、「涸れない泉」のようでしょう。「お互い必ず目を見て話すマナー」は夫妻にあっても心すべきことと思います。

 ある大学の先生が話してました。20代~30代の男女とも独身の人は結婚で悩んでいるとのことです。それは「一人の人とずっと一緒にうまくやっていけるか。」だそうです。結婚生活を続けられるか心配で、なかなか踏み切れないこともあるようです。

 また、ある調査によると、夫婦げんかは20年前より増え、「よくする」と「ときどきする」の回答が51%に上がったとのことです。原因の約3分の1は「お金のこと」とのこと。

 充実させたい時間について、「夫婦一緒の時間」と答えた夫は約40%に対し、妻は26%。「妻と一緒にいたい夫」「夫と距離をおきたい妻」のギャップに【夫婦のすれ違い】が強まってるようです。結婚した4組に1組が離婚という余りにも厳しい現実を知ると、若者の婚期はますます遅れてしまうかもしれません。

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2008年11月20日 (木)

「磨いてる」と「磨けてる」は別のこと

 健康的な生活を送るには日々どのようなことに心掛けるべきか、これはどなたとっても大切なことです。

 昔、「病は気から」と聞きましたが、私は「病は口から」というのが正しいと思ってます。私たちは1日に、どれほどの食べ物や飲物を口から胃に入れてるでしょうか。三食の内容と間食など、一度に並べたら驚くほどの量と思われます。

 しかし、それらをすべて胃に入れたつもりでも、咀嚼後、口内に残る物も多い筈です。それは歯に付いたままであったり、月日が経つとプラ―ク(歯垢)になったり、また、舌の表面に付着する舌苔(ぜったい)になったり、後々まで口内にあって細菌の温床になると考えられます。

 これらは目の届かぬところにあるため、注意を怠ると数ヶ月から数年も口内に存在し、分解する度にガスが発生し、口臭の原因になるでしょう。

 口臭は胃に原因があると考えられがちですが、これは間違いのようです。げっぷが出れば胃の中の空気が出ても、通常では胃の上部は括約筋で閉じられてるため、胃の中の空気が口の中に出ることはありえない筈です。このため口臭の原因はほとんど口内にあると思います。

 ところで、本日のテーマは口臭ではなく、【歯周病は全身へ悪影響を及ぼす】ということを述べようとしたのです。それは歯を中心として口内を不衛生にしておくと、細菌が肺に入り、肺炎の原因となると最近よく耳にします。

 歯科と内科は診療の分野が首の上下で分かれてますが、やはり、一体を成すものでしょう。歯はすべて健康の源で、咀嚼された食べ物がまず胃や腸で消化され、栄養素となって血液の循環によりあらゆる内臓へ送られます。この一連の流れを考えても、健康な歯でしっかり咀嚼することは身体全体に良い影響をもたらすものと考えます。

 こんなことから、私たちは「歯が痛くなくても歯科へ定期的に行くのが望ましいと思います。」日々の歯磨きで取れない歯垢をすべて除去してもらえるからです。

 三度三度の歯磨きでも磨き残しがあるものです。「私はきちんと磨いてます。」と言ってもすべての箇所について磨けてることはなく、磨き方が正しいかどうかを常に確認しなくてはなりません。

 「毎日、磨いてるのにどうして」ということもあるでしょう。手を洗うのなら、よく見て確認できますが、鏡を使っても歯の裏側や奥歯まで、28本すべての周りをきれいにするのは容易でない筈で、磨き残しがあって当たり前でしょう。歯ブラシの持ち方は力を入れて頑張らず、軽く持ったほうが歯垢が良く取れるといわれます。

 30代から増えるといわれる歯周病には気をつけたいものです。それは糖尿病に罹りやすくなったり、脳梗塞につながると聞いたこともあります。また、若い女性では生まれ来る胎児にも影響があるともいわれます。口内は気をつければ衛生的に維持できるものです。「口は災いの元」は身体にも言えそうです。

  口腔内の殺菌消毒にはヨード系の「うがい薬」は効果が期待できます。特に喉や舌及び歯に付着している細菌、ウィルスなどの微生物に対して殺菌作用があり、口臭の除去にも効果があるでしょう。、就寝前と起床後には「うがい」を心掛けたいものです。

