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2013年1月

2013年1月31日 (木)

ブログ記事1000件達成・・・発見と驚きをテーマに

P1020451【日本最北の地・稚内から群馬高崎へ帰還したモザイク号♂】

 2007年1月に始めたブログ発信が今回で1000回目になりました。ここまで続けられてきたのは皆様からアクセスを頂いてることが大きな励みとなってるからです。無い頭を絞って天体などを含め、森羅万象の動きに反応したり、日々の生活における「新たな発見」と「驚き」をテーマにして文章を書くようになりました。

P1030355  このブログのタイトルがPersimmon Marsh Loftと示す通り、これは日本語で柿沼鳩舎です。本来はレース鳩を飼育する喜びについて立ち上げました。日々、レース鳩の効果的な管理法を求め、それは、いかにして「遠方から帰還させるか」、いかにして「速いスピードを引き出すか」について、試行錯誤による研究と実践をテーマにしてます。

 しかし、実際は迷いの連続や失敗の繰り返りであっても、半世紀以上にわたり目的達成に至る一筋の光を追い求めています。それは1000K優勝です。

 一方、レース鳩以外でも、出来る限り人々との人間的なつながりについてや、日々の生活に起こる事象、特に自然や芸術に目をやったり、親子間で起こる悩みとその解決法、ボランティア活動など社会との関わり、何よりも健康生活への取り組みもテーマにしてます。

 そのなかで、加齢とともに陥りやすいことは心の柔軟性の欠如と考えてます。私が最も重視することは、この「柔軟性をいかに維持するか」です。これは昨今、叫ばれてるAnti-agingともいえるでしょう。

 超高齢化社会を生き抜くには「頭の柔軟性」がいかに大切であるかです。他の考えを受け入れない頑なな生き方はマイナス要因になると思います。

 要するに、柔軟性とは日々の生活のなかで「新たな発見と驚き」がポイントであり、言葉を変えれば「柔軟性とは子ども心を失わない」ことではないでしょうか。

 こんなことから、昨春5月、飼育してるレース鳩「モザイク号」が北海道・稚内から帰還した瞬間ほど驚き、そして感銘したことはありませんでした。半世紀以上レース鳩と共にある生活の中で、帰還した姿に「よく帰って来た。」と涙が出たのは初めての体験でした。

 たかがレース鳩、されどレース鳩です。私にとって、優秀なレース鳩を誕生させることは「生き生きワクワクする根源」となり、次への期待につながるものです。

Dscf6847 【赤城山・長七郎山頂から眺める関東平野】

 これからの時代は、どなたも避けられない超高齢化社会の一員です。この中にあって心身の健康は絶対的なものです。

 健康の基本について、私は「充分な朝食」と「週に一度の発汗」がポイントと考えてます。

 昔から腹八分と言われますが、これは平均した数値です。特に、現在の飽食の時代にあっては厳守すべきことです。三度の食事はそれぞれ同じ量でなく、朝食は腹九分、昼食は腹七分、夕食は腹八分で、平均して八分となることが良いと思われます。夕食を食べ過ぎたり、夜遅い食事は翌朝お腹がすかず、悪循環に陥ります。食事は適切な時間に、適切な量を習慣化したいものです。

 今後も健康法については食事の方法のみならず、対極的な要因であるスポーツについて適度に汗をかくことが循環器によいと考え、実践しつつ記事にしたいと思います。

Dscf0471  私の本職は高校音楽教員だったことから、音楽は「発見と驚き」に結びつきやすく、ピアノは続けてます。青春時代に音楽の道を勧めてくださった今は亡きH先生に感謝してます。恩師が高崎高校で私が前橋高校となり、これは青春時代には想像つかない驚きでした。

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2013年1月28日 (月)

芯から温まる「やすらぎの湯」・・・お湯はこげ茶色

P1030352  暫くぶりにAudi TT Quattroを走らせ、高前バイパスから最近開通した斜め左に折れる高渋線に入り、完成して間もない走行しやすい道路を一路「イオンモール高崎」方面をめざしました。路面は良く振動はありません。この道路はすでに榛名山の中腹へ向かうかの如く、ぐんぐん上ります。

Dscf0049  イオンモールを過ぎて5分ほどで 群馬温泉「やすらぎの湯」です。駐車場は広く駐車しやすいです。中に入るや福沢一郎画伯の大きな絵に圧倒されます。原始時代の男女の姿が描かれてます。

