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2018年6月

2018年6月28日 (木)

暑い夏、体内から水分と塩分が排出される

P1030973_2 【玄関のハイビスカス】

 群馬県も梅雨が明けないうちから、連日猛暑です。梅雨が明けたらもっと暑い日の連続でしょう。
 
 私は拙い体験で、20代にインド・カルカッタ日本人学校に勤務してました。現地は北緯22度で、北回帰線より少し南に位置し、1年中いわば夏で、日本の学校と異なることは5月が夏休みです。
 
 この時の気温は午前11時に木陰で計って連日摂氏42度です。午後になると35度くらいに低くなります。10月~5月まで乾期なので雨は降りません。当時のインドでは生水が飲めないことから、お茶代わりにコカコーラを飲んでました。生水を飲むと下痢になります。どうしても飲みたいときはボイルしてから飲みます。
 
 このためインドで最も多く使った言葉は「ガラム」と「パニー」です。意味は「暑い」と「水」で、例えば、「今日は大変暑いです。水を下さい。有難う」はアジ、ボート、ガラムハイ、パニーラオ」、ダン二ャバードです。最近、日本でもインドカレー店の名に「ダン二ャバード」がありますが、有難うの意味です。
 
 お陰で帰国後、夏の暑さに強くなりましたが、年数が経過し、最近の私は体力が衰え、暑さは堪えます。喉の渇きは例年より頻度が多く、色々飲んでますが、ここで少し水分について考えてみました。
 
P1050358 【ねむの木】
 
 私たちの体内から放出される水分は一日当りどれ程の量でしょう。水分の放出個所は、先ず皮膚から汗、尿と便、呼気から蒸発するもの、そして意外なことに口の中の唾液が減ります。
 
 果たして、どれ程の水分が体内から出て、結局、蒸発するのでしよう。その兆候は喉が渇きます。この際、一般人について調べてみたところ、1日の汗は1ℓ~3ℓ、尿は1ℓ~2ℓ、呼吸による蒸発は400cc~600cc、更に唾液は1.5ℓほど毎日出るといわれてます。私にとって、これは驚きです。
 
 一日に体内から体外へ出る水分を合計すると「4リットル~7リットル」で、夏に外で動けば、これを上回ります。これでは脱水状態に陥ります。想像を超える水分排出量を知ると水分補給の重要性に気づきます。しかし、一般的にはかなり不足してるようです。冷房の部屋にいても体内の水分は減リつつあります。
 
P1030958 【鏑川・・・山名町の堰】
 
 一方、「忘れてはならないことは」体内から水分が排出されれば「塩分もカリウムも排出されます。」特に夏は相当の塩分が体外に排出=discharge されると考えられます。
 
P1030985【イオンウォーター】
 これを知ると、塩分摂取も大切で、夏季はただの水より少々塩分が入ってる水を飲む必要があります。ただの水は再度、喉が乾きます。
 
P1030986【一粒が口の中に30分ほど持ちます。】
 
 暑いこれからの季節では、熱中症=heat strokeや脱水状態=dehydrationを避けるためにも、野外運動は早朝や夕暮れの涼しい時間帯に行い、水分補給=rehydrationはこまめに行ない、用がなければ日中は室内で過ごすようにしたいものです。
 

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2018年6月25日 (月)

車検後、走りが力強くなったAudi TT Quattro

P1050599【赤いサルスベリと黄色いTT】

 ボデーカラー黄色を特注したため契約後、半年待ってドイツから来た愛車も、早くも9年が経過し、今回4回目の車検になりました。若き日からスポーツタイプの車に憧れ、気に入った一台の車を長く乗り、買い替えをしませんでした。
 
 最初に購入した車は、当時としては人気があった「いすゞ117クーペ」です。新車で買って年数が経つと全面塗装を繰り返し、最後は動かなくなるまで乗りました。走行距離は地球6周半に相当する26万Kです。
 
 この117は途中、水色になり、4つの職場(榛名~高商~富岡~前高)をずっと乗り続けましたが、いわば老衰の如く次第に弱り、前高時代についに手放しました。しかし、どうしてもこの117に乗りたい気持ちが強かったですが、群馬県内では、どこを捜しても売ってる店はありませんでした。
 
 しかし、求めればあるもので中古車専門誌を見たところ黄い117クーペが売りに出てることを知り、電車で遠く長野県の八ヶ岳山麓・小渕沢へ行き、中古117黄色を購入し、そのまま乗って長野道~上信越道経由で群馬・倉賀野まで帰って来ました。それが下の写真です。
 
