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2015年3月

2015年3月30日 (月)

「ラジオ体操」で血行促進と背骨の歪みを正す

P1060382 【開花が始まった西洋シャクナゲ大輪】

 高齢化社会を迎え、今や人口の4分の1が65才以上といわれ、私たちが生活する上で「健康ほど価値あるものはありません。」

 私もそうでしたが、中学生時代にバスケットボールに明け暮れ、これらは勝負を競う「競技スポーツ」でした。若いこともあって、健康のためなどとは考えたことはなく、指導者も勝つための指導のみに徹底されてました。競技スポーツでは種目が何であれ、頑張るという名の実力の限界を超える努力を日々続けるものです。

 今となって考えると、このように勝利を目標としたかなり無理した競技スポーツは果たして後々の健康長寿にプラスになるのか疑問に思うことがあります。科学的に因果関係は未だ解明されてないようです。

 一方、私の周囲に限っては、このように本格的に競技スポーツを20才以降も継続した人は、年齢を増してくるとその反動があるのでしょうか、50才を超えた頃から、意外と早く身体に不具合が生じる人もあるようです。

 実は、私の妻を含め、国民体育大会、日本選手権、オリンピックで、若いとき本格的な競技スポーツで活躍した知人4名が長寿と言えない年齢で近年、他界しました。

 若い時代における激しい運動の連続は、掛け替えのない心臓に負荷がかかり過ぎるのではないでしょうか。競技を引退した後までもその影響があるかもしれません。本来、スポーツは楽しく、健康的生活に結びつくものでなくてはなりません。

P1060374【東洋錦】

 最近、私は朝6時30分のラジオ体操をほぼ毎日するようになりました。ラジオ体操した後は身体の動きが楽になり、朝食が美味しく感じられことから精神的負担が少なく、これからも続けられそうです。

 ご存じの通り、ラジオ体操は第一と第二があり、それぞれ13の運動があって、時間もそれぞれ3分15秒ほどです。準備運動が二つ入り、途中で首の運動が4つ、合計32通りの運動です。

 これにより、平素、使わない筋肉や関節の柔軟性や血行を促進することから、1日の始まりに有効で負荷の少ない体操であっても有酸素運動が含まれます。専門家の考えた体操は実にバランス良くできてます。

P1060372【しだれレンギョウ】

 ラジオ体操の効果的な動きについて、私が自らに課してることは次の通りです。

 1、26ある運動では、すべて「指と肘をしっかり伸ばし」、可能な限り、腕を遠くへ伸ばし、大きな動きをめざす。

 2、靴下を脱ぎ、「素足でフローリングの上で行い」足の指で身体のバランスを取る。

 3、すべての動きはピアノのテンポに合わせて「機敏に」行う。

 4、足を広げる運動は「肩幅より大きく広げ」と身体の柔軟性をめざす。

 5、身体をねじる運動は、スピード感と共に、「息をしっかり吐き切り」、呼吸筋を伸ばす意識で行う。

 6、激しくねじる運動、及び前後運動は「消化器に刺激を与える」つもりで行う。

 7、背骨の歪みを矯正するつもりで行う。 

P1060273【花梅・・・品種は思いのまま】

 ラジオ体操の指導者とピアニストには、いつも感謝してます。それはかけ声やピアノを聴くと、つい身体が動き出す力を持ってるからです。

 ピアノでは第一と第二の間にある首の音楽がとても運動しやすく、朝から爽やかになり、ピアニストの工夫が感じ取れます。また、その日のピアニストが誰であるか当てるのも楽しいです。首の運動では有名なメロディーをいろいろ聴きて楽しみたいです。

 ラジオ体操音楽の作曲者は、二人ともすでに他界されていても、作品が後の世に毎日流れ続け、日本中の人々の健康を促進してることは誠に有難いことで、こんな所にも芸術の永遠性があります。

 ラジオ体操第一の作曲者は生涯100才の長寿であった服部正氏であり、ラジオ体操第二の音楽は一般には「花の街」「ぞうさん」「祝典行進曲」などで知られる團伊玖磨氏により作曲されました。  

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2015年3月26日 (木)

