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2017年10月10日 (火)

「不滅のアレグレット」に対位法の深遠さを感じる

P1020099

 今回、前橋市民文化会館で行われた前橋交響楽団第31回演奏会を娘たちと聴きました。3曲構成によるプログラムは「魔弾の射手」序曲、「コッぺリア」「ベートーベン第7番シンフォニー」で、いずれも親しみある名作ばかりです。
 
 先ず、指揮者のタクトが動き出すや否や生じた響きは、私にとって若き日の懐かしい哀愁漂うロングトーンです。続いてオクターヴ上で再度奏でられるクレッシェンドを伴う壮大な響きに、私は一瞬、青春時代が蘇りました。
 
 それは、学生時代に聴きに行った東京虎ノ門ホールで行われた民音主催「指揮者コンクール」の課題曲が「魔弾の射手」だったからです。今回の演奏で優雅な響きとそれに続く名旋律の数々に20代の若き自分に戻ることができました。
 
 当時の国内指揮者コンクールは第一次の課題曲「エグモント序曲」に続き、第二次審査は「魔弾の射手」序曲で、審査委員長である著名に斎藤秀雄氏は講評で「同じ曲を幾度も演奏することはオーケストラの楽員にとって精神的苦痛である」と言った説明が思い出されます。
 
 それでも、指揮者によって目に見える指揮法が変わり、それにより生まれる音楽はテンポ・リズムが変化して聞こえ、音色まで変化し、それぞれ異なる魅力ある楽曲に聴こえるものです。楽員がタクトに忠実に合わせ、生まれる音楽はまるで呼吸する生き物のようであり、同じ楽曲でも表現が多種であることを若き日に認識したものです。
 
P1020093 【演奏開始前にコントラバスが音合わせ】
 
 ところで、今回の前橋交響楽団のプログラムの中で、事前に私が最も楽しみにしてたのはベートーベン第7番シンフォニー第2楽章です。この楽章も若き日、闇に包まれてるような、しかも、とめどもなく湧きいずる美しさに心底より感銘したものです。果たしてこの曲の持つ「内面的深遠さ」をどう表現するか、期待を持ち、この楽章が始まるイ短調主和音の響きを待ってる私がありました。
 
 この楽章「不滅のアレグレット」は初演から人気があったといわれ、その根拠は文字通り、どこまでも暗い響きによる「対位法音楽の美しさ」にあり、人間の苦しみや愛を、あるいは人間的な喜びを極限まで表現したベートーベン不滅の傑作に改めて深く感銘する思いです。
 
 昔、バロック音楽などで聴いた対位法【counterpoint】がこれ程まで聴く人の心を打つとは考えられませんでしたが、この第2楽章を聴くと「音楽は旋律、和声、リズム」が三要素といわれても、私には対位法が内包されてこそ音楽芸術の深遠なる響きと感じてなりません。故に、弦楽四重奏を始め、多くの室内楽で対位法の無限な動きが、楽曲の魅力と感じてます。
 
 対位法とは、楽曲の中にあって、一方のパートが音を伸ばし、一方が音を刻み、他方が旋律を奏で、また、新たなる旋律も加わり、そのすべてが和声として響き合うので、聴き手を複雑にして魅力ある音の世界に誘います。
 
P1020094【よい音響を考慮した館内の構造】
 
 一方、私は指揮法に関心があるので、その動きを緻密に拝見しました。時々は効果的な「先入法」があるかなと思いました。これにより演奏と指揮の動きに、鑑賞者にとって、より鮮明な両者の関連性が感じられ、演奏はより動きある魅力を増し、惹きつけられるのではないでしょうか。この先入法は前述の審査員・斎藤秀雄氏が考案したと伝えられてます。
 
 実は今回の演奏会は娘の友人がクラリネットで出演されるとのことで聴きに行くことになりました。演奏後、高崎に戻り、久々に駅前「どんどん」で娘たちと音楽談義に花を咲かせ、充実した祝日になりました。
 

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