P1030976【前高正門で117クーペと小生、人物は今より若いか】
 
 このように黄色のスポーツタイプを乗り継ぎ、現在も黄色のTTに乗ってます。黄色に拘るのは私の性格が地味だからで、せめて車ぐらいは目立つ色にしようとする心の内面が今でもあります。
 
 ところで、昨日はTT4回目の車検で、前回から2年はすぐ来てしまう感じです。また、車検というと費用がかかることから落ち込みがちです。しかし、私はそういう風に捉えません。運転ができ、車は動いても、運転者には目の届かない多くの部品の劣化や消耗があり、特に、ブレーキパットが減り過ぎると、「いざというとき」ブレーキが甘くなります。
 
 また、エンジン周囲を取り巻くエンジンオイルは勿論のこと、オイルエレメントを交換したり、エアークりナーエレメントの清掃、車全体的がコンピーターで作動することから再度の診断が必要です。また、スパークプラグの交換、バッテリーー交換などが主なものです。県外など遠乗り、特に山岳地帯に行ったときの故障を未然に防ぐことにつながります。
 
P1010683 【TTエンジンルーム】
 
 昨日、車検が終了し、Audi高前支店から高前バイパスに乗りましたら、走りに力強さを感じ、あまりアクセルを踏まなくても前進です。車検をすると費用はかかっても、法律をクリアーすることはもちろん、恰も新車に乗るかの感覚です。快調な車に暫くは安心して乗れます。後は運転する私の適格性です。
 
P1010818【上信越道・碓井峠付近】
 
 いつの間にか年を重ねた私が考える車の運転で、大切な点は足腰の機敏な動き、そして視力が正常であることです。実際には一瞬一瞬、変化する道路状況に対応する判断能力です。何より基本である車間距離の励行を習慣化です。これらは日頃の認知症対策が十分であるかどうかです。
 
P1030829【購入以来、水洗いのみで、一度もワックスをかけてないTT】
 
 脳に関することは、日々の生活習慣が密接に関係し、身体と脳を使うことが基本です。脳に関しては受動的な生き方でなく、自ら考える発想力を陶冶することと考えます。
 
 電車に乗っても、8~9割の人がスマートフォンに目をやってます。時代の変遷でこれもありかなと思っても、私もテレビを見るので、これとは別にいろいろの面で自ら新たなことを発想する生き方が認知症回避につながり、延いては運転にも役立つのではないでしょうか。
 

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2018年6月21日 (木)

今日は夏至・・・若き日、太陽は北を通過した

P1030855【ねむの花・・・夏至の頃咲く】

 今年は天文現象から目が離せません。先ず、7月28に皆既月食があり、時間は夜明け前に西の空です。月食は太陽~地球~月の並び方で直線になり、満月のときです。同様に日食は太陽と地球の間に月が入り、新月のときです。直線に並ぶと言っても地球から二つの天体までは比較にならない距離の差があります。
 
 太陽・地球間の距離はAU1で表わし、これはAstronomical Unitの略で、惑星などの距離を計る単位です。恒星などの距離は光年で表します。
 
 実際にはAU1は約1億5千万㎞です。例えば太陽から水星まではAU0.38、金星まではAU0.72、太陽から土星まではAU9.55、海王星までは何とAU30と計測されてます。
 
 因みに月までの距離はAU0.0025です。実際の距離は平均38万㎞なので、月までの距離は太陽までの距離の400分の1です。
 
 一方、太陽の直径は1391016㎞で、月の直径は3474㎞ですから、月の直径は太陽の直径の400分の1です。つまり、偶然にも距離においても、直径においても、月は太陽の400分の1です。
 
P1030967
 
 このため「三角形の相似形」となり、地球から見る太陽と月の大きさはほぼ同じに見えることになります。
 
 今年の天文現象は月食の他、7月31日に火星が大接近、8月31日にはペルセウス座流星群が極大です。この夜、月明かりはありません。
 
 ところで本題で、今日は夏至です。これは地球から見た太陽が夏至点に到着する瞬間を言い、その時刻は日本時間19時07分と発表されてます。グりニッチ時間の10時07分が基準です。
 
 地球から見た太陽は夏至点にあり、ここは春分点から90°離れた位置です。この位置は赤経6hで、赤緯23.°26′です。夏至点の太陽の背景は双子座近くです。北回帰線が通過してる台湾では、今日は太陽が頭上を通過します。インドにいたとき北緯22度なので、太陽は少し北を通過しました。
 