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2008年11月18日 (火)

娘 Marie Persimmon Marshは香港へ

 私のただ一人の家族である次女は結婚式場のウェディングプランナーです。この度、職場の配置転換により高崎から前橋に異動になりました。家から出たことがない理由で、経験として経済的に独立し、一人暮らしをして自分を試してみたいとのことで、現在、私とは生活を共にしてません。

 異動後の仕事はデスクワークが中心で、今までとは勤務形態が変わったようです。自分の時間も持てるようになったとのことです。私にはメールで近況報告してくれます。

 サービス業の所以でしょう。今までは一年中、土日や祝日は結婚式が目白押しで休日になることはありませんでした。最近は初めて、土日や祝日が休みになり、気分的にずいぶん楽のようです。

 ウェディングプランナーの職務は、いくら忙しくても、カップルにとっては人生の大きな歴史的なこと。一世一代の結婚式や披露宴に豊かな内容があり、思い出深いものにするために、カップルの担当となって約1年間お世話するようです。

 最近は式場を申し込んでも結婚式はおよそ1年後とのこと。このため、カップルとは親しい友人のような人間的つながりが生まれるとのことです。私はこれを聞いてウェディングプランナーは素晴らしい職業と感じてます。暫らくしてから新婚家庭に呼ばれることもあって楽しいようです。

 お客のカップルは娘Marie Persimmon Marshと、ほとんど同年齢か、どちらかと言うと少し若いかもしれません。

  最近の傾向として20代前半に若くして結婚するか、あるいはしばらく年数を経てからの結婚というように二極化してるようです。これは女性の社会進出にともない、以前に比較して女性に経済力がついてきたことが一般的な理由と考えられ、確かに以前とは変化してます。

 しかし、私は娘にそれを望んでません。職業柄いろんなカップルを見てるので、副産物として結婚に対しては、いい勉強をしている筈です。できれば20代のうちに自らの人生も決めてほしいと思います。

 私は父として娘の結婚に対し、何の制約も強要もしないことが大切と考えてます。特に「私の家に入りなさい」など保守的なことは決して伝えないつもりです。娘を大切にしてくれる方なら年齢差も関係ないと考えます。ただ遠方へは行ってほしくないというのが本音です。遠方へ行くと、どうしても会う回数が少なくなるからです。少ない家族ですから、会おうと思うえば会える距離にいることは幸せと思います。

 ところで、Marie Persimmon Marshは現在、香港・マカオを旅行中です。このブログを見るチャンスがあるでしょうか。会社が連れてってくれるとのこと、ほんとにいい会社です。結婚式場は世界経済の低迷とは無縁なのでしょうか。彼女は私よりずっと海外に行ってます。最近ではオーストラリア・タイ・インドなどへ行きました。

 インドでは私が20代を過ごした近くの「ヴィクトリアメモリアル」などの建造物を見て、「カルカッタにおける青春時代の父を想像した」と文章に残してます。

 今回の香港・マカオがいい旅となって、見聞を広め、おいしいものを食べたり、「ゆっくり自分を振り返る機会」であれば大きな意味があると思います。

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2008年11月16日 (日)

7月22日は今世紀最長の皆既日食

 日食は太陽と地球の間に月が入り、この3つが直線上に並んだとき、地球から見て太陽が欠けて見える現象ですから、新月の時に起こります。地球が太陽の周りを回る軌道は楕円なので、太陽と地球との距離が離れてる時に太陽がすっぽり隠れる皆既日食になり、近い時は太陽が輪のように見える金環食となると考えられます。

 平成21年7月22日(水)には日本で皆既日食が見られます。北海道で起こって以来、日本では46年ぶりです。偶然起こる宇宙のショウは日中あたりが暗くなる現象で神秘的なことこの上ありません。

 今回、皆既日食が見られるのは鹿児島県トカラ列島近辺です。中心地は悪石島(あくせきじま)と計算されてます。ここでの皆既日食の継続時間は6分25秒に及び、今世紀最長といわれます。

