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2012年3月29日 (木)

自然散策には最高・碓氷峠の遊歩道「アプトの道」

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 文部省唱歌「もみじ」は高野辰之作詞、岡野貞一作曲です。高野辰之が長野県出身であることから、長野・群馬県境にある碓氷峠を通過する折、紅葉の見事さに感嘆し作詞したのでしょう。

 このように文部省唱歌「もみじ」は碓氷峠の紅葉をモデルとして作られたと伝えられます。歌詞と旋律が実によく一体化してる歌と感じます。

P1020136  これが有名な「めがね橋」です。レンガ造りのこの上を旧・信越線が走り、群馬県側の横川駅から長野県側の軽井沢駅まで高低差552メートルの急勾配を機関車が前3両で客車を牽引し、後ろから1両の機関車が押してたことが思い出されます。

P1020122  子供の頃、列車に乗ってこの碓氷峠を幾度か通りました。トンネル~鉄橋~トンネル~鉄橋の連続で、トンネルに入ると蒸気機関車の煙突から出てくる煤が目に入った懐かしい記憶が甦ります。

 現在は近くを長野新幹線が走り、と言っても、殆どトンネルを通過するので碓氷峠付近で新幹線の走る姿を見ることはできません。

 実は、取引銀行の支店長さんが最近、他県から高崎支店に着任されました。どうしたことか群馬県が気に入ったご様子で私に群馬県の推薦個所をよく尋ねられます。拙いブログもご覧になり、昨夏には掲載した川場村吉祥寺を見学されたとのことです。

 こんなことから支店長さんへ推薦の地を考えていたところ、今朝の地元紙に「アプトの道を歩こう」との記事が掲載され、すでに二度ここを訪れている私は、この遊歩道が四季折々お薦めと思いました。

220pxabt_rack_rail_02  写真は明治時代から昭和30年代まで、急勾配の碓氷峠を通過する列車のために使われたアプト式レールです。ご覧の凹凸したレールが車両の歯車と噛み合わさり、列車が滑ったり、後戻りしない構造です。子供の頃の記憶では、乗車してる間、下からカタカタと音が聞こえ、アプトのお陰で標高差ある碓氷峠を登り切ったのです。

 一方、このような難所は、えてして景色に見応えがあり、紅葉の季節は一層素晴らしく、前述の高野辰之が碓氷峠の美しさに感銘し「もみじ」を作詞したことが頷けます。

 ところで、地元の安中市がこの旧信越線の軌道敷を利用し、横川駅から「めがね橋」までを遊歩道として10年ほど前に開通させました。私は友人Samuel Toddさんと往復4Kほどを歩きましたが、元々鉄道の軌道なので勾配はずっと同じです。トンネル内を歩くことは平素、体験できないことで一般の野山の散策と異なリます。途中にあずまや風の休憩所が整備され、山奥の自然を心行くまで堪能できます。

P1010962 【地図は上毛新聞より】

 今回は「めがね橋」から更に標高が高くなる「旧・熊の平駅」まで、1.2キロ区間が開通し、遊歩道の総延長は6キロ。元来た道を戻れば今度は下りで楽です。しかし、往復12Kの散策はかなりの距離です。機関車が走った道はそれなりの覚悟が要るでしょう。ここが歩ければlocomotive syndromeとは縁が無いといえます。

 因みに英語で機関車のことをlocomotive(発音は老化もうティヴ)といいます。

P1020099  片道通過するトンネル数は合計10ヶ所で、橋は「めがね橋」より上に4ヶ所あり、転落防止の柵や、トンネル内に照明設備があります。

 「アプトの道」へのアクセスはJR信越線横川駅下車か、車の場合は「峠の湯」がお薦めです。また旧国道18号の旧・熊の平駅付近に駐車場が整備されました。できれば頑張って往復し、疲れた足腰を「峠の湯」で癒せば群馬の良さをいっそう認識できるのではないでしょうか。

P1020141  「峠の湯」の建物は山岳の国ネパールのカトマンズを彷彿させるものです。なお、開通は4月1日です。

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