Photo_2 【双子座と夏至点】
 
 二十四節気に合わせ地球と太陽の関係を考えると、地球は公転を続け、太陽の背景の黄道十二星座はおよそ二つの節気で一つの星座が変わります。現在は双子座で、実際私たちがこの星座を見ることができるのは、半年後の冬至の頃から真冬にかけてです。最も明るい一等星シリウスの左上です。オリオン座が見えれば、その左上が双子座Geminiです。発音はおよそジェミナイ。
 
 

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2018年6月18日 (月)

群馬南部地震でなく、群馬中部地震です。

P1020463【夏至の頃に咲く紫君子蘭】

 昨日、私が午後3時前から鏑川の土手を4Kウォーキングしていたところ、近くの田んぼで田植えをしてた人たちが「地震だ」との声が聞えました。その人たち曰く「電線が揺れてるからカラスが飛び立ったのかもしれない。」というほどであり、群馬県南部では大きな揺れではなかったです。
 
 私がウォーキングしてた土手は鏑川であり、対岸は藤岡市です。ここはまさに群馬の南部です。ところが、ウォーキング中でもあり、私はその揺れに全く気づきませんでした。地震に敏感な私でも、それほど大したことはない地震と思いました。
 
 その後、土手の上を通過する北陸新幹線(あるいは上越新幹線)がいつもより幾分が遅い速度で動いてます。地震による対処と想われます。
 
P1030962【土手の右側は藤岡市、左側は高崎市】
 
 帰宅してからニュースで「群馬南部で震度5弱」の地震と流れ、しかも震源地は渋川市と伝えられてます。咄嗟に、何故、渋川市が群馬南部なのだろうと疑問に思った人は多いのではないでしょうか。渋川市は群馬中部です。おそらく命名する人が群馬の地理に詳しくない方なのでしょう。しかし、群馬が震源地であることは珍しく、95年ぶりと伝えられてます。
 
 渋川市は「日本の真ん中」といわれ、地元では「へそ祭り」も行なわれる位置にあります。これは日本の真ん中を体の臍に例えてます。近くには有名な伊香保温泉があり、温泉関係者は地震による温泉の湧出量が心配と思われます。
 
P1030965【地震直後に震源地近くに向かう新幹線】・・・拡大して下さい。
 
 たまたまカメラを携帯してたので、地震直後に東京から来た新幹線を捉えたところ、いつもより明らかに違い、減速しているように見えます。
 
 ところで、群馬県の大災害は天明3年(1783年)に起きた浅間山の大噴火です。巨大な火砕流が麓の鎌原村を飲みこみ、多数の犠牲者が出て、現在もその多くは地下に眠ったままです。時々、私は鎌原観音堂をお参りします。解説によるとその後、生き残った、夫を失った妻、妻を失った夫同士が再婚したとのことです。 
 
P1030799 【ウォーキング中、以前に撮った浅間山】
 
 一方、群馬県で起きた歴史的大災害は戦後のカスリーン台風です。(正式にはCathleen ) 日本列島を縦断したこの台風は群馬県を直撃し、赤城山など山間部に降った大雨は利根川を氾濫させ、群馬県の犠牲者は592名、全体では1100名(国土交通省)と伝えられます。
 
Photo【群馬県庁展望台から見た利根川】
 
 群馬県は大災害に見舞われることが比較的少ないです。しかし、自然災害はいつ起こるか人間には分かりません。平素から、逃げる脚力を鍛え、危険な個所を避け、保存食と飲料水を3日分用意しておきたい。
 
 何より、自然災害による環境が180度変わっても生きられる強靭な精神を持ちたい。
 
 

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2018年6月14日 (木)

倉賀野町のオカリナ練習会が開かれる

P1030952【練習場所】

 音楽が好きな人は鑑賞するのみでなく、自らも演奏したい気持ちがあります。これは子育てが終わり、年齢が嵩むほど高まるようで、私の倉賀野町にオカリナ愛好者たちがいることに驚いた私は、彼女たちがいつも練習場所に苦労されてることを知りました。
 
 音楽演奏は音が出ることであり、通常2時間ほど練習することから音が外に出ない構造の練習場所が必要です。公民館を当っても所在地の問題や、希望の日時に予約が取り難いとのことです。
 