P1030351  この温泉は榛名山を挟んで、日本の名湯「伊香保温泉」と対称的な位置関係にあり、伊香保温泉に似て湯の色はこげ茶色をしてます。

 ところで、榛名山の二ッ岳が6世紀ごろ大噴火した形跡は黒井峯遺跡をはじめとして、周辺に爪痕を残してます。以前に頂上へ登りましたが、この峰は榛名山の他の峰とは少し様相が異なり、頂上までの登山道は大きな岩がゴロゴロしてます。一般的に緩やかな榛名山系より男性的な佇まいです。

 二ッ岳による噴火の影響により、伊香保温泉をはじめとして周囲に温泉が湧くと考えられ、マグマは比較的近くまで来ていると推測できます。

P1030346  イオンモール高崎の屋上から撮った榛名山です。概して東側の峰々です。見かけ上、左の最も高い峰が相馬山で、今の時季、頂上から富士山が見えます。そして、最も右が眺望に優れる水沢山です。

 二ッ岳は中央の峰で雄岳と雌岳に分かれますが、もう一つあります。それは孫岳と聞いたことがあります。二ッ岳は地球規模として比較的、最近噴火してることもあり、現在、榛名山は休火山に分類されてます。

 P1020904  多分、人類も存在してない大昔は中央のカルデラ湖である榛名湖や、コニーデの特徴を表わす榛名富士の存在、そしてスルス岩などの景観を見ると、榛名山全体が大噴火をしていたことがで想像できます。

Dscf0245  こんな光景を見ると、一概に我が群馬県は自然災害の少ない所とは言えない気がします。津波がなく、洪水の心配は少なくても、遠い未来は現在・活火山である浅間山や白根山による大噴火の可能性がないとは言えません。

P1030350   イオンモールの屋上からは上州の山々が迫ってきます。赤城山の三角形のような山が鈴ヶ岳です。山頂付近は雪に覆われ寒々してます。赤城山には大沼・小沼があり、今は全面氷結しています。私は以前に正月登山で小沼の氷上を歩いたことがあります。

 「やすらぎの湯」はとても温まるのが特徴です。温泉の成分が作用するのでしょう。お薦めです。

P1030353  ところで、このブログは開設以来、今回で記事数が999件になりました。次回の更新日・1月31日には1000件になるので、これを一つの節目として今後も続けます。どうぞアクセスとコメントをお願い致します。

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2013年1月24日 (木)

今後は英作文に力を入れたい・・・発想の転換

P1030290 【南天】

 英語が身に付きどんどん話せるには、学習方法をどう工夫すれば効果があるでしょう。

 これは私たちにとって若いときからの課題であり、日本のみならず、英語圏以外の多くの人々も学び方を工夫してるようです。

 最近CMで流れる「英語のシャワーを浴びるだけで、ある日、突然話せるようになる」ほど英語は簡単なものではないでしょう。

 英語は、先ず【語彙と発音、そして文法】が土台になると思います。相手に意味が正確に伝わるために文法は大切です。

 英語の領域には「受信」と「発信」があり、受信の中に聞くこと、読むことがあり、発信の中に話すこと、書くことがあります。

 日本の英語学習では長い期間、読むことが中心でしたが、最近の教育は入試でも分かるように聞くことにも重点が置かれてます。このため受信型といえるでしょう。

 しかし、それとは反対に、論理的に話したり、書いたりする能力を培うには発信型の学習が不可欠と考えられます。

 自らの考えを述べる発信型を教育に取り入れれば、英語能力は飛躍的に伸びるのではないかと思います。

P1030337 【アセビの蕾】

 ところで、若き日、度々英文で手紙を書くことがありました。このとき、ふと気づいたのです。それは「自らの意志を英文で書くことは会話力につながるのではないか」ということです。英作文と話すことは手段は異なっても意志を伝えることは同じです。また、日本語でもそうですが、手紙に書く文は話し言葉に似てます。

 私は学生時代、英語を話せるようになるには「基本的な英文をたくさん覚えるべきか」とアメリカ人教師に尋ねたことがあります。そのとき、彼は【英語は使ってこそ身に付くもの】と話してくれました。しかし、現実に日常生活で英語を使う機会はほとんどありませんでした。