 悪石島は奄美大島と屋久島のおよそ真ん中に位置し、北緯29度30分、東経129度40分付近です。実際には屋久島から奄美大島北部にかけて、及び硫黄島で皆既日食が見られると計算されてます。この日の皆既日食は上海など中国の比較的南部からインドに至るまで観測できるようです。

 今回、ラッキーなことは悪石島付近で午前11時前から欠け始め、これは最も観測しやすい時間帯で、しかも、この地方では梅雨も明けて絶好の観測環境でしょう。

 関東地方では午前10時前から欠け始めると計算されてます。関東では最大75パーセントが欠け、北九州では約90パーセントが欠けると予想できます。日中でも薄暗くなり、果たして夜明けと間違いニワトリが鳴くでしょうか。

 私が子供のころ経験した部分日食では不思議な現象に驚きました。それは樹木の葉の陰がすべて三日月形になったのです。太陽が欠けてるので木々の葉の隙間を通過する光が三日月のようになるのです。7月22日には、太陽の欠け具合と共に、地上にできる葉と葉の間の光にも注目してください。これも神秘的なことです。

 私は想います。日食は休み無く、常に起こっているのです。太陽からの光は月に当たっているので常に陰ができてます。月の満ち欠けは月自身の表面にできるその陰です。しかし、宇宙空間にも月の影は長くあり、たまたまその位置に地球が移動してきた場合を私たちは日食と言ってるのです。

  皆既日食は推定40億年前の地球誕生以来、何万回も起こっていた筈です。悠々たる宇宙の現象に対して、文字通り「月とすっぽん」の如く私たちの人生が余りにも短く、珍しいことになるのです。 

 きっと、悪石島は海外からの観測者で混んで渡航は不可能でしょう。しかし、貴重な現象である皆既日食が見えるところでこの日を過ごし、宇宙の神秘と共に貴い7月22日を祝い。

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2008年11月14日 (金)

本日、大間々25Kを個人訓練

  昨日の天気予報で本日は小春日和とのこと。前回の訓練から8日経過したので、今朝も4時半に起床、66羽を暗いうちに籠に詰め込みました。西の空に輝く大きな満月は孤独な作業している私を見守ってくれてるようでした。

 よく晴れ、満天の星と放射冷却による冷え冷えする空気、11羽ずつ入った6籠を放鳩車に積み終えても、まだ眠りについてる近隣の家々。その静寂さの中を5時15分、我が家を後にしました。

 倉賀野から大間々まで直線距離は約25Kであっても、実際は30キロほどの運転でしょう。日の出前の東の空がかすかに明るくなったころ、車は利根川を渡り、前橋市東部へ。鳩友「はとさん宅」の東を通過、時速60キロほどで「ホンダアクティー四輪駆動」は次第に赤城山南面を力強く登坂、放鳩車として活躍してくれます。

 訓練3回目ともなると、鳩もそれが分かってきたのか、籠の中で意外と静か。後々の飛翔に無駄な労力を使わない本能の表れなら立派。元々15羽用籠であっても11羽ずつの詰め込みは鳩同士の身体があまり接触しないで楽のようです。

 やがて大間々町のコンビニに到着。ここで朝食として2種盛りの温かいカレーと飲物を調達。これで一安心。

 車はいよいよ本格的な山登りです。大間々には見晴らし台があり、そこまでの細い道をうなりながら機動力を発揮、舗装されてない山道もどんどん登ります。あっという間に、大間々の町並みが眼下となり、景色は最高。町の明かりが目に入ります。

 着いた所は高台の草原で誰もいない。時刻は6時15分。一時間かかりました。こんな景色のいい所は珍しく、富士山も見えます。早速、6つの籠を並べ鳩たちに方向判定させます。

 見慣れぬ土地でキョロキョロしてますが、景色がいいためか遠くを眺めてます。あるいは方向を見定めているのでしょうか。暫らく静かにしていたのですが、20分もするとバタバタと騒がしくなりました。中には籠の隙間から頭を出し、外に出たがってる鳩もいます。どうしたのでしょう。

 もしかして、放してほしいのかと直感しました。予定は7時でした。しかし、全部の鳩の動きが激しいのです。これは放鳩のチャンスと判断。上空に猛禽類の飛来がないことを確認し、6時50分に放しました。

