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2011年9月15日 (木)

果てしない茨の道・・・build up my vocabulary

517  鉄床雲は英語でanvil cloud、あるいはincusと言い、典型的な姿を家の近くで撮影しました。 

 積乱雲はcumulonimbusで発音は「キューミュロウーニンバス」といい、「ニ」にアクセントがあります。どうしたことか、私はこの単語が覚え難く、いくら記憶しても忘れてしまいました。

 しかし、ラッキーなことに今年の夏は例年になく毎日のように積乱雲が出現し、その度に空を見ながらcumulonimbusを発音してみました。

462  おっ、また出たcumulonimbus has appeared.という風にです。この繰り返しでcumulonimbusが私に近づい来たようで、今では使えるようになりました。

 アメリカなどでは簡単にthunderheadという方が一般的のようで、これは覚えやすいです。夕立で雷がしているとき遠方からその雲を見ると、上は入道雲になってるので、まさに雷の頭thunderheadとは覚えやすい名称です。

 人間の記憶とは不思議なもので小さい時の記憶は忘れません。亡き母は小学校で教わった百人一首をすべて言えました。それは85才の頃です。当時小学生だった私の娘たちは自身も習ってるので驚いて、祖母を尊敬の眼差しだったです。

 記憶とは簡単に頭に入るものと、脳がなかなか受け付けないものがあります。私の場合、新たな英単語に出合ったとき「如何に自分と関係づけるか」が記憶の分かれ道のようです。

 英語の勉強法は千差万別で、どなたも、自分にあった学習法があるでしょう。私の場合、資格を取得することが目的ではありません。私の目的は「生活の中で言いたいことが口からすぐ出ること」と「見えたものはすべて英語で言いたい」ことです。

 ところで、今まで、多くの外国の方をホームステイとしで受け入れました。苦い体験として、パーティーなどで言いたいことがあっても口から出ないのです。困った日々が続きました。「これを英語では何と言うか?」で困った経験です。

 その時、思いついたことは、結局「生活としての英単語をあまり知らない」ことでした。そして、この苦い体験を通して、ある瞬間「一種の閃き」が脳裏をかすめ、私の勉強の方向が定まりました。記憶力が減退しつつある現在でも、それ以来、私の感じた方法で英語に接してます。

 下の単語ノートは左が日本語、右が英語表現です。英文を読んで出合った単語や熟語は右に書き、左がその日本語です。

 この方法で200ページの青い大学ノート13冊ですが、最近は一般的に行われてる左が英語、右を日本語にしています。それもすでに5冊ほどになり合計で35000語ほどです。しかし、覚えても覚えても、頭にに入らないというのが本当のところです。

 このため、どうしたら記憶力が高まるかは私の重大な関心ごとになってます。

 記憶の一方法には「脳をいかに柔軟にするか」もいいと思ってます。駄洒落OKです。

 例えば、当て字を使い、10月は悪塔婆とか、アメリカワニに会ったら、あら芸多(aligater)。有難うに似てます。今夜、流れ星meteor(見~ティア)とか、日時計は3台ある(sundial)とか、蝉のことを英語で知らなければ死刑だ(cicada)とか、骨粗鬆症は近未来に手の骨がポロポロになり、スカスカになって、明日手をポロ・スィスosteoporosisという風に手段は構わないです。脳に定着すればそれで万々歳です。

 記憶には、連想を大きく膨らませ、何度も声を出し、正しい位置のアクセント、子音の摩擦音、母音では、私たち日本人に難しい舌の位置を意識し、「身体と五感を総動員」させます。

 こんなことで記憶につながる最良の方法は音読と悟ってます。 それは同時に耳で聴いてるからです。しかも、単語は文章の中で覚えると格段に記憶しやすいと感じてます。

 時間帯では朝は脳が休んだ後なので今まで蓄積したことの復習に効果があるようです。このとき、意味と発音は折に触れ確認が大事で、継続していると思い出しやすくなります。

 Oh, cumulonimbus you see!英単語は声に出して身につけたい。

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