 この話を聞いた私は「ぜひ私の家で練習してください。」とリーダーの方に伝えました。たまたま、私の家は外に音が漏れない構造にしてあり、外の音も室内に入りません。写真の部屋は18畳あり、6人が練習するには丁度よい広さです。
 
Photo【オカリナ】
 
 このため、今年の4月より既に3回の練習会が行われ、オカリナ特有の柔らかい音色が響き渡り、誰でも知ってる昔からの童謡や、日本の名曲「みかんの花咲く丘」などレパートリーは広いです。暫くぶりにオカリナを聴く私も心が和みます。
 
 先日は私もピアノで参加し、この曲を伴奏しましたが、この曲には前奏や間奏があり、急遽弾いたので楽譜がありませんが、細かな有名な間奏がどうにか弾けました。いつも一人でソプラノサクソフォンやピアノを奏でても、他の人と合奏することは暫くぶりで、音楽を力合わせていっしょに奏でるのは、また一味違う喜びが生ずるものです。
 
P1040953 【インド象が並ぶピアノの部屋で練習】
 
 彼女たちの練習中、私はいつも別の部屋で自分のことをしてますが、先日は、彼女たちがソプラノサックスを聴きたいとのことで休憩時間に吹いてみました。
 
 最近、人に聴かせすることは殆どなくなり、多少、緊張しましたが、演奏ではある程度の緊張感が却って必要です。マウスピースをお湯で温めてから暫くぶりに音を出しました。
 
 声楽では喉の調子が大切であるように、サックスで喉に匹敵するのはマウスピースとすぐ下の部品です。冷たいままでは音程が狂い調子が出ません。これをお湯で温めると、うそのように音が楽に出て音程と音色がずっと良くなります。
 
P1010766【ソプラノサクソフォン】
 
 すぐ吹ける曲は何かと考えたところ、東北大震災支援曲「花は咲く」を思い出し、実音B durで演奏しました。常に音色第一主義の私としてはまあまあの音色でしたが、彼女たちはクラシックのソプラノサックスを聴く経験がないらしく、目を丸くして聴いて下さいました。いつもオカリナの音に慣れてるせいか、違った音色とビブラートが新鮮だったのかもしれません。
 
 ところで、オカリナの有名な曲の一つは「シルクロードのテーマ」です。実にすばらしい旋律でオカリナの音色にピッタリです。これほど音楽と楽器が一致することも珍しいです。4000年の悠久の歴史や、ラクダが行き交う広大な砂漠が目に浮かびます。
 
 同様に名曲「禁じられた遊び」がギターでなければならないように、また、新世界交響曲の第2楽章「家路」がコールアングレでなければならないように、曲によってはその楽器でなければならない曲があります。代用が利かないです。
 
P1030768
 
 これから暫く私の家でオカリナ練習会が続きます。彼女たちは今までいろいろのステージに立ったようで、今後も演奏会という大きな目標に向かい、音楽を共に奏でる楽しさと人前で演奏する快い緊張感を大切にしてほしいです。
 

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2018年6月11日 (月)

石拾いと草むしりをして、より良い庭をめざす

P1030949【今朝咲いたサボテン】・・・拡大してご覧ください。

 私の土地は元々畑だったことから殆どの場所は良い土です。しかし、20~30㎝掘り起こすと、天明3年「浅間の大噴火」による火山灰が出てきます。灰といっても2ミリほどの黄土色した粒です。当時の農民は田んぼ一面に厚く降り積もった火山灰に悩み、それを集めて「灰塚」とし、そこは主に畑にしたと推測します。ですから私の土地は「灰塚」だったと推測できます。

 一方、これは植え木に好都合で、それは水はけがよいからです。たまたま私の趣味の一つは花木を中心とした植物を育てることです。多くの植物にとって水はけの良さはプラスになります。中でもシャクナゲにとって水はけの良さは基本です。

P1030876【庭は新緑・・・左は花梅、右はサルスベリ】

 ところで、生前の母が話してたことを思い出し、それは「地続きの土地は借金しても買え」というものでした。その後、30年が経過し、運良く隣の土地が売りに出たのです。私の土地の東側の境は南南東を向き、斜めだったことから私は南北にまっすぐにしたい思いがありました。

 3年ほど前、願ってもないチャンスが到来。母の教えを思い出し、これを逃したら生涯、隣の土地は買えないと思い、管地の払い下げも含め15坪ほど買いました。ここにお気に入りの塀を立て、長年の思いが叶いました。