8月末まで除草を頑張る・・・三種の神器が必要

P1040953【東洋錦・・・紅白のボケ】

 亡き父母がそうであったように、私は庭に花を咲かせるのが楽しみです。概して父母は草花が好きでしたが、私は紅梅、花桃、シャクナゲ、藤、アセビ、ツツジなど花木に魅力を感じてます。

 極論すれば、花木は何もしなくても毎年、時季が来れば咲き出します。しかし、樹木をより健康に生育させたり、「樹木の魅力の半分は樹形である」ことから剪定は必要で私の場合、気がついては剪定してます。また、見る角度を変えて眺めては剪定すると気に入った形になるものです。

P1060352 【昨年植え替えた雪柳・・・来年は大きくなりそう】

 ところで、庭は構わないでおくと雑草に覆われ、6月~8月は猫じゃらしなどその丈は30㎝ほどになり、風通しが悪くなり、蚊の発生を促します。

 2~3年前までは草が伸び放題になり、近所の人に手伝ってもらっていっしょに草取りし、その晩は一杯ご馳走しました。鳩友の「何でも屋」さんにお願いしたときは手間代を支払ったり、また、友人Samuel Toddさんに除草に来ていただいた時は、近くのレストランへ昼食に行ったりしました。

P1060358_2【今のところは作業が順調で草がない】

 しかし、草の成長は毎年のことであり、自分の庭は自分で除草しなくてはならないのが本来の姿です。昨年から、覚悟を決めて一人でやってますが、草の成長があまりにも早く、その成長について行けません。そして、ついに諦めるとすぐ伸び放題になり、手の付けようがなくなります。

 一方、草取りはややもすると腰痛を起こしやすく作業方法や姿勢が関係します。レース鳩を飼育してることから、鳩舎内の清掃方法では腰を痛めない方法を考え実行してますが、それに同じく、草取りの腰痛対策は何と言っても「三種の神器」を備えることです。

P1060354【これさえあれば除草は億劫でない】

 除草の「三種の神器」は左から 1、柄のついた塵取り、2、長いトング (ゴミバサミ)、3、三角ホーです。三角ホーの良さは「根こそぎ」ができることです。「三種の神器」は腰を伸ばしたままで作業できます。

 何事でも仕事はそれに適した道具があるもの。除草作業は腰を曲げずにできれば楽しいです。工夫次第で効率よく、また、楽になるものです。

P1060217【柊南天の開花】

 庭がきれいになると、次に生えてきた草が目立ち、すぐ対応できます。根が抜けたら80㎝あるトングで拾い塵取りに入れます。この根こそぎが大切で、いわゆる「草むしり」や「草刈り」ては再度生えてきます。これからの時季、この3つの道具は物置に保管せず、【すぐ使えるように近くにスタンバイ】させておきます。

 P1060353【開花は近い西洋シャクナゲ・・・花の色はピンク】

 花梅も咲き終わり、庭は源平しだれ桃や、日本シャクナゲなどで華やかになります。ポンプで汲み上げた井戸水を朝夕、充分に与えます。植木に花を咲かせる作業の半分は除草です。果たして、私には8月末まで除草を続けられる強い精神力があるでしょうか。

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2015年3月23日 (月)

貴重な香山鳩舎作♀に「稚内モザイク号」を交配

P1060339 【春分の日に咲くハクモクレンと鳩舎】

 今春は15ペアーを交配しました。例年より1ヶ月以上遅い時季の交配です。2月初めの寒い時季の交配による雛は育ちが遅く、8月頃の段階で比較すると1番仔は2番仔より主翼の換羽状況が遅いです。今春は初めての試みで、暖かくなった「春分の日」に交配してみました。

 数もあまり取らない予定なので、1番仔の誕生は4月20日前後、2番仔の誕生は6月10日前後になります。3番仔はとりません。

 今春の主たる交配は当舎作翔「稚内モザイク号」に、香山氏作スチール号の孫BCW(写真下)を交配しました。

P1060330_2 【香山鳩舎作BCW♀、あまりない深みのある目】

 この♀の特徴は目が珍しい色彩をしており宝石のようです。なかなかこのような目の鳩に出合いません。40年ほど前、輸入したイギリスのプライス鳩舎作ブラックパイド700マイルストレーン(サラグッド系)♀は、当地の今は亡き著名な競翔家に素晴らしい目であると褒められたことがあります。また、鳩友の一人は500羽に一羽の目をしていると評価してもらいました。直系は稚内を翌日帰還しました。私の記憶では、写真のBCW♀の目は当時のブラックパイド系の目に酷似してるように感じます。