 今回も上空で旋回せず帰還方向をめざしています。放鳩地が高台であって、それよりまた高く上がったので地上からは300メートルほどの高度と推定されます。別行動をとる鳩もなく66羽は一団となって西南の空へ向かい視界から消えました。

 私はもと来た道で帰路につきましたが、解放感からか帰りの運転は長く感じました。「果たして鳩は無事に我が家に帰ってるか」と恐る恐る見ますと、すでに鳩舎内に30羽ほどいて、後は住まいの大屋根で羽を休めてました。鳩たちは「今日もずいぶん遅かったね」とでも言いたげな顔をして私を迎えてくれました。

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2008年11月12日 (水)

「フォーブス」翻訳家マイさんにご覧頂きたい英文

 左の英文は英国レース鳩月刊誌「Pictorial」表紙に紹介されたもので、家宝のように大切にしてます。

 実力がなくても好きな英文は毎日少しでも読む習慣にしてます。どうにしたら意味がすらすら把握できるか、また、言いたいことが口から出てくるかを目的にしてます。これについて、素人である私は「語彙を豊富に持つことか如何に基本であるか」と考えが落着いてます。

 専門用語であっても日常、一般的に使用される言葉については意味がわかったり、逆に英語で言えるようになりたいですが、これほど茨の道はありません。ゴールは見えないし、ないかもしれない。しかし、続けていれば「九牛の一毛」ほどゴールに近づくでしょうか。

 前回の記事はタイトル「問われれば頭が活性化する」でしたが、語彙を増やすには人に問われなくても自問することにより、それに近い状況が生まれるでしょう。例えば、よく耳にする高齢になると罹りやすい「骨粗鬆症」など、漢字で書きなさいと言われても、ちょっと書けませんが、このくらい頻度のある言葉は英語で言えるようにしたいのです。

 これはosteoporosisと表わすようで、発音は大体「アスティオパロウシス」でアクセントはroにあります。幾度となく書いたり、発音して覚えます。暫らくして忘れたらまた新たな気持ちで接します。しかし、何と言っても実際に使うことが記憶には断然いいようです。

 私はこの単語を覚えるのに「明日、手をパロシス」と言い、明日、手がポロポロになるという内容に結び付け、手のひらをパーにして覚えました。

 日本でよく使われる「骨粗鬆症」も外国ではあまり話題にならないかもしれません。高崎駅前居酒屋「どんどん」のカウンターで時たま英語圏の方と接しますが、話題を広げるために、こんな言葉を使うとキョトンとした顔をします。説明するとお分かりになるようです。外国人があまりご存じない英単語を使ったり、彼らにとって珍しい話題を用いると、話の主導権がこちらに来ることがあります。

 ところで、冒頭のように雑誌に掲載されたことがあります。「Pictorial社」に英文で当舎についての記事を送りましたら、世界57ヵ国に3回紹介され、今でもよい記念になってます。

 左の写真は、やはりレース鳩関係で、英字新聞The Japan Timesに掲載されたことがありました。私は購読してないので気がつきませんでしたが、知合いの在日アメリカ人の方が記事を届けてくださり、これも驚きました。The Japan Timesに掲載されることなど考えられないからです。無名の私ですが、読んでくださった外国の方がいるかもしれません。何となく世界とつながりができてるようで嬉しいです。しかも、記事内容は「平和のシンボル鳩」。

 私の住む倉賀野町には、世界の一流経済誌「フォーブス」翻訳家マイさんがおられることは以前にブログでご紹介しました。職業とはいえ、彼女は誠に卓越した英語力をお持ちです。一方、音楽がお好きでピアノを聴きに来られたことがあります。今後は、ベートーべン・ソナタ「テンペスト」を聴きていただくことになってます。  

 しかし、私の演奏がまだ不十分です。こちらも英単語に同じく、いつになっても茨の道で困ったものです。英語やピアノも何かいい手がかりが掴めれば不断の努力が継続出来るでしょうか。

 マイさんにはThe Japan Times掲載文を写真を通して読んでいただきたいです。

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2008年11月10日 (月)

