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2016年10月28日 (金)

先人の知恵を今に伝えるサイフォン式灌漑

P1010669【鏑川・山名町にある中村堰】

 年齢を重ねてからの健康維持や体力増進法は、心臓への負荷が少ないウォーキングが適してると考え、週2回ほどここ鏑川の土手を往復4kほど歩いてます。ここは景色がよく、危険がなく、空気がよい理想的なウォーキングコースです。すでに1年前から私のお気に入りコースになってます。折り返し地点ではご覧のように川幅が100mほどの「中村堰」があり、対岸には藤岡市方面へ灌漑用に水を引く取水口があります。

P1010783 【土手の上は私のお気に入りウォーキングコース】

 ここ鏑川は、もうすぐシベリア方面からコハクチョウが羽を休めに来るサンクチャリーです。私は景色のよい土手をすでに100往復ほど歩いてます。

P1010886 【対岸にある水門は鏑川の水を調節し、右隣は取水口】

 ウォーキング中、対岸にある水門や取水口をいつかは見学しようと思い、先日、詳しく下流まで見て回りました。実はこの鏑川へはここから200メートル下流に南から流れ来る鮎川が合流してます。

 ところで、中村堰の始まりは400年ほど昔に遡る江戸時代初期と伝えられ、大水が出るたびに、おそらく石を積んだ簡素な堰は流され、田畑に水が必要な農民にとっては、その度ごとに作り直す苦労があったようです。

 しかし、最大の難題はこんなことでなく、ここから水を引いて200m下流である前述の鮎川が日野方面から流れてることです。鮎川は一級河川です。

 中村堰から引いた水を4Kほど先の藤岡北部まで通すには、この鮎川を通過させなければならず、ここに「先達の知恵」が生まれました。それは、この界隈の住職が考えついたといわれる「鮎川の下を潜らせるサイフォン式トンネル」です。彼の頭脳がこの難題を解決し、中村堰からの水は鮎川の下に作ったトンネルを通過し、藤岡北部へ流れるようになったのです。

P1010923【私が描いたサイフォン式トンネルの略図】

 江戸時代には井戸掘り職人がたくさんいたことから、おそらく彼らを総動員して川の下を横から掘り進んだのでしょう。農民の渇望と住職の知恵、そして井戸掘り職人による連携プレーで鮎川の下に水を横断させる灌漑が完成しました。

 それにしても、このサイフォン式を考え出した知恵は卓越しており、物理の原理を応用してます。中村堰【上図では左側】から流れてきた水が鮎川の下のトンネル内で満水になると、一方の出口から自然と溢れだし、藤岡方面に流れていく仕組みです。トンネルの距離は推定150mほどです。

 江戸時代の構造が現在でも継続されてます。しかし、当時と異なり、今ではしっかり工事が施工され、私はすべてカメラに収めてきました。

P1010916 【中村堰からサイフォンに向かう水の流れ】

 水がたくさん流れても大丈夫のように深くなってます。ここから水はサイフォン入口に向かいます。

P1010919 【サイフォン入り口】

 ここで水は鮎川の底にあるトンネルに流れ込み、対岸の下まで流れ、サイフォンであるトンネル内が満水になると対岸の出口から溢れ出す仕組みです。鏑川は水量が多いことから、おそらくトンネル内は常時、満水と考えられ、見学した日も対岸の出水口からどんどん水が出ていました。

P1010920 【日野方面から流れる鮎川の流れ】

 現在の鮎川の水量は少なくとも、季節によっては大量に流れる一級河川です。この下を中村堰からの水が昔から横断してる。

P1010902 【藤岡市側の出水口】

 鮎川の下を横断した水は藤岡市側に流れ出てます。現在、サイフォン内を見ることは不可能ですが、頑丈なコンクリート製と考えられ、将来もずっと大切な役目を果たし続けるでしょう。

 それにしても、昔から自然と闘ってきた人間の知恵は、正に考える葦であり、先人の悩みとそれに打ち勝った人間の頭脳が偲ばれます。

 ところで、下流へ足を運ぶと、またもや今度は農民と農民との平等を考えた分水の堰が現れました。

P1010911_2

 おそらく昔からここで各田んぼへ公平に分水したのでしょう。現在は立派な分水の堰が完成し、水は各方面へ分かれて行きます。

P1010909

 今回、ウォーキングが元になり、偶然にも先人の灌漑を求める苦労と知恵を偲ぶことができ、「人間とは何か」について考えることができました。現在に生きる私たちも、すべてはより良い「人間的な暮らし」を求めています。頭を働かせることが「自らの生きる道」と悟ります。

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