 その後、よく考えた末、先生の話された「使ってこそ」というのは、必ずしも「話すだけではないのではないか」と受け取りました。目の前に外国人がいなくても方法はありそうです。

 それは英作文こそ「使って身に付くこと」につながるのではないかと悟ってます。もちろん、学生時代に英作文を学びましたが、当時は作問者がつくった日本文を英文にするもので、自らの意志を英文にするものではありませんでした。

P1030338 【白梅枝垂れの蕾】

 こんなことから、最近では、昔のように問題を解く英作文でなく、その内容は【自分がある事象に対して感じたこと、自分が考えついたこと、自分が今、言いたいことなどを英文にする】ことが大切であり、これは極めて英会話に似てる実践ではないかと思ってます。

 このブログは翻訳機能つきですが、あくまで機械が変換します。しかし、最近行なってるフェイスブックは瞬時に海外に繋がるので、これをチャンスに英文での発信も挑戦し始めてます。

 感想としては実践英語になり、それは世界の中で読む人がいるので意味が伝わるかどうかが肝心です。当面、フェイスブックは日本語と、可能な限り英文で発信しようと思ってます。瞬時に世界につながってるフェイスブックです。英語が生き物になります。

 フェイスブック利用者の約98%は日本人以外であることから世界の人に日本を紹介するには有意義で、これは英作文を鍛えるチャンスです。

P1030077  ところで、韓国では国内に約30か所の英語村があるといわれ、村内には銀行や病院といった日常生活で訪れる所を模し、一日中、英語で生活する環境作りです。日本からも子供たちが夏休みなどを利用して、韓国で英語村体験をしていると伝えられます。

 日本でも、英語で生活できる村がほしいものです。各都道府県に公立の英語村が一か所あればいいですね。私が子供の頃、こんな施設があったら今ごろ英語で苦労してないでしょう。  

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2013年1月21日 (月)

レース帰還後の1週間は回復に専念する

Dscf0199 【第一陣が鳩舎上空に飛来・・・Click please!】

 1月下旬になれば多くの地区で100キロ訓練が行なわれ、特に秋レースに参加してない若鳩にとっては初めて本格的な合同訓練、あるいはレースとなり、100Kが最初に通過すべき厳しい関門と考えられます。大羽数のコンテナに詰められただけでストレスになるでしょう。

 季節は大寒の最中です。コンテナ内の冷たい金網の床に12時間も二本足で立ったまま、しかも、揺れ続くトラックで輸送され、鳩同士が接触し睡眠は皆無。そして、現地に到着し、日の出前は最低気温であり、折角、蓄積したエネルギーも寒さと揺れによる疲労で消費し、現地に着いてから放鳩までは充分に休息させる配慮が必要です。

 放鳩地ではコンテナの飛び出し口をできるだけ帰還地方向に向け、放鳩のタイミングは太陽が昇りコンテナ内がある程度・暖まって、鳩の状態が上がってからとなり、それは鳴き声や活発な動きで判断できます。

681  放鳩場所は猛禽対策として、近くに山が迫ってなく、森や高い木々、送電塔がなく、その他・障害物がなく、見晴らしのきく平原がいいと考えられます。

 しかし、放鳩場所を探すのは暗いうちに行ないます。場所が確定したら放鳩までエンジンを停止して待機します。運転手と放鳩者は暖房が使えず、これが辛いです。もちろん、大切なレーサーが有毒な排気ガスを吸わないためです。

 放鳩のタイミングは日の出後30~40分以上経過して、太陽が地平線からかなり高くなり、【鳩が飛びたくて待ちきれない様子】がポイントでしょう。

 帰還地の責任者に天候と予定時刻を連絡し、もう一度、猛禽の危険がないことを確認してからコンテナのハンドルを徐々に引きます。扉は少しずつ開け、前列にいた鳩が扉の網を登って飛び出すようにします。

 一度にすべて開けると下から飛び出した鳩が上の鳩の風圧により地面に落ちるので、下の方を先に開け、その後、残りを開けます。このとき、羽の粉や埃が舞い上がるので放鳩者はマスクが要ります。