問われれば頭が活性化する

 私たちはいつになっても頭がしっかりし、物事をきちんと考えられるようでありたいものです。

 私の存じ上げてる世界史の先生がある高校へ異動となり、心機一転、新たな気持ちで授業を始めたら、早速、生徒が彼に質問したそうです。「新任教師の教科の実力はどれ程であるか」難関大学の入試問題を持ち出し、教師の実力を試す伝統があるようです。しかし、ここには教師の【プロとしての実力】が問われてることも事実です。

 いいかどうかは別として、難関大学をめざす一流高校の生徒だからこそ、「新任教師の教科指導が信頼できるかどうか」知ろうとするのでしょう。

 教員は生徒の実力を上げるため、教科内容で火花が飛ぶほどの高度な授業が理想といわれます。

 このようなことはすべての高校ではなく、進学校ならではのことと思われます。その先生は【自分の教科について絶対の自信】を持ち、赴任したのですが、あまりにも高度な質問なので、何と即座に答えられなかったとのことです。私はこの話を直接その先生から聞きました。

 しかし、先生も立派で流石。優れた質問なので「確実な答えを提供したい」と答えについては次の時間に丁寧に説明したとのことです。実は生徒は教科について確実で高度な実力を教師に望んでいるのです。

 私はこのとき、「どの職業にも似たようなことがあるのではないか」と思いました。仕事に従事し数年もすると、ややもして自分はこの道のプロで「商売上の知識については、客より上と思い込んでしまい」常にありきたりの説明で済ませるようなことがあるかもしれません。仕事は生きてるものですから、進取の気持ちが不足してはなりません。

 上記の学校と同様で、客(生徒)というのは売り手(教師)より、真剣な面があります。それは代価を払い、本物を求めてます。客の中にはその商品を他店ですでに深く研究してる人もいるでしょうし、思いの他、いろいろの体験をもとに質問する人もいるでしょう。

 ですから、売り手はいつも代わり映えない説明で、慣れで客に接してる習慣があってはなりません。恐いのは上司でなく、本当は客と思うのが正しいと思います。客の要望や気持ちをしっかり捉え、また、【どんな質問にも対応できる変貌】が肝心で、仕事は客から学ぶという基本姿勢が頭に入ってるかどうかです。

 学校においては「先生が生徒に勉強や社会常識を教えること」が根幹であっても、教師も生徒から学ぶ気持ちが大切で、多角的に研鑚を積み、教育上、どんな事例にも対応できる力が求められます。

  これらのことを考えると私たちは日常生活で「問われることが頭の活性化につながる」と言えそうです。何気なくする勉強では試験が終わると忘れてしまいます。しかし、人に質問された勉強こそ、身につく深さが違うのではないでしょうか。

 例えば、ある人に「月は何故、同じ表面のみ地球に向けてるのか」と問われたら、真剣に考え、答えが分かればもう忘れないでしょう。

 音楽ではジャンルにかかわらず、昔から何故、【ミファ】と【シド】の間が半音なのか。不思議なことはたくさんあります。何事も問われれば何故か考えますね。

 政治家が冴えてるのは、反対意見の人の質問に対処する手法を持つからでしょう。政治家は年齢がかさんでも頭脳明晰です。

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2008年11月 8日 (土)

2009年、世界経済は一層厳しいか

 今年の9月中旬から10月下旬にかけての日経平均株価は予想をはるかに超えた下落です。昨年2~3月に端を発し、6月頃、表面化した米国サブプライムローンは、日本の金融機関でも深刻な問題とは受け止められなかったようで、じきに回復かとの静観だったのでしょう。

 しかし、1ドル=122円ほどの円安になっても、有利の筈の投資信託価格が上昇するどころか停滞し続け、次第に下降が始まり、多くの人は何かおかしいと感じとっていました。今になってみると、それは思いのほか大きな問題だったのです。そして、ついに来た大激震。これは、もうしばらく治まりそうにありません。

 というのはDJIA=the Dow-Jones Industrial Average=ダウ平均株価はNASDAQと共に日本時間の朝5時に終値が表示され、私は1日遅れの日経平均株価及び為替レートとともに一覧表を作り、関連性を把握するようにしています。

