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2017年2月 6日 (月)

忘れられない担任の言葉・・・担任の仕事とは

P1020503【県立前橋高校で】

 今は亡きS先生は倉賀野中学校で私の担任であり、理科教育と部活でお世話になりました。卒業以来、同窓会や偶然に街角でお会いするだけで殆ど話す機会がなく、その後、残念にも亡くなりました。しかし、担任として先生の話された言葉が半世紀以上、経過した今でも私の脳裏から離れません。あるいは、その言葉が後押しとなって、無い頭を絞り、拙いブログを1400回以上、更新してるのかもしれません。今後いつまで書き続けられるでしょう。
 
 S先生曰く、「人間の脳とは、いくら詰め込んでも入るもの。容量に限度がない」という教えです。また、人の話を聞くときは「メモを取って聞く習慣を持つべき」というものです。後者について、後に私は教員になってから上司や指導主事が話す内容をメモする習慣が備わりました。
 
 人間の脳とは「いくらでも入る代わりに、いくらでも忘れるもの」。その点、後日、メモを見るとその要旨が蘇り、改めて一人で吟味できるのです。それが蓄積すれば、教育に携わる者としてポイントが把握でき、座右の銘になります。
 
P1040728【インド・カルカッタ日本人学校】
 
 一方、私の中学時代から高校時代における進路希望は就職で、教員を全く志望してませんでした。しかし、高校時代も個性溢れるH先生との出会いにより、急遽、音楽専攻での大学進学を薦められ、結局、先生の熱意が元で、生涯を通じた職業は教員となりました。しかし、H先生も既に故人となり寂しい限りです。
 
 私が勤務した学校は写真のインドの日本人学校に始まり、帰国後は支援学校、そして高校4校です。特に青年教師時代から40代までは毎年のようにクラス担任となり、教科から離れた生徒指導の業務に忙しさと喜びを感ずる日々でした。
 
 しかし、今となって振り返ると、20代の榛名高校時代や30~40代の高崎商業高校勤務時代に、どれ程、彼等の「生き方を変えられるほど、ためになる話」ができたか、恥ずかしい思いです。最初、インドでお教えした小学生はすでに還暦です。
 
 タイトルの如く、担任になっても担任の仕事内容について、先輩教員からの研修会はなく、日々、試行錯誤で取り組むほかはなく、失敗に失敗を重ねつつ、20代を過ごしました。同様のことは教科指導でも失敗の連続で100回に1回ほど上手くいったくらいです。上手く行ったときの内容と方法を覚えておき、それに味付け、肉付けし、授業の方は多少、自信が持てるようになったかもしれません。
 
 ところで、今思うに朝、明るい顔で教室に入り、10分間のホームルームほど担任として大切なことはないでしょう。出席を取ることと、連絡事項で5分過ぎます。残った5分こそ担任としての力量が評価される時間です。
 
 日々、「生徒の目を見つつ、生徒の心に如何に新鮮で印象に残る話ができるか」ということではないでしょうか。連絡事項、注意事項のみであってはならず、「担任は話の幅の広さ・深さこそ磨くべき」で、テーマは森羅万象を対象とし、「よし、今日はこの話をするぞ」」と意気込んで学校に向いたいものです。担任と生徒は目を見ながら、言葉でしっかりつながる関係でありたい。
 
 特に、クラスの生徒が部活・勉強、その他の場面で「頑張ったことを見逃さない担任」でありたいものです。
 

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