P1030951【家の東側が広くなる】

 土地が広がったのはよいのですが、この土地は元々田んぼだったことから、以前の土地所有者が自ら埋め立てました。それはどこからか運んできた石混じりの土です。このため草むしりをしたくても石がゴロゴロしてして難く、毎年草ボウボウになり、手のつけようがなく困ってました。

 しかし、最近、思い切って石を集めたところ、ご覧のように少しはきれいに整地できました。次は梅雨の晴れ間に行います。仕事とは邪魔ものが一切なく、しやすいことです。これから草が繁茂する時期でも、今度はしっかり雑草を取ります。庭が広がっても、未だ有効利用してなく、リンゴの木2本、キンカン、ビワが植えてあるだけです。

P1030944【昨日、収穫したビワ】

 庭をどのように作るかはキャンパスに絵を描くようなもの。あちこち見て回りヒントを得て、独創的な庭にしたいです。これには結構、芸術的な発想力を要します。こんなことでも、毎日取り組めば、社会的に心配される脳疾患や認知症から脱出できるかもしれません。

 年を重ねたら本格的に運動するより、日々、ちょこまか体を動かすことが健康維持に効果があると最近は感じてます。

 

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2018年6月 7日 (木)

肩甲骨を上下左右に動かすことで快適に

P1000959 【朝咲き午後には萎むサボテンの花】

 最近、私は時間がある度に肩甲骨=shoulder bladeを上に伸ばしたり広げたりします。ウォーキングするときも腕を前後に大きく振ると肩周辺がすっきりし、振らないときに比べ、呼吸も幾分か深くできる感覚です。どこでもすぐにできる肩甲骨の運動は、意外に健康に結びつくかもしれない。
 
 私たちの内臓で常に大きく動いてる臓器といえば「肺と心臓」です。この二つの臓器がどこにあるかと言えば、どうしても胸から指差しがちです。しかし、背中を中心に考えれば、心臓は左の肩甲骨のすぐ前にあり、肺は両方の肩甲骨の内側にあります。この他、肩甲骨の裏側には多くの動脈と静脈があります。
 
P1030937【品種名・長崎クイーンのビワ】
 
 ところで、私はいつの間にか年を重ね、あちこちガタが来てる感じです。近年は風邪を引きやすくなり、副鼻腔炎は若いときからで、手術したことがあります。鼻の対処法は、一般的には行われてないようですが、0.9パーセントの塩を入れたお湯で洗浄してます。これで鼻の中がきれいになり、鼻呼吸の通気がとてもよくなります。0.9%の理由は血液中の塩分濃度と同じです。
 
 一方、視力が衰え、左右の度数が異なってきました。眼科で診察した結果、左目に白内障が始まってるとのことで、来年、手術予定です。
 
P1030934 【先日、長女夫妻と梅捥ぎ】
 
 ところで、私には期外収縮があります。これは現在の医学では治療の対象でないと言われてます。でも、少し不気味です。健康な人でも、1日に1000回ほど脈が飛ぶと言われますが、本人が気付かないことが殆どとのことです。
 
 私の場合、体調がよくないと期外収縮が現れやすいです。ところがです。最近、この期外収縮があまり現れなくなりました。
 
 それは偶然です。左の肩甲骨を大きく動かすように左手を頭の上で円を描きます。その方向は下から見て反時計回りです。先ず、左の腕を上に伸びるだけ伸ばします。それを左に大きく回転し、頭の上でぐるぐる回します。これを10回ほど続けます。これで期外収縮がほとんど現れなくなりました。水泳のクロールの運動でも同じで、上に遠く伸ばすことがポイントです。
 
 一方、肩甲骨を大きく動かす比較的簡単な方法は、両手の中指をそれぞれ肩に付け、鯉のぼりの塔の上の「かざ車」のように両肘をぐるぐる回すことです。このとき肘はできるだけ高い位置まで上げます。
 
P1030943【棒を使って上下運動も】
 
 おそらく、左の肩甲骨の裏側と心臓はあまりにも接近してることから、通常、肩甲骨の裏側が凝って筋肉が硬くなってると、心臓の働きが影響を受け、ときに脈が飛ぶことにつがるのではないでしょうか。
 
 偶然にも、私は肩甲骨の運動と心臓の関係を知ってから、前述の運動を繰り返してます。結果的に、いつ腕で計っても脈が飛ぶことは殆ど感じなくなってます。
 
 人間とは今まで聞いたことがなくても、医師から教わらないことでも、自ら解決法を見つけ出すことで、健康につながることがあるかもしれません。健康についてはもちろん、他も面でも、発見や発想は生きる上でポイントと考えます。
 