 そして、午後7時過ぎに発表される投資信託の基準価格との相関関係、及び公式による現評価額を日誌のように記録してます。

 現在のような状況になると、当時、投資信託購入について勧誘に乗ってしまったことが悔やまれますが、過去には戻れません。また、現評価額では売却できません。リスクとリターンではどうしても後者の方の説明が耳に入ります。遅きに失した感がありますが、サブプライムローン以後、販売時にリスクをパンフレットの表紙に大きく掲げるように改正されました。

 客の多くは年配者で金融商品の購入に慣れてなく、本格的に経済を勉強した人は少なく多分、経済に疎い方が多いと感じます。昔と違って子供に頼れず、高齢になって少しでも収入があればとの思いを金融機関に託してるのです。

 金融商品は価格が目減りするという意味も分からないかもしれません。それより分配金が入るという言葉のみに魅力を感じてしまうでしょう。分配金と評価額は「相反する関係」にあると言ってもいいです。分配金が入っても、それよりずっと評価額は減ります。

 さて、タイトルの今後の見通しについて、輸出入に依存する日本経済は世界経済と切り離して考えることは決してありえません。日本が真夜中であっても、ひと時の休みもなく刻々と変化する為替レート。インターネットにより一瞬して世界各国の株価が表示され、米国はもちろん日経平均株価は午後になって上海などアジアの株価に左右されてる実態があります。つまり、世界経済は地球の自転と共に常に休みなく推移してます。

 各国のグラフによる推移をみると、新興国で、今後、上昇する可能性があるといわれる商品でも、私の予想ではそれは甚だ難しいといわざるをえません。どちらかと言うと下降傾向です。

 グローバルな世界経済にあって、すべての先進国が悪くなる中、例えばbricsといわれるemerging nations=新興国が独自に好調を維持できることなど果たしてありうるでしょうか。これらの国々は今でも相当厳しいと考えられます。世界経済はL字型でしばらく推移し、2009年の景気は今年より後退する可能性が大と見ています。

 広く経済を見渡すとき、国全体の金融資産とGDP=Gross Domestic Product=国内総生産がほとんど同額であれば、問題ないでしょうが、現在のように金融資産の方がはるかに大きい場合は、GDPの中から配当が支払われることになり、予想を覆し、リターンは下がるのではないでしょうか。きっと、経済の開花はずっと先になるでしょう。それまで元気でいましょう。

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2008年11月 6日 (木)

朝4時半に起床、レース鳩の訓練に挑む

    レース鳩を飼育してこのかた半世紀。小学生のときから学校へ行く前に、餌と水をやり、日曜日には自転車に鳩を積んで隣町から放すことに喜びを感じてました。時には、鳩が家とは逆の方向へ飛んで行ってしまい諦めざるを得ない心境、鳩に対して悪いことをしてしまったと子供ながらに反省したものです。しかし、家に帰ってみると鳩たちは何もなかったような顔で先に着いてました。幼かった日の驚きが忘れられません。

 それ以来、鳩の帰巣性に神秘を抱く少年は、人生のほとんどをレース鳩とともに明け暮れています。鳩が大好きであった小学生のときの気持ちと、現在のレース鳩に対する心境に何ら変わることはありません。今でもレース鳩の帰巣性には畏敬の念を持ち続けています。

 昨日は朝4時半に起床。放射冷却で11月の夜明け前は冷え、上空は満天の星。オリオン座や冬の大三角形が暗黒の宇宙に輝いてます。

 これは千歳一遇のチャンスとばかり、早速、鳩舎に行き、暗いうちに選手鳩すべてを放鳩籠に詰め込みました。暗くて鳩は逃げられず、すぐに掴まります。

 鳩を籠に詰めて車に積むには体力が要ります。鳩を入れた籠の目方は15㌔ほどでしょう。それを6籠、鳩舎の二階から下ろし車に積むのはいい運動です。近所の方々は安眠中、音を立てるわけにいかず、抜き足差し足です。

