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2016年9月20日 (火)

競技スポーツは必ずしも健康長寿に結びつかない

P1010743 【倉賀野一高いビルと倉賀野一大きい樹木】

 日本人には「適当にやる」という言葉がいろんな場面で嫌われ、「限界に挑戦」を目標に、また、「頑張る」という言葉が好まれて使われます。特に競技スポーツでは「勝ことが究極の目標」であることから、「如何にして相手を打ち負かせるか」、そのため、日々自らの肉体に極端なまで負荷を与え、心拍数は平素の2倍を上回ることも珍しくないでしょう。

 本格的な競技者になると、この状態が中学・高校時代から20代~30代と人生の前半を継続したままになります。人間のエンジンである心臓は、どれ程、不自然な鞭に耐えられるのでしょう。

 一方、「自己の限界に挑戦」と目標を持ち練習に明け暮れることは高校時代など若い時代では人間形成にとって大切で、将来どの進路に進んでも、少しくらいの困難にはへこたれない精神力が培われることは確かです。

 このように「青春の一時期」に肉体的、精神的に精一杯努力を重ねる体験は教育的に非常に価値があり、自己新を狙ったり、より良い成績をめざし努力することで深い友情が生じ、師弟関係の絆は生涯続くものになります。

P1010731【百日紅・・・開花して百日目に近づいてる】

 ところで、今回の主題は表題の如く、長きにわたり競技スポーツを続けると、結果的に無理の上に無理を重ねることが続き、精神的にも肉体的にも極限まで追い詰められやすいです。

 前回の東京オリンピック・マラソンで優勝したエチオピアのアベベ選手と競い、3位という偉業を打ち立てたのに、その後「お父さん、お母さん、僕はもう走れません」と書き遺し自ら命を絶った円谷選手のような悲惨なこともありました。オリンピックで銅メダルという偉大な結果を出しても、周囲からはより上を期待され続け、彼の精神と肉体は、どれ程、追い詰められ苦しかったことか計り知れません。

 スポーツとは本来、走ること、ゲームすることなど私たちにとって身体を動かのは楽しいものです。それが、いつの間にか「勝利することが楽しい」に方向が変わりました。これでは今後も将来の選手の健康が危ぶまれます。

 人生の目標は人それぞれであっても、「いつまでも健康でいたい」が万人の目標であり、運動は本来、健康のために行うことが老若男女に共通なことです。しかし、結果的に運動が健康とは逆の方向になっては何もなりません。

 という我が家の親戚にも、インターハイ及びインカレにおいて女子ハードル全国優勝した増尾正美は近年、若くして他界し、また、私の妻は100m、及びリレーの群馬県選手として和歌山国体に出場しました。若いころ来る日も来る日も走り込んだのでしょう。小学校校長になりましたが、現職の若さで世を去りました。

 本来、運動とは人と競うものでなく、生涯を通じてスムースな血流のためや強靭な足腰になるために適度に行うべきものと考えます。

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