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2012年4月19日 (木)

「アプトの道」開通により日の目を見た「殉難碑」

P1020084  碓氷峠にある群馬県側の遊歩道「アプトの道」 が延長され、春の一日を標高が高い「旧・熊の平駅」から出発し「めがね橋」まで往復歩いてみました。

 延長された区間は「めがね橋」(下の写真)から旧「熊の平駅」 間の約2Kです。

P1020136  この区間はトンネルが5ヶ所あり、殆どは50mから100mほどの短いものですが、めがね橋のすぐ西の第6トンネルは推定500mほど長さがあり、内部は戦前戦後の神秘的な雰囲気が漂い、散策としては長いですが、トンネル内は電灯があり心配いりません。

P1020099  トンネルを出るとすぐに沢を跨ぐカルパート=culvertと呼ばれる小さな橋があり、やはりレンガで出来てます。

P1020105  アプトの遊歩道は一定の勾配ですが、列車にしては急勾配ゆえ、歯車を使わなければ登れないことが認識できます。

 散策には丁度よい勾配で足腰の鍛錬に理想的で、しかも、山岳の景色付きです。この日は所々に桜がありましたが、4月中旬というのに標高が高いので蕾でした。四季折々の光景が楽しめることは間違いなく、秋の紅葉はひときわ魅力ある散策となるでしょう。

 若い頃、列車で軽井沢へ行く途中、「熊の平駅」に停車したことがありますが、下車したことはありません。今回、初めて「旧・熊の平駅」構内を散策し、駅周辺に当時の国鉄職員やその家族が暮らしていたことが分かりました。

 それは昭和25年6月9日、突如襲った山崩れにより一瞬にして、この方々50名の尊い命が奪われたことを後世に伝える殉難の碑の存在を知ったからです。山奥でアプト式鉄道を守った多くの職員とその家族が不運にも犠牲となりました。

 暫し、母子像を参拝しました。この碑は長い期間、一般の人々の目に入ることはなかったと想われ、遊歩道の完成によってやっと日の目を見ることになったと思います。今後は人々の注視を浴びることになり本当に良かったです。多くの人に訪れてもらいたいです。

P1020096  「アプトの道」遊歩道開通は殉難の存在を広く世間に伝えるでしょう。

P1020095 【クリックし拡大してお読みください。】 

P1020094  長い間、山奥に人知れず建つ母子像に涙です。小さかった多くのお子さんたちも生存していれば70才前後でしょう。

 今回、自然散策が目的で「アプトの道」遊歩道を散策しましたが、思いもよらぬ先達の不運の歴史を知りことになりました。日夜、一般乗客のため山奥で碓氷峠の鉄道を守った国鉄職員とその家族に衷心より哀悼の意を捧げます。

 P1020091  「旧・熊の平駅」構内に建立してるアプト開通の碑です。

P1020121  「めがね橋」の上で紹介されてる建設当時の貴重な写真です。線路の中央にアプトの歯が見えます。

 今回の散策ではレンガで出来てるトンネルの構造も観察できました。たまたま通りかかった他のグループを誘導されてた案内の方の説明によると、レンガの積み方には二種類あり、イギリス式とフランス式の両方が採用されてることが分かりました。強度を増すための工夫と想われます。

 それにしても、トンネル内を歩くことはとても良い体験で皆様にお薦めです。

 アクセスは車が便利で、下からJR信越線・横川駅に比較的近い「峠の湯駐車場」、「めがね橋駐車場」、そして標高の高い熊の平駅駐車場の利用が便利です。

P1020106 【カーブし、クリックすると臨場感が出ます。】

 道は歩きやすく地元・安中市によって整備されてます。私は標高の高い方から下へ歩き始め途中の「めがね橋」まで、往復約3Kを歩きました。トンネルから抜け出ると解放感があり、非常に変化に富んでます。近くには国道の旧道が走っており、何かと安全です。上から道路を見ると蛇行してます。

P1020126  この遊歩道を整備して下さった方々、そして、山崩れで家族ともども殉難された方々のことを思い帰路につきました。

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