  出発は5時30分。訓練距離は約12キロ。一人暮らしのため見送ってくれる人はいません。【涙】

 途中、いつものようにコンビニで温かい飲物とサンドイッチなど現地で食べる朝食をゲット。レース鳩を積んだ車は日の出前の暗い道を一路、赤城山南面に向かいます。上り坂であってもホンダアクティー四駆は機動力を発揮、鳩友「はとさん宅」の北東に位置する広大な田んぼに到着。日の出前は寒く、辺りはまだ薄暗い。

 放鳩籠を8個並べ、ラジオを聴きながら早速、温かい朝食。鳩を放すまでの時間は結構楽しいものです。

 心の中で、あの人はまだ眠ってるかな、と想いを巡らしたり、こんなのどかな場所で、ゆとりある時間を味わわせて上げたいなどと思ったりします。帰宅時間が9~10時の仕事からたまには解放させてあげたい。   

 そんな空想に浸っていると、突如、野良猫の登場。籠の方を狙ってるのです。車から飛び出て追払いました。しかし、暫らくすると魔物はまた来ました。仕方なく今度は石を投げて威嚇。大空では天敵・猛禽類に狙われ、地上では猫に狙われるレース鳩の宿命か。人間が守ってやれるのは猫に対してだけです。

 いよいよ放鳩予定の6時半。一斉に籠の出口を開きました。一度経験してるため今度はすべてが籠から飛び立ちました。もの凄い羽音を立てながら舞い上がり、集団となって紺碧の空へ吸い込まれます。

 この瞬間が最も不思議です。もうすでに方向判定してるようで、旋回らしいことはしません。籠にいる間に方向判定を済ませたようです。私の家の方向である西南の空へ向かいます。何と素晴らしい本能でしょう。

 私たち人間は見知らぬ土地へ連れて行かれれば帰れません。レース鳩は北海道へ連れて行かれても、自力で津軽海峡を飛び越え、その日のうちに群馬まで帰還する能力に感嘆この上もありません。帰巣本能は人間よりはるかに優れ、レース鳩を飼育する喜びはここにあります。

 昨日の訓練は2回目であってか、鳩たちは私より先に到着してました。屋根で羽を休める鳩たちは「遅かったね」という顔をして私の帰りを迎えてくれました。

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2008年11月 4日 (火)

選抜されるか!高崎商業、前橋商業

 地元・群馬県では高商(たかしょう)、前商(まえしょう)と呼ばれる2校の「センバツ大会」出場が有力になってます。昨日行なわれた秋季関東大会で両校がベスト4に勝ち進みました。例年の出場枠を考えると、関東大会の4強が選ばれる可能性は大いにあります。

 同じ県から2校の出場は珍しく、もし、両校が選抜されれば群馬県では1978年に前橋高校と桐生高校が出場して以来の快挙になります。夏の大会では1県1校なので有りえないことがセンバツでは起こりそうです。

 高崎城南球場で仕事をし群馬各校の選手をつぶさに観察している私の友人の話では、高崎商業の投手は近年稀に見る好投手とのことです。なるほどあれあれという間に県大会優勝し、関東大会でもすでに2勝しました。

 一方、前橋商業も監督の信頼に応えた1年生投手が大活躍です。打撃はもちろんのこと、投手が優れていることは負けない野球に通じることでしょう。

 ところで、前橋商業の監督は高校時代に高崎商業の選手として甲子園を経験、前橋商業の監督になっても甲子園を経験されてます。このため、もし、両校がセンバツ大会に選ばれれば、最も嬉しいのは前橋商業の監督かもしれません。私は昔から彼の母上を存じ上げてます。選手時代、また、監督になっても常に息子さんの試合に駆けつけておられます。

 一方、同様に高崎商業の監督は前橋商業ご出身で選手時代は主将であった。このため両校の現役選手から見ればライバル校の監督は大先輩だ。こんな奇跡とも思われる関係はないでしょう。甲子園出場になれば大きな話題になりそうです。

 私が思うに、両監督の胸のうちは、母校はあくまで心の故郷。しかし、現任校が甲子園で勝利することこそ最大の目標としてる筈だ。甲子園出場が決まった後の両監督の夢は互いに勝ち進み、両校が夢舞台で対戦することかもしれない。

 その時の心境はどんなだろう。きっと、母校の勝利については心で祈り、監督としては現任校の勝利のため最大の努力を払うと思う。こんなことは両監督にとって人生の夢のようなことであろう。稀にみる母校と競える夢舞台は近づきつつある。