P1030335 ところで、タイトルである帰還後の手当てについて、当日帰り、翌日帰り、短距離では3日目帰りもあり、【酷使した体力の回復に努め、回復から次第に次のレースに向けたコンディション作り】が飼育者の腕の見せどころと思ってます。

 私のレース成績はあまり芳しくありませんが、昨春、モザイク号をもって稚内グランドを帰すことができたのは700K帰還後、持寄りまで一つの工夫をしました。

P1030064 それはモザイク号♂【写真】がいつもいる止り木近くに分離式巣箱を取り付けました。

 出来上がって私がそこを離れたら、モザイクはすぐに飛び込み気に入ったらしいです。こんなことから【レース鳩にとっては、いつもいる場所が大切】なのでしょう。

 そして、持寄り日が抱卵10日目になるよう逆算した日に、お気に入りの♀を片方の部屋に入れてやりました。

P1020067  このような長距離でなく、一般のレースでも【前のレースから次のレースまでの2週間の持っていき方】は、先ず、前レースで帰還後、呼吸器と腸内の殺菌が不可避と考えます。帰還時に普通の水は飲ませません。

 【帰還したときから次のレースの調整が始まってます。】

 コンテナ内は多くの鳩と嘴を通して接触し、中距離になれば宿泊を伴い、現地で餌と水が与えられます。

 ややもすると、実際には上段から下段へ、水や溜まった糞、ゴミが落ちたりで、特に飲水が不衛生になりやすく、しかし、それを飲まざるをえません。

 金曜持寄り、日曜放鳩の場合は36時間も閉じ込められ、最悪の場合、コンテナ内は病原菌の巣となる可能性が潜んでます。

P1020320 こんなことから、レースや訓練から帰還したら、まず、疲労と病原菌を抜くことに専念してます。

 1週目は筋肉疲労の回復や内臓の殺菌に専念し、夜間の寒さ対策、餌は軽いもの。疲労時に脂肪分は消化しにくいでしょう。

 2週間目からは状態を上げます。水浴もポイントで鳩がしたがるときはもちろん、最近の私は試行的に持寄り日の午前中、温かければ行ない、体調をすっきりさせて持寄ります。次は150キロ。疲労回復後の策は練ってます。

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2013年1月18日 (金)

夜明け前、すでに南東の空に見える「さそり座」

Photo 【ウィキペデアより転記】

 誕生日に自分の星座は見えません。というより日中に出ています。「さそり座」=英名the Scorpionは10月24日から11月21日までに生まれた人の星座です。

 自分の星座が良く見えるのは半年後です。それは星座が太陽と反対の位置になるからです。「さそり座」は5月頃の深夜に南に来ます。半年後でなくても自分の星座は東の空や西の空に見えます。

 今の時季、朝5時に南東の空を見れば「さそり座が」多少赤味を持ったアンタレスを中心にくねった姿を見せてます。今は星座を眺める絶好の機会です。特に「さそり座」の人は確認しましょう。それは尾をくねらせた独特の姿で、他の天体に睨みを利かせているようで存在感があります。

 本物のサソリは日本の自然界ではまず見られず、熱帯の日陰に生息する毒虫で、姿はエビに似て、カニのようなハサミを持ち、尾に毒針があります。昔、捕まえた人が私が勤務するカルカッタ日本人学校に見せに来たことがあります。

 このように自分の星座は半年後でなくても、誕生日の3~4ヶ月前後に見えるので、運勢を占うだけでなく、しっかり、その形を確認したいものです。自分が生まれた日に自分の星座は太陽の近くで輝いていたのです。

 ところで、「さそり座」の首辺りに赤味がかかった1等星があります。これこそ有名な「アンタレス」です。時々近くを通過する「火星」と共通して赤味みがかかっていることから、この二つの星は互いに対抗心があるかのごとく考えられ「アンタレス」命名の由来になったようです。

 AntaresのAntはi(・・・に対抗する)を意味し、Aresはギリシャ語で「火星」を意味します。ギリシャローマ時代から、同じく赤味がかかった火星に対抗意識を持つ星としてAntaresとなったのでしょう。

