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2010年8月15日 (日)

放鳩後、旋回せず真っすぐ倉賀野へ向かう。

018  今月28日から連合会の訓練が栃木県足尾50キロを皮切りに始まります。当舎から秋レースに参加する鳩は今春3月、4月、5月に生まれた若鳩40羽です。しかし、今回の個人訓練では6月中旬に孵化した雛10羽もついでに持って行きました。鳩舎残留組はピーピーしてるものだけです。

 立秋を過ぎた日の出はすでに遅くなり、朝3時半の辺りはまだ闇夜です。そっと選手鳩鳩舎に入り、止まり木にいる鳩たちをさっさと捕まえ放鳩籠へ。レース鳩は暗い中では動かず、人間の方が視力があるようです。10分ほどで手際よく50羽捕まえました。

 それにしても、レース鳩飼育は体力がいるものです。特にレースの持寄りや訓練の時それを感じます。放鳩籠に10羽ずつ入れて、二階の鳩舎から階段を降り、放鳩車ホンダアクティーまで運ぶには鳩の入った籠は重たく、5回も登ったり降りたり、行ったり来たりで汗びっしょりです。早朝で近所に迷惑がかけぬよう、静かに作業しなくてはなりません。

 4時30分に家を出発。放鳩予定地は前橋七中の東に広がる広大な田んぼ。現地に5時前に着きました。辺りは薄暗く、車の中でラジオを聴きながら、明るくなるのを待ちました。

 写真のように5つの籠を並べ、車に揺られた身体を回復させたり、40分以上、籠の中で方向判定させることは一石二鳥と思います。6時を予定しましたが、調子がよさそうなので5時45分に放鳩しました。

 初めての訓練にしては籠から一斉に飛び出し、方向判定に迷いは見受けられず、旋回せず、倉賀野の当舎方面へ一直線です。1分半ほどで姿が見えなくなりました。飛び方も力強さが感じられます。

 最近、舎外では3階の窓から黒旗を上げなくても、遠征するようになってたので、調子がまあまあのようです。

 というのは、ビタミンを投与してるからかもしれません。今まで余り必要ないと思っていましたが、やはり、ビタミンは活動する動物には効果があるようで、選手鳩にはいいようです。私はミネビタンを使ってます。このまま、調子を維持してるようであれば鉱物資料に混ぜ、今後も与えようと思います。

 ところで、本日は終戦記念日。結果的に平和を願うかのごとく今朝レース鳩訓練ができました。先日行われました広島、長崎両市の平和記念式典をテレビで拝見しても、平和宣言後に数百羽のレース鳩が放されました。私たちの仲間がこれを行ってます。レース鳩が世界平和希求に役立つことほど嬉しいことはありません。

 北京に滞在してたときのこと、この様子が生中継されており、今でも心に焼きついてます。

 ところで、第2回目の訓練は2~3日後の天気の良い早朝、前橋東高校の東の田んぼ(15キロ)で行います。

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