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2009年10月16日 (金)

大間々の高台から距離25Kの個人訓練

 4日ほど前、来春用の鳩について12Kを訓練したばかりですが、すぐ帰還したので鳩たちに疲労は見られず、今回、距離を2倍に伸ばし、有名な渡良瀬渓谷の始点である大間々町近くの山頂から個人訓練しました。写真の通り、ここは下方に見える街並みより200mほどの高台です。

 この高台は周囲が広がり景色が良く、放鳩地として私のお気に入りです。今までここから20回ほど個人訓練をしましたが、猛禽類の出没は一度もありません。また、他の鳩舎の訓練と出会ったこともない秘密の場所です。急斜面の細い道を登るには4輪駆動のアクティーバンが活躍、大自然の中で放鳩時刻まで鳩との時間を持ちました。

 最近では薄暗くなった5時に家を出発し現地へ到着したのは6時。山を登る途中は横揺れで多少疲れていると考え、休憩させなくてはなりません。6個の籠を帰還地方面に向けて並べました。放鳩予定時刻の6時30分までは鳩たちには休憩させ周囲の景色を良く見させておきました。 

 辺りは次第に明るくなり、上空は晴れていても早朝のためか、遠くの景色はもやがかかり、帰還地の倉賀野方面は見えません。今までの体験ではこのように上空が晴れていれば、方向判定にさほど問題はないと感じます。私はNHKのラジオを聞きながら写真を撮ったりして、冷えた空気に深まる秋を感じ放鳩まで待ちました。

 いよいよ6時30分。上空を見回しても猛禽類の姿は確認できません。ラジオ体操の音楽に合わせて70羽を一斉に放鳩。

 放鳩後の鳩たちにとって、見知らぬ土地での方向判定は頭を使う時間です。集団は左右にオーバーロールしながら西南の空を目指しているようです。不思議にも反対方向へ向う気配は全くありません。次第に高く舞い上がり、視界からどんどん小さくなります。

 落ちこぼれて単独飛行してる姿は1羽も見られません。猛禽類に対するレース鳩の習性でしょうか、集団は一つにまとまり、ますます小さくなって視界から消えました。私は籠を素早く終い、一路、我が家へ鳩との競争です。もちろん敵う筈はありません。

 鳩たちの到着は6時50分と予想してます。このようなとき、一人暮らしは誠に辛いもの。昔は鳩が到着するとすぐ、帰路についてる私にそれを知らせる携帯が鳴り、ホッとしたものです。

 最近はそれがなく、愛鳩を信じても無事に向かっているか、ひたすら気がかりで運転はどうしてもスピードが増しがちです。

 私が家に着いたのは8時近く。すでに鳩舎内に入ってるものや余裕で母屋の屋根で遊んでいるものも多かったです。見たところ疲れてる様子はありません。

 今後は暫くして群馬で有名な「黒井峯遺跡」からの訓練を予定してます。ここは6世紀に起きた榛名山系・二ツ岳による噴火で今でも1つの集落が埋没してるところです。昔の人々は見晴らし最高の場所で生活していたものです。同じ群馬県に位置する浅間山近くの鎌原村と同様、ここも日本のポンペイです。

 標高約400メートル、距離は同じく25Kほどですが、ここは大間々とは方向が60°異なり北西に位置します。

 つまり、鳩舎位置と「黒井峯遺跡」そして今回の「大間々」を線で結ぶと1辺が25Kmの正三角形になります。レース鳩の訓練は同じ方向のみ距離を延ばすのではなく、高い位置から扇型に行うと方向判定の陶冶になると思っています。    

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