 地球からアンタレスのまで距離は550光年といわれ、私たちが今見ているアンタレスはコロンブスがアメリカ大陸を発見した頃に発した光ということになります。

 アンタレスは日本では南の空の低いところに見えても、ブラジル南部やオーストラリアのブリスベンでは頭上を通過します。

 さそり座はアンタレスの赤味とともに尾がくねった独特の形を成し、本来は夏の星座として登場します。すべての星座は1日1回、天を通過するので深夜でなくても、季節とともに特に早朝はいろいろの星座が見えます。寒中であっても時には早起きし、すでに東の空に出てる夏の星座を見ましょう。

P1030329_2  3日ほど前、西の空にあった月です。弓に例えれば弦に相当する部分が上を向いてるので上弦の月です。

 地球と月は追いかけっこしながら太陽の周りを回りますが、月が地球より後方になり地球をあとから追いかけてくる状態にある場合が上弦の月とも言えます。公転中の地球より前にある場合を下弦の月ということができます。

Photo  ところで、下弦の半月のとき、つまり旧暦23~24日ごろの月を眺めれば、私たちは「もうすぐあの位置へ行くのだ」と、宇宙船地球号に乗ってることが実感できます。   

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2013年1月14日 (月)

旧正月は必ず先勝で始まる・・・今年は2月10日

P1030303_2  アジアの国々では現代でも旧暦を採用している地域があり、例えば、内モンゴルでは今年の正月は2月10日とのことで、太陽暦の1月1日より盛大に新年として祝う仕来たりのようです。日本も明治初めまでは旧暦【太陽太陰暦】を採用してたので同様であったと想われます。

 写真は最近、日の出前に東の空を撮影しました。月は下弦がかなり進み、あと2日ほどで太陽方向へ行って見えなくなる状態です。それが新月で旧暦の12月1日です。下は金星です。写真をクリックしてください。月の右側の部分に薄く光が感じられます。これは太平洋に映った太陽の光が反射してると推測します。

 明け方、月の満ち欠けが日に日に小さくなって睦月に近づけば、庶民は天を仰ぎながら「あと幾日」と数えながら正月を待ちわびたことでしょう。

 日本でも、昔は今のようなカレンダーが普及してなかったと考えられ、夜間、環境的に現代より光が少ないこともあって天体が見やすく、人々は星座を含め季節による天体の動きに敏感であったと推測できます。特に月の満ち欠けがカレンダー替わりであったとすると、現代人よりずっと空を見上げていたことでしょう。

B924a57010a343b282f9fc9fdeeab47e_l  三日月であれば3日であったり、満月【十五夜】になれば15日で、月日が月の満ち欠けで分かるとは何とロマンチックでしょう。

 一方、江戸時代など当時は現代の月曜日、火曜日などに代わるものとして【先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口】の六曜が使用され、これらは生活の行事に結びつき、身近なことであったと想われます。

 しかし、「この六曜を単純に昔のこと」として片づけられません。現在でも冠婚葬祭に関する会社にとって、特に結婚式場では大安は一年以上前から予約が集中すると聞きます。これのみならず、現代社会は多くの場面で縁起を担ぎ、例えば、新規開店日、新車納車日や上棟式、団体旅行の出発日などを大安に決めたりします。

 カレンダーは太陽暦を使用してても、人の心は依然として旧暦のままであり、これらの慣習は未だ140年も続いてます。未来もこの「迷信」=superstitionに頼るのでしょうか。 

 敢えて私が「迷信」と言ったのは「その順番がいかにも機械的で単純」だからです。

 それでは、各月の六曜の決まり方について改めて確認しましょう。

 旧暦つきのカレンダーがあれば確認できます。旧暦の1月1日と7月1日が「先勝」から始まり、以後、順に友引、先負、仏滅、大安、赤口と続きます。この【先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口】の順番は年間を通じて変わりません。

 同様に2月と8月は「友引」で始まり、3月と9月は「先負」で始まり、4月と10月は「仏滅」で始まり、5月と11月は「大安」で始まり、6月と12月は「赤口」で始まります。

 もし、その月の六曜が途中で終わっても、翌月は前述の決められた順番で新たに始まるので、場合によっては大安が来たのに幾日も経たないでまた大安ということも起こります。

 旧暦では月日と六曜は毎年一致するので、例えば、中秋の名月【今年は9月の満月の日】は毎年必ず仏滅であったり、3月3日の桃の節句【今年は4月の三日月の日】は毎年大安です。仏滅に生まれれば、誕生日は毎年仏滅です。

