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2010年3月14日 (日)

Japan Times に載ったショパン生誕200年祭

Dscf0494  私の趣味の一つであるピアノについての記事が珍しくThe Japan Times Weeklyに載り、ショパンのフランス滞在時代を生誕200年祭に合わせ再現しています。

 1810年、ポーランドでフランス人を父にポーランド人を母として生まれたフレデリック・ショパンは20才まで祖国ポーランドで過ごしていましたが、当時のロシアに抑圧され、父の国フランスに移住、その後、18年間はパリの静かな通りに面したとある2階の部屋を定期的に訪れました。そこには友人や有名な芸術家たちも集まって彼のピアノを囲みながら聴き入りました。

 この家は現在、博物館になっていても殆ど人に知られずにあり、旅行者も気づかないようです。しかし、今年200年祭を迎え19世紀の偉大な音楽家ショパンが晩年を過ごしたサロンとして、写真のように当時の雰囲気が再現されています。このソファーで著名な芸術家たちがショパンの奏でるピアノを心行くまで堪能したのでしょう。

 ここには当時の友人ドラクロワなどの絵が飾られ、ショパンが弾いたピアノや彼の肖像画も展示されていると伝えてます。

 金曜日の夜は作曲家仲間であるリスト、ロッシーニー、ベルリオーズなど友人たち、そして彼の恋人で小説家であるジョルジュ・サンドもこのサロンに集まり、身近に音楽を味わう意気揚々とした往時が再現されています。しかし、ショパンは1849年39才に結核で亡くなりました。パリでの展示は7月11日まで催されてるようです。

 音楽とは本来このように比較的こじんまりした部屋で友人とともに心行くまで楽しく味わうものなのでしょう。ピアノが趣味である私はショパンの作品にすごく惹かれてます。それはショパンによってこの楽器の持つ味わいが極めて効果的に引き出されるからでしょう。ピアノの詩人と称される所以です。

 作品の中には120%の努力により手が届く作品と、遥か彼方に燦然と輝く作品があります。前者は日々の特訓で自分のものにできる可能性があります。しかし、後者は弾けなくても繰り返しの鑑賞により、いくらでも彼の真髄に迫ることができるでしょう。  現在、私は彼の「ノクターン遺作ハ短調」(写真)に挑戦してます。2ページの小曲ですが、特に2ページ目においては左右のリズムが合わせ難い曲です。これは彼独特の作曲技法の一つである右手と左手が数学的に合う方法でなく、右手の旋律が急緩しながら弾き終えるまでに、どうにかしてオクターブを超えた左手の分散和音を弾き終えなければなりません。

 要するに練習を始めるころは2人の自分が必要です。ところが人間とは良くできており、頭脳にのみ考える力、覚える力があるのではなさそうです。末端の指先は繰り返しの訓練により、脳とは別に、動きを覚え独自に弾きだすものです。このように左右が極めて独立するショパンの曲が弾けたときは奇跡のように感じます。

 それにしても、映画「戦場のピアニスト」で有名になり、既習の「遺作ノクターン嬰ハ短調」とともに、「遺作ノクターンハ短調」はなぜ私たちを虜にするのでしょう。作品に接するたびに「人生は短し芸術は長し」の感です。没後、遺作として日の目を見たのですからショパンが音楽で綴った遺書とも受け取れます。

 200年経過しても色褪せない芸術が尚も人々の胸を打ちます。ショパンの作品を日々私なりに味わいたい。

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