  ご存知の通り、夏の地方大会ではどのチームも大応援団は欠かせないもの。しかし、同じ甲子園に通じる大会であっても、秋季大会の応援は地味といわざるを得ません。これは前者が夏休みのこともあり、動員しやすいことがあるでしょう。しかし、甲子園につながるという点では全く同じですから、しっかり応援したいものです。

 その点、高崎商業吹奏楽部は今回、神奈川県まで駆けつけ65名がスタンドの応援をリード。しかも、前日には群馬音楽センターにおいて、部創立50周年の記念すべき定期演奏会を終えたばかり。

 定期演奏会が終了することは3年生にとって部の卒業式のようなもの。それにもかかわらず、翌日は全員で野球応援に駆けつける姿には学校全体の団結力や学校の指導体制がすばらしく、教育として目を見張るみのがあります。

 センバツ大会の出場校を決める選考会は来年1月23日。両校の今後の試合内容や、野球部生徒のみならず学校全体も評価され、総合的に選考されると考えられます。

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2008年11月 2日 (日)

人は生きてるだけで価値がある

Asamanidoage【危険な活火山の浅間山・・・1783年に鎌原村を埋没させた】

 私には好きなことの一つとして山登りがあります。しかし、鉄則を守ってます。それは同行者が山岳のベテランであるということです。一人では行きません。幸いにも、私の家の前に住む方は日本百名山を完登された庭師のOさんです。また、高校で山岳部の顧問をされてたサムュエル・トッドさんは山岳経験豊かな方です。山に行くときはご一緒を願ってます。

 というのは私の知人で「鉄道で行く山登り」など山岳の本を著してるTさんでさえも、最近、西群馬の山で遭難し帰らぬ人となりました。我が倉賀野町の方で、若いときから車を使わず電車で麓まで行き登頂する主義の方でした。多くの山々を知り尽くしているプロでもこのようなことがあります。

 また、赤城山の麓で登山塾を開講していた一流のアルピニストも最近ヒマラヤで遭難しました。このような現実を知ると、山はこの上なく美しく魅力を誇るけれど、それとは裏腹に人間の命を奪う危険性が潜んでます。特に、挑戦するような登山になるとリスクは増大します。

 今や、中高年による登山ブームです。しかも、どの山に行っても元気のいい女性の多さに驚きます。概して半分から3分の2が女性でしょう。最近、私が登った四阿山(あずまやさん)や、先日登った尾瀬の至仏山でも女性が多ったです。中高年の男性はどこへ行ったのでしょう。

 その結果、女性に滑落事故や遭難が増えてきたようです。先月末には群馬の西部に位置する立岩(1265m)で滑落事故が起き、茨城県の女性が亡くなりました。皇海山(すかいさん)でも女性が遭難しました。最近では日没時間も早まり、滑り落ちたり、道に迷うと、その日のうちの救出は困難になります。

 ご存知の通り、群馬には魔の谷川岳があり、ここではすでに1000名程の遭難者が出ています。山での遭難事故を未然に防ぐには、特に寒さ対策、雨合羽、豊富な食料、エネルギーとなる甘い物など、事前の準備を徹底しなければなりません。まず、実力に合った山を選ぶべきでしょう。

  どんなに山が魅力であっても【生きてることほど価値あることはありません。】

 ところで、先日、至仏山の山頂からの帰路、比較的山頂に近いところで、一人の女性が登山道で逆さまの格好で頭から血を流し倒れてるのです。倒れて間もない時間と思われ、私たちは遭遇しました。ご自身パニックのようで口も利けない状態です。近くを通りかけた人たちで協力し介抱しました。

 本当に幸いにも、そばを通りかかった登山者の中に女性の看護師さんがいて、応急処置を施せましたが、もし、周りに他の登山客がいなかったら出血も多く、どうにもならなかったと思います。頭をストッキングで包んでもらった彼女は看護師さんに抱えられて麓まで2時間ほど歩き頑張りました。

 山は素晴らしいけれど、それを堪能するには肉体の安全を最優先にしなくてはならないと再認識しました。

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