 ところで、作出者・香山氏はレース鳩輸入専門業者でしたが、3年ほど前にこの仕事は辞められました。その点からも、このBCW♀は貴重な鳩です。香山氏には当舎を訪問していただいたこともあり、欧州の著名な鳩舎の話を伺う機会に恵まれ、血統や飼育法についても多面にわたり教えていただき感謝してます。

 BCWの血統書です。

P1060335 【スーパーイヤリング号のひこ孫でもある】Click please!

 一方、「稚内モザイク号」♂は現在5才であり、体調は良く、自身が稚内GNを翔破してることから当舎の代表的種として、暫く頑張ってくれるでしょう。この鳩も「スチール号」の孫であることから、この交配はスチール号の孫同士の交配です。

P1060332【当舎作翔・稚内モザイク号】

 一般的に、長距離系の交配では、♂が実際に1000キロを飛んでいることがよく、♀は飛んでなくても血統的に長距離系の裏付けがあることが望ましいと言われます。その点、この交配を楽しみにしてます。

P1060320【2羽とも落ち着いた性格】

 このペアーは今までに交配したことがなく、2羽とも体調が良いので密かに期待してる配合であっても、果たしてスチール号の孫同士の交配はどうでるでしょうか。

 【近親交配は両刃の剣】です。しかし、これによって飼育者のセレクトの腕が試されます。

 作出前後は「レンガを多く含む鉱物飼料」と新鮮な塩土、そしてニラなど野菜を時々与えます。日照時間も長くなり、自然界の鳥も繁殖時期を迎えていることから、その時季に合わせた交配の一番仔はとりわけ健康に育つか、半世紀以上レース鳩を飼育して初めての体験です。

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2015年3月19日 (木)

南郷温泉「しゃくなげの湯」で群馬の秘湯に佇む

P1060290 【赤城山の北側にある南郷温泉しゃくなげの湯】

 昨日は親戚の人と二人で関越自動車道経由でドライブしながら、いつかは行ってみたいと思ってた群馬県沼田市と桐生市大間々の間に位置する国道62号線沿いの二つのスポットです。

 この道は丁度、赤城山の北側に位置し、途中、今回の目的地の一つである群馬の秘湯・南郷温泉「しゃくなげの湯」の露天風呂で寛ぎました。

 その後、広大な自然が残されてる早春の山岳道路を満喫しながら東へ向かい、二つ目の目的地である黒保根村のレストラン「ろぐてい」で昼食をとりました。この一帯は群馬県でも最も開発されてない地域で、群馬県人でもこのルートを通過した人は少ないでしょう。

P1060296  3月中旬では、赤城山北側のここ南郷温泉辺りは未だ雪の名残があちこちにあり、周囲の山々は寒々とした真冬の光景です。しかし、それとは対照的に勿体ないほどの源泉100%掛け流しは熱くて、地下のマグマの存在を肌で認識させます。

 もちろん、丁度良い温度に設定され、私たちは露天風呂に寛ぎ、平素の慌ただしい世界から脱皮し、静寂そのものである大自然は、自らを振り返るチャンスを与えます。「しゃくなげの湯」は周囲を高い山々に抱かれ、日本の真ん中で豊富な湧出を持つ群馬県に生まれ育ち、本当に良かったと感じます。

P1060293 【全館木造建築のしゃくなげの湯】

 ところで、なぜか「しゃくなげの湯」という名称に惹かれる私は、毎日、自分の庭でしゃくなげを手入れをしてるからでしょう。今では蕾が大分膨らんできてます。

 どうしたことか以前より、この植物に非常に愛着を感じ、今後も、「日本シャクナゲ」を中心に増やし、自然な色彩の花を咲かせようと心に決めてます。こんなことから、「しゃくなげの湯」という名称は、とりわけ私の心を満たしてくれます。5月~6月になれば、この界隈一帯に日本シャクナゲが咲くのでしょう。

P1060292 【奥山で比較的空いてるしゃくなげの湯】

 関越道の沼田インターで下車し、左折すると、じきに大間々方面の標識があり、いわゆる、この界隈の有名な地形である河岸段丘を下り東へ向かいます。

Photo【河岸段丘のずっと右奥にあるシャクナゲの湯】・・・読売新聞より転載 Click please!