 旧暦の良さの一つは1月1日が現在の2月中旬なので梅もほころび、文字通り「新春」にふさわしく春の息吹が感じられる季節になってます。 

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2013年1月10日 (木)

温度調節できる鳩舎に・・・夜間の低温はマイナス

P1030315 【ランボー号の二重近親であり、ミス・バルセロナ号の二重近親でもある。性格は自己主張が強い♂・・・ピジョンクレージー鳩舎作】

 当地群馬県も一年の内で最も寒い日々が続いてます。あと1ヶ月は、特に夜半から日の出前にかけて、鳩舎内も氷点下となり、飲水器の水のみならず糞が凍るほどです。寒暖計を舎内に設置すれば、その低さに驚きます。

 レース鳩の体温は【昼40°夜36°】といわれ、一般的に寒さに強いと考えられてます。しかし、それは大空を飛翔するために備わってる体温であり、鳩舎内でじっとしてる1月~2月の夜間・氷点下の室温は、体調維持にマイナスであっても、プラスはないでしょう。特に脚は毛で覆われてないので夜間は体温が下がると考えられます。

 夏季の暑いとき、及び飛翔中は脚がラジエタ―の役目をし、体温を「下げて」調節すると考えられます。

P1030309  鳩舎見学された方や獣医さんも、当舎の選手鳩鳩舎の窓の面積が小さいのではないかと指摘を頂くことがあります。もちろん、小さいことは私の考えでそうしてます。

 しかし、夏季は北側に開閉できる窓があり、鳩舎の外壁と内壁の中、及び天井に断熱材を入れてます。また、二階の床と一階の天井の一部は小さなスノコで空気を流通をさせてます。空気の流れは横のみでなく、上下もあるからです。

P1030310  東の窓は内側から閉められる構造です。ですから、早朝に鳩舎に入っても寒くありません。

 ところで、連合会の訓練はすでに開始され、次回は日光霧降高原80Kです。レース鳩が鳩舎内にいるときは「猛禽によるストレス」から精神的に解放させたり、「身体を温かい状態」に維持し、次の訓練やレースのために「巣房に対する愛着」と「エネルギー蓄積」が必須でしょう。

 このため、夜間~日の出前における鳩舎内の極端な低温は体力を消耗してしまい不利と考えます。人間とレース鳩は異なっても、もし、私たちが小さな窓を開けたまま就寝すれば朝になって風邪の状態です。

 このようなことから厳寒期は、レース鳩の体力温存に夜間の窓を閉じておいた方が有利と考えてます。

 P1030308_2   これは1階の種鳩鳩舎の出窓です。こちらは窓のすべてを閉めないです。鳩は自ら奥の寒くない方へ身を寄せてます。この行動を見ても、寒さを嫌うようです。

 特に選手鳩はコンディション作りが大切なので、一年中同じ構造でなく、温度変化に対応できる鳩舎構造を試みてます。

 コンディションづくりは舎内を適温環境にする他に、腸の状態を健康に保つため、時には薬を使用したり、餌に試行錯誤でいろいろ塗してます。いじり過ぎてはならず、何もしなくては平凡な成績となり、実に深遠なレース鳩飼育です。

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2013年1月 7日 (月)

今年は創造性を磨く・・・新年の決意

P1030282  タイトルが英文であるとアクセスが少ないので、日本文に変更し、内容も少し付け加えました。

 今年になり早くも3回目のブログ更新です。本来ならば、元日に新年の決意を書く筈でしたが、急遽、元日の早朝からレース鳩の訓練を行ない、最初のブログは、そのリアルな放鳩の様子をお伝えしました。また、前回は年越しと共に為替レートが予想を超えて円安に傾いたため、これらを優先しました。

 レース鳩は趣味の面で幸先よいスタートを求め、一方、為替レートは日本経済の行く末を左右する基盤となるもので、執筆の機を逸してはならないと思いました。

157 【Samuel Todd邸のゆず】

 本日は、友人Samuel Todd宅へ新年の挨拶に伺い、1時間ほど歓談できました。彼とはかつての職場の同僚です。

 彼は以前にニュージランドのクライストチャーチに教員として赴任した体験を持ちます。ニュージーランドの生徒に、英語での説明を媒介にして日本語の授業をされ、同時にクラス担任の体験を持つ数少ない日本人教師です。

