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2013年4月 8日 (月)

倉賀野の七不思議・・・巳年にお開帳の安楽寺

P1030577  厳室の扉は12年に一度・巳年のみに開かれ、釈迦の誕生日といわれる本日4月8日に12年ぶりに薬師七仏のご尊像を参拝してきました。私は今後3回は拝めるようにと誓いました。

 巳年を迎えた本年は第106回目のお開帳といわれ、単純に106×12と計算しても第1回目は1272年前に遡ることになります。これは西暦741年となり、奈良時代の聖武天皇の時代に当ることから倉賀野の歴史の中でも最も古い仏像と推測できます。

P1030581  安楽寺古墳内の洞窟の壁面ある七仏薬師は天平九年、行基菩薩28才のとき、一夜のうちに刻まれたという秘仏と伝えられます。

 行基菩薩については、奈良時代の僧で、諸国をめぐり、架橋、築堤など社会事業を行い、民衆を教化し、聖武天皇の帰依を受け、東大寺・国分寺の造営に尽力したと伝えられる人物です。

 奈良東大寺を造営した行基が倉賀野に来て、安楽寺石室内で一夜のうちに七仏を刻んだとは驚き以外の何物でもなく、おそらく中仙道経由で来たのであろうか。

 安楽寺の歴史をひも解くと、過去二回の火災に見舞われ、悉く焼失するも、厳室内の秘仏は無事で、それは鎌倉時代の弘長2年、及び室町時代の永禄7年と伝えられます。

 私が子供の頃、12年間閉めたままの厳室を開けるとアオダイショウがいたと聞いたことがあります。これは古墳の奥深さから充分考えられることです。今回、拝観の機会を逸した方は12年後、巳年4月8日に参拝できます。

P1030580 【石室の入り口】

 ところで、4月8日は釈迦の誕生日ということで、安楽寺でも参拝者に甘茶が振る舞われました。昔は本堂の釈迦像に甘茶をかけた記憶があります。

P1030587 【石室を覆う古墳】

 前述の通り、本年は106回目のお開帳として巌室の扉を開き、ご尊像・七仏薬師如来に詣でることができましたが、4月8日とはわが国で長く続いた旧暦の名残と推測できます。このため、本来の4月8日は現在の5月に当り、今年は5月17日が旧灌仏です。

 カレンダーを見ると5月17日は「大安」になってます。このことから倉賀野薬師寺で毎年行われる花祭り、及び巳年のみに行われた「お開帳」は必ず大安であったことになります。

 明治6年に暦が旧暦【太陽太陰暦】から現行の【太陽暦】に移行しても、4月8日という日がそのまま引き継がれたので、現在ではこの日が大安とは限らなくなりました。今年が大安なのはたまたまです。

 ところで、若き日、インドのカルカッタ日本人学校に勤務してるとき、休暇にブダガヤに旅しました。ここはビハ―ル州ブッダのガヤという町です。お釈迦様が菩提樹の下で悟りを開いたといわれる寺院に詣でたときの光景は今でも脳裏に焼き付いてます。

450pxmahabodhitemple 【ブダガヤ大菩提寺】ウィキペディアより

 それはチベット人など多くの仏教徒が、仏前で、うつ伏せになった状態で手足を真っすぐに伸ばし、その後、起立して合掌し、再びうつ伏せになる動作を幾度となく繰り返していました。これは「五体投地」というもので今思うと108回だったのかもしれませんが、真剣な表情での念仏中に回数を訊ねる勇気は私にありませんでした。

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