 ところで、ここ南郷温泉「しゃくなげの湯」は敷地内に温泉が湧出し、湯量が豊富で、温泉を循環する必要がなく、常に新鮮な源泉が地下深くから湧き出ています。熱い湯船は浸かれないほどで源泉はかなりの高温と推測します。

P1060317 【露天風呂】

 お湯は無色透明、芯から温まり、大自然の恵みに感謝です。それとは対照的に冷たく、きれいな空気を感じてリラックスできる桧の露天風呂はお勧めです。

P1060303 【赤城山北側の国道62号線はトンネルが数か所ある】

 この道はすべて舗装され、先日、ミシュラン・パイロットスーパースポーツに履き替えたAudi TT Quattroは山中を轟音と共に快走します。

 そして、ついに到着したのがログハウス・レストラン「ろぐてい」です。イタリアンが中心です。こんな奥山であるのに21世紀の初め、ご夫妻は東京からこの地を求めて移住し、自ら整地し、米松を中心とした本格的ログハウスを建て、自然環境にマッチした佇まいと「温かなおもてなし」が感じられました。ここもお勧めです。(月金が休館)

P1060306【ろぐていと共に】

 今回、赤城山の山麓を周遊するコースをドライブし、予想を超えた楽しいスポット巡りになりました。「しゃくなげの湯」もレストラン「ろぐてい」も近未来に再度訪れたいです。このレストランに直接行くには大間々経由で黒保根村からのアクセスが近道でしょう。「富弘美術館」も比較的近くです。

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2015年3月16日 (月)

倉賀野「閻魔堂」の大きな数珠の存在を広めたい

P1060289 【新規に建設中の閻魔堂】

 倉賀野の住民なら誰でも知ってる下町(しもちょう)の「閻魔堂」は、おそらく江戸時代に建設されたものと推測されます。

 しかし、この度、それを取り壊し、現在、同じ場所に新たなお堂を建設中で、一見したところ、従来のお堂より、少し広くなり、屋根も高くなってます。

 三差路の中心であることからや、敷地に限度があり、また、付近には電線が何本もあることから、設計や建設法を工夫し、土地をいっぱいに有効利用してることが分かります。今までは東側にあったお堂の予備的スペースは今度は西側に張り出し、本堂を東に持って行き、それだけ屋根の中心が高くなるよう工夫したようです。

 すでに屋根の部分は完成し、重厚味を増す中にも、従来の四面の屋根の面影をそのまま踏襲してます。完成すれば、おそらく今後200年は建て替えの必要がないと思われるほどしっかり出来てます。

P1060017 【厚いコンクリートによる基礎工事】

 ご覧のように、非常に分厚いコンクリートの土台は長い年月に起こりうる大地震や大型台風の脅威を想定してのもので、現代の宮造りの技術を駆使した建設法と認識します。

 倉賀野の旧国道を通過すると、ここ下町で新町方面と玉村方面へ道が二股に分かれることから、昔はこの地を「追分」と呼んだようで、ここで必ずこのお堂が目に入ります。

 このお堂には、その名が示すように「閻魔大王」の像が南側を向いて座り、例年、送盆の八月一六日がお祭りです。

Photo_2 【閻魔大王】

 ところで、本日のテーマです。下町の方には知られているでしょうが、倉賀野の他の町内の人たちには意外と知られてないのが、この閻魔堂にある「大きな数珠」の存在です。これは「百万遍」といわれ、直径5mほどあり、紐についてる数ある数珠には拳大の大きいものが2~3個付いてます。

 まず、お堂に上がり、畳の上に正座した参拝者が円陣を組み、この大きな数珠を念仏やお囃子に合わせて20人ほどの参拝者で協力して回します。数珠は木製で、黒光りがしてる年代物です。おそらく、江戸時代にも使われ、ここを通過した旅人などが直接触って輪になって回した由緒あるものと推測できます。

