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2018年8月23日 (木)

「ながら運転」の危険性

P1020243 今回も、以前に上毛新聞「ひろば」に掲載された拙文をここに載せます。

 
 交通事故が起こり安い場所として交差点が挙げられます。進行方向の異なる車や自転車、そして歩行者が出合います。信号が青になると一斉に動き出し、車が右折や左折する場合、歩行者も自転車も同時に横断するので特に危険な瞬間です。
 
 依然として携帯電話を使用しながら運転している人を多く見かけます。自分の車なので運転に自信があったり、たびたび通る道で大丈夫と思っているのでしょうか。しかし、これでは交差点を曲がるとき、歩行者や自転車を見落としやすく予想外に危険です。
 
 携帯電話を使いながら交差点を曲がるとき、ハンドルを片手のみで回さなくてはならないので手が滑りやすくなります。電話に夢中では右折する場合、車の影からオートバイが直進して来ること見落としたり、歩行者や自転車への注意も散漫になりやすいです。
 
 先日、救急車が赤信号で交差点を通過しようとしたとき、青信号で進入してきた車がその直前を横切り、危機一髪の状況を目にしました。
 
 窓を閉め、大きな音で音楽を聴いていたり、携帯電話を使用していると、緊急車両の接近に気づくのが遅れがちになります。
 
 一方、トラック運転手に目をやりますと、ハンドルの上に雑誌など広げ、それを見ながらの運転を時々目にします。何とも恐ろしい走る凶器が現実に街を走ってます。目前の交通状況は自分の予想を超えて刻々と移り変わって行くことを肝に銘じ、お互い危険な「ながら運転」をやめ、運転に集中し、悲惨な交通事故を起こさないため一人ひとりが気を引き締めましょう。
 

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上毛新聞「ひろば」に掲載」カテゴリの記事

コメント

以前上毛新聞「ひろば」に掲載された文と但し書きがあっても、その時々の感動、思いは読者にも色褪せず伝わってきます。
昔の書き物を手にし読み返す時、寄稿時の自分のありさまがつぶさに手に取るように思い出されます。そして、当時の自分と今の自分を比べてしまい、何かと空漠とした不安に襲われることがあります。確かに言えそうなことは書くことには、淋しさ、虚しさを紛らわせる力があるということです。
元気にお逢いできる日を楽しみにしています。


投稿: 土竜 | 2018年8月23日 (木) 06時08分

土竜さんへ・・・コメント有難うございます。投稿文は若干まだありますが、やはり、現在の感覚を大切にし、自分の目で見て、自分の耳で聴き、自分の手で触り、咀嚼し、自ら深く感じたところを文に仕上げられればよいと思っております。長期に亘り、新鮮味に欠け申し訳なく存じます。残暑の折、体調管理をお願い致します。私は多少、食欲が出てきました。

投稿: カッキー | 2018年8月23日 (木) 08時52分

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