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2010年9月16日 (木)

ものを思わする「秋の月」の季節が到来

 「光はいつも変らぬものを ことさら秋の月の影は などか人にものを思わする などか人にものを思わする ああ啼く虫も同じ心か ああ啼く虫も同じ心か 声の哀しき」

https://www.youtube.com/watch?v=_xO8cCkMjfE

 これは滝廉太郎作詞作曲・組曲「四季」から「秋の月」の歌詞です。名曲「荒城の月」はよく知られ、彼が月に大変心を奪われていたことが分かります。それにしても、この「秋の月」ほど歌詞と旋律が一体化してる音楽は少ないでしょう。

 テレビが普及した頃、滝廉太郎の妹さんがテレビに出演されました。当時90才ほどでした。「兄は月にことさら興味を抱き、月の音楽をよく作曲していた記憶があります」と述べておられました。月の表情は常に一定でないことに、おそらく神秘を感じていたのかもしれません。

 月は夕刻~深夜~明け方と、私たち人間の活動が一段落し、比較的一人でいるとき、じっくりその表情を見せます。月に心が集中するとき、亡き父母を思い出すことがあります。

 見かけ上、時間とともに東から西に移動しても、1日に約12度ずつ西から東へ移動し、満ち欠けに於いて、だんだん大きくなる時を上弦の月=waxing moonといい、公転してる地球の後からついて来ます。概して夕刻から見えます。

 一方、日に日に次第に小さくなる時を下弦の月=waning moonといい、十六夜(いざよい)の月=gibbus moonから公転してる地球の前に位置します。概して夜半から明け方に見えます。

 上弦の半月から満月になり、そして下弦の半月になる約2週間の期間に公転するスピードは考えられない程の速さです。地球の公転スピードは秒速30kmほどと考えられますが、それよりずっと速くなります。理由は地球の公転軌道上の外側を回り、地球を追い越すからです。

 それにもまして不思議なことは常に同じ面を地球側に向けてることでしょう。ほとんどの天体は自転してます。同様に月は自転しても地球に裏側を見せません。何故でしょう。

 この理由について私は「月の重心が中心になく、引っ張られてる地球側にずれてるから」と推測してます。このために、くるくる回れないのでしょう。でも、これが月のいいところです。月の見える面が変化したら、私たちの心は落ち着きません。常に一定の面を見せ、満ち欠けしています。芸術同様、統一(同じ面)と変化(満ち欠けや現れる時刻の違い)を保っています。

 しかし、日本で見える月面の模様とオーストラリアなど南半球で見える月面の模様は異なってます。例えば、東の空に満月が同時に見えても、上下がほとんど逆さまになるからです。

 同様に三日月=crescent moonでは、日本で見える輝いてる部分と南半球で見える輝いてる部分は左右が逆になります。例えば、日本では夕刻に右下が輝いていても、オーストラリアでは左下が輝きます。インドではお椀の舟のように下が輝きます。

 ところで、もうすぐ「仲秋の名月」。今年は9月22日です。どうしたことか、この日は永遠に仏滅です。来年も再来年も50年後も100年後も仏滅です。なぜでしょう。答えは簡単です。このブログのどこかに書きました。

 今年はお彼岸(秋分の日)の前夜祭として「仲秋の名月」=harvest moonが出ます。何とタイミングがいいのでしょう。しかし、よく見ると「仲秋の名月」は完全な円をしてません。少し歪んでます。満月は翌日です。なぜ、十五夜がまんま~るではないのでしょう。

※私の考える十五夜が満月でない理由は下記の通りです。

 旧暦は1ヶ月が30日の大の月、及び1ヶ月が29日の小の月に分かれます。秋に相当する7月は小の月、8月は大の月、9月は小の月になってます。仲秋は8月を指します。7月が小の月になっていますが、もし、7月を大の月にすれば、仲秋である8月は1日ずれて15日が文字通り十五夜になり、まんま~るの満月になります。

 一方、月が満月から次の満月になるまでに必要な時間は29.530589日です。これは29日と12時間44分です。このため、十五夜の月が東の空に上った時は少し欠けてても、時間の経過とともに丸くなります。深夜から未明に輝く天上の月はほとんど満月に近いです。

このため、今年は秋分の日が満月です。

 不思議なことですが、秋分の日から数えて丁度100日目が大みそかです。しかも、以前に書きましたが、除夜の鐘が鳴るとき、全天で最も明るいシリウスが真南に輝いてます。ぜひ、今年の大みそかの深夜0時にこのことを確認してくださいね。

 深夜0時にシリウス=Siriusが南中したとき1月1日が始まるのです。ですから、1月1日は天文学的にとても大きな意味があります。

 つまり、太陽とシリウスを線で結んだ所へ公転してる地球が差しかかった日を太古の人類は1月1日と決め、地球の1年のスタートラインにしました。秋の夜長は天体をしみじみ眺め、私たちも宇宙で漂ってることを実感しましょう。

 

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コメント

 人気記事、「秋の月」の記事は、月、暦にまつわるあまり知られざる興味深い話がたくさんあり、刺激的でした。旧暦にも大小の月があることは知っていましたが、新暦の大小の月とズレがあることは知りませんでした。
 表の面を見せ、満ち欠けしている月は統一(同じ面)と変化(満ち欠けや現れる時刻の違い)の均整美を保った芸術作品ですね。平安時代の人は、今日のように、月の裏側のことを知っていたのでしょうか。小野小町は後ろ向きの姿しか見せません。彼女こそ、月の裏半球の女王かもしれません!?

投稿: 嫦娥 | 2019年10月27日 (日) 09時23分

嫦娥さんへ・・・おはようございます。今朝7時から8時まで鏑川の土手を4Kウォーキングして来てから朝食でしたので、とても美味しかったです。
 秋の月についてのコメントを有難うございます。滝廉太郎作詞作曲による「秋の月」の音楽を本文の初めに掲載しましたのでお聴きください。

投稿: カッキー | 2019年10月27日 (日) 10時13分

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