 大きな数珠が自分のところに回ってきたら、額につけて拝みます。数珠は左回りに一周したら、次は右回りなります。それを繰り返し、人数分、回すので、一回が20分前後かかります。

Jyuzukuri1_2【jyuzukuri1より転記】

 大きな数珠の意味には疫病お払いや、旅人が道中の安全を祈願する魔除けであったのではないかと推測できます。この数珠は黒く干からびてるので、それだけ歴史的価値がある倉賀野の文化遺産といえるでしょう。

Photo_3【今となっては懐かしい以前の閻魔堂】

 倉賀野には先日ブログに記載した「長賀寺山古墳」が下町に手つかずの状態で現存します。こちらも早急に整備し、倉賀野の人々にその存在を広く啓蒙するとともに、未来の倉賀野の人々へ伝えていくことが現在生きてる人間の使命と考えます。

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2015年3月12日 (木)

素人にしては良くできたか、飛び石の小道

P1060284_2 【春の到来を告げる紅梅】

 実際にはまだ寒い日々が続いても、庭はすでに梅の花が満開となり、春は身も心もウキウキして、私たちの心は積極的になるものです。

 一昨日は一日中を費やし、庭にご覧の飛び石の道を自分で作りました。これは創作活動であり、身体と脳をフル回転させ、時間を忘れ、充実した活動になりました。

P1060280【工事費用0円】 

 この道は玄関から西の出口に通じるところで、西隣の方が回覧板を持ってきてくれる道でもあります。今まで、下の写真の通り、土の道で雨が降ると歩きにくかった状況でした。前回のブログでも載せた下の写真は工事施工前のものです。

P1060264 【実はこの道の下5㎝に飛び石が埋まっていた】

 15年前に家を建築した際、大工さんがここに飛び石を作ってくれましたが、年月が経過し、左の築山の土が雨で少しずつ崩れ、飛び石の上に堆積し、いつの間にか姿を消していたのです。

 今回、私は硬くなったこの土を掘り起こし、顔を出した飛び石の周囲まで掘り、石の位置を左右前後に少し移動して歩きやすい位置に整えました。ところが、平均30キロもあると想われる石は簡単には動かず、てこを利用して移動し、凸凹しないよう高さの調整をしました。

 石の周囲を掘る機具は断然、三角ホーが威力あり、石がくっきり浮き上がってきます。石の数は10個以上です。全部、掘り起こしてから、最終的に歩幅や歩きやすさを確認し、その後、周囲に駐車場の比較的きれいな砕石をかき集め、一輪車で運び、飛び石と飛び石の間に撒き、その高さは飛び石より1.5㎝低くし、段差を余り付けないよう安全性に配慮しました。

P1060283【完成した飛び石の道】Click please!

 何事も、まず本物をよく見て、真似することに始まるでしょう。一般論として、勉強も「真似から創造への過程である」と考えられることから、よりよく真似れば、見た目もそれらしくなるもので、そこには創意工夫が生まれます。

 飛び石の周囲に撒いた砕石が、たまたま白に近い明るい色で新品に見えます。色彩は周囲と対称的な明るさが全体的にしっくりフィットするように感じます。

 もともと私が真似をしたのが、プロがつくった庭先から玄関までの道です。

P1040075【手本となったプロが作った道】

 直線でない石の並べ方に何とも言えない味わいがあり、建設とは実用性と芸術性の両面が人の心を捉えます。

 一つのことが完成すると、喜びが後押しします。これからも、「筋力維持」と結果的に「脳を鍛練」する一石二鳥を目指し、年間を通じて、庭づくりや、花木の手入れをしていくつもりになりました。

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2015年3月 9日 (月)

石を並べる庭作りは「体力と発想力」を培う

P1060268  【敷石の両側の石は色とりどり】Click please!