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2018年6月 4日 (月)

多胡碑を見学し、渡来人の遺業を悟る

P1030855

 昭和時代に両親が亡くなり、姉も一人なくなり、最近では親しかった友人の数人も逝去し、次第に年を重ねた私が今、最も関心あることは「私たちの遠い祖先は一体、何処から来て、どんな難局に突き当り、何に悩み、何に興味を持ち、どんな人と出会い、何に喜びを感じ、どんなものを食して生活してたか」です。真実は分かりませんが、私たちは遠い弥生時代の祖先の血を受け継いでることは確かです。
 
 生前の親から聞いた話や親戚から言い伝えられる先祖についてはせいぜい幕末までであり、僅か200年ほどです。運悪く、私は4人の祖父母と誰一人会ったことはなく、それは私の誕生以前に世を去っていたからです。
 
 祖父母4人はいずれも幕末に生まれてることから、幕末から明治維新についての話をたくさん知ってる筈で、私としてはいろいろ聞きたかった思いですが、それは叶いませんでした。もし、聞ければ思わぬことが聞けたかもしれません。でも、社会的にも個人的にもいろいろ体験された祖父母4人の血を受け継いでることは確かです。いずれも情熱家であったことは父母から聞いてます。
 
 日本の歴史は、石器時代を過ぎてから縄文時代~弥生時代と変遷し、この間、私自身の遠い先祖が存在したことは事実であり、おそらく数々の難曲に突き当り、一方、安住の地を捜し求め、自分の思いを次の世代に託し、また、子孫は次の世代に託し、日本語を媒介にして、これを数百代も繰り返し、平成の時代に私たちがいる事実があります。
 
P1030866 【多胡碑の自然環境】
 
 ところで、世界記憶遺産に登録された吉井町の「多胡碑」に先日行って来ました。鬱蒼としたケヤキの森の中に佇む1300年前の古碑は、当時の記録を漢文で今に伝えています。第二次戦時中、貴重な文化遺産を敵国に見つからないようにと、付近の住民は「多胡碑」を地下に埋めて隠したとのことです。
 
P1030862_2【多胡碑本体】
 
 私は前回30年前に見学したのみで、暫くぶりの訪問となり、ワクワクして多胡碑と共に記念館も拝見しました。
Photo_2【原文と現代訳】
 まず、漢文体のみで刻印され、専門家の研究では中国の「六朝風」書体であると言われ、これはもともと日本列島に住んでた日本人による書でなく、私は渡来人によるものと考えます。理由は漢字のみの文章であるからです。現代中国語も漢字のみの言語です。
 
 この頃の歴史を紐解くと、4世紀ごろより大和朝廷の朝鮮半島進出による捕虜たちは、主に中国黄河流域出身の技術者や学者が多く、日本に連れて来られた彼らは、そのまま日本に定住し、元々いた日本人との混血が代々続き、彼らが持ち込んだ漢字や仏教、学問、芸術が、やがて従来から住んでた日本人に浸透し始めたと考えます。
 
 一方、この時期、中国での戦乱による一部国民の民族移動として、また、百済や高句麗の滅亡も追い打ちをかけ、数多くの渡来人がこの300~400年間に日本へ渡り、定住し始めたと考えるとき、これにより、日本の文化は今までとはかけ離れた高度なものに変わり、特筆すべき漢字の伝来は当時はもちろん、現在の日本にとっても誠に大きな文化移入となりました。渡来人のお陰により、現代の私たちは日々漢字による生活ができてます。
 
 この間にあって、当時の中国の音を音読みとし、それが持つ意味を訓読みとした当時の学問的努力に最大限の敬意を払わなくてはならないのは現代日本人です。
 
P1030856_2
 
 実は、2年ほど前に私の庭から打製石器が見つかり、埋蔵文化財の専門家に鑑定依頼したところ、縄文時代後期ではないかとのことです。また、庭から調理用と想われる石も出てきました。こちらは私の推定で石器時代かもしれません。古代の証拠を手掛かりに遠い先祖への思いを募らせたい。
 
P1030936【私の庭から出土した打製石器】
 
P1020963 【同様に、調理用のまな板か】
 
 これからも古代の石器を捜し、遠い祖先の思いを深く感じたい。
 

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