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2014年6月15日 (日)

新みかぼフィルの「第九」に感銘

P1050341  【群馬の名峰・東御荷鉾山1246m・西御荷鉾山1286m】

 第九は12月に聴くものと勘違いしそうな現在の日本の風潮の中で、それとは対照的な季節である6月14日、私は久々にベートーヴェンの名作に心が躍りました。青春時代にシラーの頌歌「歓喜」に出合い、この詩に生涯をかけて作曲したベートーヴェンの圧倒的な精神美に、日々一人暮らしであることを忘れさせる充実した時間が持てました。

 新みかぼフィルの存在は以前から新聞などで知ってましたが、今回、藤岡市みかぼみらい館に於ける「「コリオラン序曲」と「第九交響曲・合唱付き」を生で拝聴し、平素忘れかけていたシンフォニックな響きに高揚する精神が蘇りました。

P1050334 【藤岡市の文化の殿堂みかぼみらい館】

 今回、友人で楽団員のOさんより新みかぼフィルの「第九演奏会」があることを伝えられ、初めて耳にする新みかぽフィルの響きを楽しみにこの日を迎えました。日々、彼女の集中力と多面にわたり挑戦する姿に脱帽してる私です。難曲に挑む彼女の気迫は自ずと日に日に脈々と伝わってきてました。それにしても、彼女のあの超人的なチャレンジ精神と笑顔はどこから来るのでしょう。

 ところで、日本で最初に「第九」が演奏されたのは徳島県でドイツ兵捕虜によるものと伝えられてます。ドイツでは昔から大晦日に「第九」を演奏する慣習があったといわれ、遠い日本にあって故郷の家族や、ドイツの名歌を歌い祖国を懐かしんだのでしょう。

 今回、第一バイオリンの彼女が四国出身であることは、彼女自身「第九」の演奏に何らかの縁を感じていたのではないでしょうか。

 ドイツ人は民族が誇る文豪シラーと大作曲家ベートーヴェンによる「歓喜」の音楽が国民の誇りとして定着してるのでしょう。いわゆるベルリンの壁により東西に分断された民族の悲劇的な状態でのオリンピックでは「東西統一チーム」として参加し、国歌に代わるものとして表彰台で流れた音楽は「第九」の主旋律でした。これは私たちの記憶に深く残るものです。

 Dscf0044 【ベート―ヴェン自身の指揮により第九が初演されたケルントナートア劇場】

 ところで、「歓喜に寄す」の作詞家シラーの生涯は1759~1805であり、第九のベートーヴェンによる初演は1824年であることから、シラーは自身の詩がベート―ヴェンによって作曲されたことを知らない可能性があり、しかも初演の19年前にこの世を去っていたことから、「第九交響曲」に使われた自身の作品を聴いていないことになります。こんな事実にも「人生の短さと芸術の永遠性」を感じてやみません。

 シラーの死後200年経過し、ベートーヴェンの死後187年が経過した21世紀の日本で第九が年間150回も盛大に演奏されてるとは、当時の彼らに全く予想できなかったことでしょう。

P1050337 【みかぼみらい館内の2階側面の観客席】

 ところで、新みかぼフィルは70名を誇るアマチュア・オーケストラとのことですが、この存在は21世紀の音楽活動のあり方として誠に理想的な姿を呈示しています。

 というのは昨今、群馬県の高校では弦楽部やオーケストラ部の活動が顕著であり、本格的なクラシック作品に挑む桐生女子高校や中央中等教育学校の演奏には目を見張るものがあります。これら優秀な生徒さんの将来の受け皿や活動の場として、新みかぼフィルの価値は今後ますます期待される存在と思われます。

 ところで、今回の「第九」を私は指揮者の比較的近くで拝聴拝見しましたが、それは第九の指揮について、各楽章の難しい出たしなど身近に指揮法の技術や音楽造りに接したかったからです。

 比較的ご高齢にもかかわらず、1時間15分の大曲の指揮ぶりに大変な感動を覚えたのは私だけではないでしょう。躍動性と静寂さ漂う両面を網羅する柔軟な表現に私は心底から指揮の醍醐味を感じました。

 演奏の根幹は第四楽章・歓喜のテーマに入る前の今までの人生や考えを否定するかのごとく表現される壮大なレシタチーヴでした。一楽章、二楽章、三楽章のテーマが管楽器やバイオリンで断片的に奏され、それに応対するかの如く、尽かさず唸りを上げるチェロ・コントラバスによる地底からの重厚みを帯びた響きに思わず惹き込まれました。その中にあって、女性コントラバス奏者の指揮者を見続ける迫力に、一刻一刻を芸術に生きる真剣な人間を垣間見ました。レシタチーヴは音楽と言うより、ベート―ヴェンの魂そのもので、これでもかと会場に伝わりました。

 また、独唱者で韓国出身のバリトン李氏による「人類の真の幸せを求める心の叫び」が観客に伝わり、両国間には竹島問題があっても、人類には国境がないと訴えてるように感じ、深く胸を打たれました。All Menschen werden Bruder (すべての人は兄弟になる)を現在の近隣諸国と実現したいものです。 

 今回、梅雨の晴れ間に、新みかぼフィル楽員と合唱団員を合わせ120名以上の壮大な音楽芸術に深く感銘しました。演奏の感激と相反して、入場料を徴収しないことに不自然さを感じ帰路につきました。  

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