 いよいよ春の到来となり、心がうきうきします。外気も温かくなり室外での肉体作業は汗も滴り落ちて心身が快適です。庭作りのために若い時から石を集めました。元々、同じ町内の昔住んでた庭の石が9割ほどです。20才頃、それを現在の家までリャーカーに積んで幾度となく運びました。

 発想を変えると、逆に、石は小さい頃から現在までの私を見てることになります。その後も、近所で不要となった石をお願いして分けてもらい、ご覧のように多くの石を集めることができました。

 以前に100歳でお元気な方がテレビ出演され、「僕の趣味は石を眺めること。」という方がいました。石に尽きない魅力を感じておられるのでしょう。なるほど、石にはその柄、大きさや形が、どれ一つとして同じものはありません。一つ一つに個性が表れてます。

 同時に、私が魅力に感じる一つは、考えられないほど大昔にできたものが今、目の前にそのままあることです。その誕生は人類の誕生よりずっと古い時代であり、恐竜の全盛期前後ではないでしょうか。いや、もっとずっと古いかもしれないと推定します。

P1060264 【右側は昔の家の廃石、左は築山】

 先週はご覧のように重い石を並べ、細い道を作りました。手作業で体力はもちろん、危険を回避する身体の機敏な動きが必要で、常に逃げられる体制での作業です。しかも、見た目の良さを第一に発想力を養います。

 今だ未完成です。雨が降っても歩けるように道の真ん中に飛び石を並べ、ホームセンターで売ってるきれいな砕石をその周囲に敷くつもりです。完成したら写真をアップします。

P1060275 【玄関前に佇む三波石・・・亡父のお気に入り】

 この石は群馬県鬼石町(おにしまち)付近を流れる神流川(かんながわ)で採石され、庭石として有名な三波石(さんばせき)です。

 写真の三波石は形が恰もテープルマウンテンのようであり、右が垂直に切り立ってることから、群馬県西部に聳える荒船山に形が似てます。

P1060274 【花梅・思いのままを囲む玉石】

 玉石の重さは大きさにもよりますが、平均、推定50Kほどでしょう。これもすべて手作業で動かすことから、注意すべきは石を抱えるとき決して胃を圧迫しないことです。また、少し腰を落としての作業を心掛けると腰を痛めません。前屈みの作業では腰痛になりやすいです。

P1060278 【庭先から玄関まで並ぶ石】

P1060276 【推定100Kほどの目方】

 このようにきれいな紋様の石を前にすると、なぜ、このような色彩や柄になったか、訊ねたいところです。前述の石の好きな100歳の方の心境に近づけます。

P1060261  今後も、石を中心とした庭作りに自ら挑戦します。また、日常生活のあらゆる面で、今までの固定観念から脱皮し、如何に「ユニークな発想ができる人間」になれるか、柔軟な脳をめざしたい。

P1060282 【写真を追加・・・完成した小道】

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2015年3月 5日 (木)

Michelin Pilot Super Sportで関越道を走る

P1060241【関越自動車道・前橋~渋川間・前方は子持山】   Click please !

 Audi TT Quattro ボディーカラー黄色は納車以来、5年6ヶ月が経過し、走行距離3万7000キロで今回、初めてタイヤ交換しました。今までのタイヤはContinentalでした。しかし、今回、ミシュランのパイロットスポーツ3の予定でしたが、より高性能と評価されてるミシュラン・パイロットスーパースポーツに急遽、変更して履き替えました。サイズは今まで同様の245-40-18です。

 新しく履き替えてもこの1ヶ月間は、一般の国道や高前バイパスのみ走行してましたが、本日、八ッ場ダム近くの吾妻町へ用事があり、関越自動車道を走りました。私の気にするところは、もちろん高速道路での新たなタイヤの感触です。

P1060247【扁平率40%でもタイヤの高さは7㎝ほど】

P1060246 【クリックしてください。】

 一方、タイヤ交換にかかる時間は、通常、整備工場で20~30分待機し、お茶でも飲んでいれば出来上がるものと気楽に行きましたが、とんでもありませんでした。

P1030901  当日、アウディー受付嬢曰く「朝預けて仕上がりは午後4時です。」と言われ、私は予想外でした。そんな長い時間待ってることもできないので結局、電車で家に帰り、夕刻また電車で整備工場へ引き取りに行き、簡単に考えてたタイヤ交換が結果的に一日ががりになりました。

 「タイヤは命を載せている」と言われることから、きちんと作業をしてもらうことを最重要事項と考え、夕刻には待ちに待ったミシュランに乗れました。

 タイヤ交換の作業時間が長い理由は245のアルミホイールは幅が大きいので通常の機械ではアルミホイールに傷をつける可能性があり、関連するタイヤ専門業者に作業を委託するとのことでした。

