« 「好きにならずにはいられない」の原曲を Soprano Saxで演奏 | トップページ | 自覚症状のないうちがチャンス。 »

2009年10月 3日 (土)

八ッ場ダム建設中止に翻弄される地元の苦悩

 群馬県長野原町の住民の方々は、これまで57年間の長い年月、ダム建設か否かの苦悩と犠牲を余儀なくされてきました。ダム建設を前提とし、92年、国との協定書を締結し、代替地へ移転など生活再建に踏み出したところです。

 しかし、今回の政権交代により国から建設中止が表明され、地元の方々はまたもや先の見えない昨今に疲弊しています。

 昭和28年当初は、先祖伝来の慣れ親しんだ古里を水没から守るため、地域を挙げて激しい反対闘争を繰り広げていました。

 しかし、その後、地域住民も反対派、条件付き賛成派、中立派などと考え方が分裂し、親しかった近所の人間関係の悪化など、住民たちは外部には分からないところで、長いこと深刻に悩み続けてきたのです。

 近年、県による生活再建案提示などにより、反対運動は次第に下火になり、地元の方々は祖父母から両親そして自分たちと代々にわたって悩んだ挙句、【下流住民を洪水から守るため】断腸の思いでダム建設合意の判を押し、2001年には補償基準が決定し、水没地区340世帯のうち、現在では約260世帯の住民が故郷を離れ移転を始めているのです。

 地元住民の方々は「やっとのことで落ち着けると思った矢先」、突如として国から中止表明があり、またもや翻弄される気持ちに、やりきれない思いでいるのです。

 総事業費約4600憶円のうち約7割をすでに支出し、2015年の完成を目指し、ご覧の通り、本日もダム湖を横断する巨大な橋の工事が着々と行われています。

 長野原町に住む知人も、長年、翻弄され続けた苦難の日々の上、やっと建設が決定したのに、またもや今回の政府による中止表明。地元は今や賛成反対の次元でなく、早く落ち着いた平和な故郷を取り戻したい。行き先分からない状況に身のやり場がないと嘆いています。

 ところで、終戦まもなくの昭和22年9月に関東地方を中心に死者行方不明1930人を出した「カスリーン台風」が八ッ場ダム建設計画の起こりと言われます。 「カスリーン台風」は雨台風で群馬県でも死者592人と歴史的な被害となりました。

 これは明治43年8月の大洪水以来といわれます。鏑川の近くに住んでいた私の母は子供のとき、家に洪水が押し寄せ、親に手を引かれ一目散に本家に逃げたと生前良く話してました。この大洪水と時代が一致します。

 近年の地球温暖化に潜む危険性に人類は未経験です。大洪水をもたらす超大型台風が、1世紀に2~3度、日本列島を縦断することは大いにあり得ることで、それは近未来かもしれません。

 近年、利根川水系にいくつかのダムが完成し、下流の土手も昔とは比較にならぬ力を持つとはいえ、安心は保障できません。自然の猛威は時として人間の知恵を超えるものです。大自然の脅威を未然に防ぎ、孫子の命を守るのは国による先見性のみです。

 それにしても、新内閣ができてから1カ月以上も経過してるのに、未だ所信方針演説などが聞かれません。国会が開かれるのが遅すぎるのではないでしょうか。

|

« 「好きにならずにはいられない」の原曲を Soprano Saxで演奏 | トップページ | 自覚症状のないうちがチャンス。 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「好きにならずにはいられない」の原曲を Soprano Saxで演奏 | トップページ | 自覚症状のないうちがチャンス。 »