 日々、英語による担任業務は、同時に彼自身において口語英語の面から、どれほど貴重な体験であったことか計り知れないと思われます。担任は教科指導以外に生徒の悩み相談や進路指導相談、生活指導全般、とりわけ生徒との交流において、きめ細かな指導が業務です。また、先生方同士はもちろん、保護者との面談など職場におけるコミュニケーションは英語のみです。

P1010876 【赤城山】

 ところで、彼は、この年末年始にニュージランドの家族をホームステイとして受け入れ、有意義な交流をされたようです。

 サプライズは逆に来月、奥様ともども第二の故郷ニュージーランドを訪れ、先日こちらに見えた家庭にホームステイされる予定とのことです。このように互いの家に宿泊するホームステイはあまり例を見ないでしょう。誠に理想の姿です。

 一方、Samuel Toddさんは現在、前橋市でAotea English Clubを主宰しております。彼は友人であるとともに、私の英語の先生でもあります。

 彼から習った発音のポイントは【英語は子音の言語である。】ということです。日本語は常に母音が含まれてる言語であるため、私たち日本人が発する英語の発音は無意識に母音が混入しがちと考えられます。

 一例ですが、licence(免許)を私たちはどうしてもライセンスと言いたくなります。しかし、発音は【laisns】であり、最後の三つの音は「子音の三連音」で母音は含まれません。このように子音の連続は日本語にはありえないことです。単語の中に似たような事例は多くあります。

 また、英語学習には4領域があり、今までの日本の英語教育は「読む」、「聴く」が学習の中心であったが、英語をactiveにするには今後、書く(英作文)、話すに主眼をおくべと話されました。

 たまたま私も、この英作文を徹底的に勉強することが、延いては英会話の力がつくと考えてました。最近はフェイスブックでも日本語と英文の両方を載せるようにしています。

 英作文は創造性につながりそうです。

P1030287 本日の歓談中、Samuel Toddさんとは今年一年の過ごし方や、私の今年の決意についてが話題となりました。それはタイトルの Be productive=生産的であれ, Be creative=創造的であれ,  Be active=活動的であれ、の三つの姿勢が良いといわれました。常日頃、私もこれに近い生き方が内心ありました。

 特に「創造的であれ」は無から有を創ることで脳の鍛錬になり、生甲斐につながりそうです。私はこの三つを今年の決意にしました。これは高齢化社会を生きる上で大切なことと考えられ、延いてはanti-agingや、anti-dementia、anti-locomotive syndromeに繋がると思われます。

 皆様の今年一年が健康で、実り多い年になりますよう祈念いたします。コメントでの交流をお待ちしてます。

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2013年1月 3日 (木)

期待できるか国内景気・・・1ドル87~88円

P1030264 【群馬県側から見た浅間山】

 日本が正月休みの期間に、年明けの世界経済は米国の「財政の崖」の行方に焦点が集まったが、下院本会議における与野党の激しい駆け引きの末、崖からの転落はひとまず避けられたと伝えられます。

 これを受け、日本時間1月3日朝のダウ終値は308ドル値上がりして13412ドルとなり、為替レートは暫くぶりの1ドル87円台を示し、関連して、豪ドル92円台、レアル43円台、ユーロ115円と、それぞれが長かった円高から脱却し、円安へ推移してます。

 「財政の崖」の問題は日本国内経済にとっても今後の景気を左右する要素と考えられ、円安へ推移とともに、長期にわたり伸び悩んでいた「国内生産の改善」や「輸出」の伸びへ結びつくものと期待がかかります。

 年末年始において、世界はクリスマス中心、日本は正月中心であり、年明けの経済スタートにずれがあっても世界の年明けの現状は2013年の経済見通しとして明るい材料であり、これに日本政府による財政出動はもちろん、経済成長戦略、震災復興の加速、何より円高対策が景気回復のチャンスに向かうでしょう。

P1030268 【上州武尊山】

 しかし、米国における崖回避は富裕層に対しては減税を打ち切ることとしており、まだ、抜本的な解決からかけ離れていると見られるが、当面、日本経済にはプラスへと期待できるでしょう。

 長期間、停滞していた日本経済の立て直しこそ2013年は期待され、特に年末の衆議院選挙によって、政権が変わったことが大きな原動力となって回復から成長へ進む年と考えたい。