P1060244 【塗装やゴムは劣化するので、保管は四方を囲んだ車庫に】

 ところで、新たなタイヤとなったミシュランの「パイロットスーパースポーツ」で関越自動車道を走った感じは以下の通りです。

 四輪が路面をしっかり捉え、安定して直進します。スピードを増すと車体はより微動だにしない感触で、運転者の精神は落着きます。乗り心地は上下運動なく快適です。

 一般道におけるハンドリングは運転者の命令に機敏に反応です。もちろん、これは前輪駆動と後輪駆動が合わさったQuattroであることが要因でもあります。

P1050870_2【世界文化遺産・「荒船風穴」見学時に撮影】

 これからも、安全運転の基本を励行します。

 「運転中、前方に絶対的スペースを持つ」

 運転前に毎回「タイヤの空気圧を目で点検」

 出発は「時間的余裕を持つ」

 「横断歩道前は必ず徐行」

 「対向車線渋滞時は飛び出しの可能性あり、ゆっくり走行」

 「交差点の左折・右折は最も危険な場所として細心の注意」 

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2015年3月 2日 (月)

倉賀野に現存する大きな「長賀寺山古墳」

P1060223 【倉賀野町下町に現存する長賀寺山古墳】

 昔、私の家の隣に住んでた倉賀野町の元町長・松本忍さんによると、倉賀野には千間山(浅間山)、大鶴巻の二大古墳を初めとして実に207個の古墳の跡があったと伝えられます。

 しかし、その殆どが平地にされ、現在、倉賀野町内で私が知ってる範囲で現存する古墳は4基です。それは前述の2基の他、緑地公園北にある「一本杉古墳」そして、今回、紹介する下町にある「長賀寺山古墳」です。

 この古墳は倉賀野町民にあまり知られてないようですが、想像以上に大きな古墳で、一見して上町の「小鶴巻古墳」より少し大きい規模です。その高さは平地から推定8m、東西40m、南北40mほどで、場所は諏訪神社の南西約200mの地点です。

P1060226 【長賀寺山古墳の麓にある単体道祖神】

 元・倉賀野小学校長徳井敏治著「伝説の倉賀野」によると、長賀寺山古墳の上にはその昔、稲荷様があり、正式名は「正一位大大儀式倉山稲荷大明神」という厳めしい名前であり、これは京都の伏見稲荷の総本家まで行って、貰い受けてきたとと記されてます。

 倉賀野が未だ宿場で賑わったころ、街道から北側の裏の方は森や林が続き、あちこちに塚が散在し、とりわけ今の下町の街道北は森林と塚の連続であった云われ、このうち一際高く大きかったのが長賀寺山古墳であったとされます。

P1060229 【長賀寺山稲荷・徳井敏治著「伝説の倉賀野」より出典】

 この写真は貴重なものでしょう。建物は長賀寺山頂にあったとされる稲荷様。社寺合併の際、近くの養報寺に移され、その後、この古墳は樹木雑草が生い茂り、狐や狸にとって申し分ない棲家になりました。

 狐たちは山の頂に穴を掘って付近の家畜や野鼠を餌食として生息し、「狐に手を出すと必ずその祟りがある。」として人々は決してこれを責めなかった。その雰囲気は現在でも変わらない。

P1060222 【長賀寺山古墳の山頂付近】

 上町にある小鶴巻古墳は10数年前までは、樹木や竹が繁茂してましたが、近年、整備され、その由緒ある風格が確認できる姿になりました。倉賀野の貴重な長賀寺山古墳も早めに手を入れ整備していくべきであり、現在、生きてる人間が可能な限り、全貌を明らかにすることが使命です。そして、倉賀野に残存する大切な文化財「長賀寺山古墳」を未来に引き継いでいくべきです。

 さもないと未来は宅地として造成される危機が存在します。私は幾度となく長賀寺古墳の現場に行って観察してますが、この古墳は想像以上に大きいものです。竹藪を刈り込んで整地し、案内板を設置すれば倉賀野の歴史が身近になり、誰でも山頂で憩え、大鶴巻・小鶴巻古墳の如く、倉賀野の往時の面影を現代そして未来の人間に明確に訴えるのではないでしょうか。

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