« 放鳩後、旋回せず真っすぐ倉賀野へ向かう。 | トップページ | 今朝、涼しいうちに2回目の訓練実施・・帰還良好 »

2010年8月18日 (水)

大空襲・火の海で貞治氏を背負い逃げた登美さん

 報道によるとプロ野球ソフトバンク王貞治会長の母・登美さんが 108歳で逝去されました。謹んでご冥福を祈ります。

 108歳というご長命には驚きとともに、健康管理の面からどのように生活されていたのでしょうか。教えをいただきたかったところですが、私の推測では息子さんの活躍に日々、目が離せない充実さが心の支えだったのではないでしょうか。

 写真は756号ホームラン世界新記録を樹立し、記念の盾を父・王仕福さんと母・登美さんに贈る当時の王選手です。

 こんな大記録を達成すれば、まず、外部から王選手へ、お祝いが贈られるとものと思われがちです。

 しかし、大記録樹立後すぐに行なわれたセレモニーで、王選手は今まで育ててくれたご両親へ「感謝の盾」を贈られたのです。何と親を大切に、親に感謝を忘れない人間・王貞治選手なのでしょう。

 プロ野球は青少年も憧れを持って日本中で観戦しています。こんなに素晴らしく教育的にも意味あることを見たことがありません。

 この写真は大変に素晴らしく、世界のホームラン王・王貞治選手の偉大さが誠によく滲み出ています。特に右手でお母様を支えられ、健康に産んでもらい、育てもらったご両親への感謝の気持ちに満ち満ちてます。

 この光景が球場内の大画面に映し出されると、756本のホームラン世界新記録を樹立した瞬間よりも、より大きな拍手が球場内に響き渡ったと当時のニュースは伝えています。

 その後、ご両親はベンチ前に並んだ巨人軍の選手一人一人に頭を下げお礼を申され、一人ひとりに握手をされたそうです。

 王選手はご両親に感謝し、ご両親はチームメートに感謝されました。きっと「チームの皆さんのお陰で記録が達成できました。」とお伝えしたかったのでしょう。ご両親が立派であることが源となり、王選手の大記録が誕生したのでしょう。

 タイトルのように昭和20年3月10日の東京大空襲の際、母・登美さんは4才の貞治氏を背負い、猛火の中を命からがら逃げたといいます。戦火から子どもを守る母の強さ、ご労苦が今日の王貞治氏に育て上げました。

 108歳で天寿を全うされたことと一致する不思議なことは、公式野球ボールには108の縫い目があると聞きます。王選手が打席に入るたびに、また、監督としての日々も、登美さんの人生は息子の活躍が喜びだったに違いありません。

 「感謝の心を忘れてはならない。」私は改めて母・登美さんと王貞治氏からから学びます。・・・合掌

|

« 放鳩後、旋回せず真っすぐ倉賀野へ向かう。 | トップページ | 今朝、涼しいうちに2回目の訓練実施・・帰還良好 »

長寿について」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 放鳩後、旋回せず真っすぐ倉賀野へ向かう。 | トップページ | 今朝、涼しいうちに2回目の訓練実施・・帰還良好 »