 一方、景気の後退局面としては、相変わらず欧州の金融危機の長期化、電力不足が挙げられても、先行きは徐々に回復する基盤ができてると考えられる。

 海外の株価、及び為替から判断すると、2013年の日経平均は昨年より高値が見込まれ、11000~12000円前後、為替は90円~95円と期待を込めて推移を見守りつつ、日本経済はすべての人々にとって関係する生活の基本であることから、実体経済に時間がかかっても、今年こそ緩やかな回復を期待したい。

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2013年1月 1日 (火)

元日からレース鳩の訓練・・・今年は燃えてます。

2561  皆様、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

 今朝5時ごろ目が覚め、窓を開けたら星がたくさん出ており無風状態であったことから、急遽、個人訓練の実施を決意し、真っ暗な鳩舎内でレース鳩44羽を手探りで籠に詰め、放鳩車アクティーバンで6時に家を出発しました。目指すは暫くぶりである群馬県北東部に位置する「みどり市」大間々の高台25Kです。

 現場近くに行ったら驚きました。初日の出を見る人がたくさん集まっており、これでは鳩を飛ばせないと思いました。しかし、太陽が高くなり始めてから三々五々下山が始まりホッとしました。

 珍しいのでレース鳩の近くに来たり、放鳩シーンを見ようと寄って来る人も時にはあります。見学する人がいてもいいんですが、放鳩には神経を使います。

 それは太陽がかなり上がった無風の一瞬であって、最も大切なことは、上空に猛禽らしきものの姿が見えないタイミングを選びます。

3847  高台では、これ以上は車で行けないところまで高く登り、アクティーも道なき道を四輪駆動で登坂し、電波塔の近くに行きました。そしたら、最も高いところにやはり初日の出を見るためでしょう。数名の人がいました。私はすでに籠を並べ、それに気づいた人もいたようですが、1台の車で全員が下山されました。

 これで鳩も放鳩者の私も、大自然の静けさの中で放鳩予定時刻の7時20分を待つことにしました。遥か遠くに朝日に輝く銀嶺の富士山が顔を覗かせてます。おそらく多くの人々があらゆる方面から初日に輝く富士山を眺めているでしょう。

148  いよいよ放鳩時刻が迫ります。レース鳩は地上から300メートル付近を富士を横目で見ながら、鳩舎がある西南方面の高崎市をめざします。今までここに30~40回ほど訓練に来ましたが、猛禽の出現は皆無です。このため、この高台は私のお気に入りスポットです。

 しかし、周囲は山々に囲まれ、天敵はどこから見てるか油断はならず緊張が走ります。もし、出現すれば、方向判定どころではなく、猛禽からの攻撃回避に全力を費やし、鳩はパニックとなって帰還率に悪影響し、訓練は失敗するかもしれません。

 放鳩前には時間をかけて十分に辺りや上空を見まわし、安全確認をして「今だ」という放鳩タイミングの察知が肝心です。

149  高台のため、目的地である高崎市の市庁舎が遠くに見えます。遠くに望む白銀は長野県の八ヶ岳連峰です。

 上空に舞い上がれば方向判定後に有視界飛行となり、スピードも期待できます。本日の訓練は無風であることから実施を決意しましたが、実は、昨年暮れは寒さが厳しくて訓練を1ヶ月も実施せず不安がよぎりました。

 いよいよ予定の7時20分に籠を開けました。案の定、籠から出ない鳩もいて、集団に遅れましたが、どうにか追いつき、44羽は高く舞い上がり、猛禽の出現もなく放鳩はまずまずで、旋回し視界から消えました。

 果たして、帰還はどうでしょう。急いで帰路につきました。鳩は20分ほどで到着と想われますが、車ではどうしても1時間以上かかります。

 家に着いて、鳩舎内を見たら3分の2ほどが入舎しており、他の鳩は屋根で休んでいました。途中で猛禽の出現はなかったようです。それは鳩の顔色で分かります。緊迫感がありません。早速、餌を与え、水はすぐに与えませんでした。水は30分ほどしてからヨーチンを1滴たらしたものを与え、腸内の殺菌を施しました。

 今年も、レース鳩の管理について試行錯誤を書きますので、レース鳩愛好家の皆様のコメントをお待ちしております。今回は元日から頑張って訓練に行きました。

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