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2019年8月15日 (木)

「自分らしく生きる」とは・・姉と兄を亡くして思う

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【狂い咲きした藤に熊蜂が蜜を吸いに来てる】

 不思議なことがありました。その昔、姉と兄がそれぞれ結婚することになり、姉曰く「私の方が年上なので、幾日でもいいから先に結婚式を挙げたい。そうしないと近所の人に、私はどうしたんだろうと思われるから困る」と言ったことが当時、小学生だった私の耳に残っており、結果的に姉が先に式を挙げ、続いて1~2週間後に年下の兄が式を挙げました。つまり、ほぼ同時に結婚式を挙げたのは確か昭和30年頃の春です。

 そして、今夏は梅雨明けと同時に猛暑の日々が続き堪えたのでしょうか。兄が先に急逝し、続いて2週間ほどでその姉も亡くなりました。二人は人生の節目である結婚も他界もいっしょの様なものでしたが、私が思うに二人はそれほど仲良くありませんでした。姉はその昔、音楽教師、兄は銀行員として全く別の道に進みました。

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【今が盛りのサルスベリ】・・・根元を池にして毎日水やりしてます。

 どちらかと言えば、姉の方が私に大きく影響を与え、私が幼児の頃には「お釈迦さまと鳩」というタイトルの上芝居を毎日のようにしてくれ、お陰で、私はそのセリフを覚えてしまい、登場するお釈迦さまの優しさや、鳩の帰巣性について子供ながらに魅力を感じたものです。その影響でしょうか、小学生4年から鳩を飼い始め、今でいう「群馬の森」辺りまで鳩を自転車に積み、そこで放して家まで帰すことに喜びを感じるようになりました。

 それが乗じて、生涯を通じてレース鳩飼育に明け暮れ、地元の上州連合会に入り、高校教員の傍ら、訓練にレースにどちらが本職か分からぬほどに集中することになりました。

 一方、上芝居により、子供の頃からお釈迦様に愛着を感じてたことが心の隅にあったのでしょう。最初の就職としてインド日本人学校の話があったときは、何も躊躇することなく、まっしぐらにこの職を選びました。あまりできませんが英語が好きだったことも、これに輪を掛けました。

 一方の兄とは年令が一回りも違うことから、子供の頃、いっしょに遊んでもらったことはあまりなく、1~2度ほど烏川に釣りに行ったことくらいです。

 兄の最初の就職は銀行員として渋川支店勤務でした。高崎駅7時5分発の列車に乗らなくてはなりません。しかし、当時、倉賀野駅にはそれに間に合う列車がありませんでした。

 結局、朝6時30分に小学3,4年生であった私は兄が漕ぐ自転車の荷台に乗り、毎日、高崎駅までいっしょに行き、そして今度は私が自転車を漕いで家に帰って朝食を摂り、小学校へ行ったものです。どちらかと言えば、私が兄に協力してた面が多かったです。

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【私のウォーキングコース・・・昨日は夕方4K歩きました。】

 これで6人いた私たち兄弟姉妹は3人になりました。

 以前にも記述しましたが、兄弟姉妹では私は末で、父が48才頃で母が42才頃に私が生れ、母は当時、栄養も乏しく母乳が出ないことから、姉が高崎の女学校の帰りにミルクを買って来てくれ、幼子の私はそれを飲んで母乳代わりにしました。カルシュームが多かったためでしょうか、私が生涯に亘り身長が大きくなったのはこれが遠因と考えられます。「災い転じて福となる」です。

 ところで、私にとって兄弟姉妹が亡くなると、残された感じが一段と強くなってます。「誰にも相談できない今後の人生を如何に自分らしく生きるか」が大切に思われてなりません。

 しかし、その前に健康維持が基盤です。常に考えることは、早朝のがん対策、そして脹脛の筋肉を増強する習慣です。血液循環を心臓だけに負担させず、下半身の血流を心臓まで持ち上げるには脹脛の筋肉が大きな役割を持ちます。このために「キャフレイズ」が格段の効果があり、脹脛が硬く大きくなります。

 医師によっては、心臓は運動ではどうにもならないとも言われます。しかし、私は体験上、上記の運動は血流に効果があり、同時に、左手をクロールのように回す習慣で、肩甲骨と心臓の間の筋肉に柔軟性を持たせます。結果的に、以前にあった不整脈や期外収縮が全く出なくなる事実があり、今後も、この運動を続けます。

 「自分らしく生きる」とは脳が集中できる建設的なことを持つことではないでしょうか。その点、私の好きな良い音色を求める音楽演奏と、外国人に通じるように考える英作文はどちらも創造性に結びつくので脳が集中できます。

   

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コメント

 今日の文章は、兄姉様の新盆に相応しいお二人の思い出話を綴った「誄文(るいぶん)」でしたね。読ませていただいて、心が安らぎました。祭壇の前で読み上げれば、お二人は照れ臭くもにこやかに聞いていることでしょう。
 お二人は感謝を込めて「達者で長生きしてくれ」と言うでしょう。
 
 


投稿: 水の夢 | 2019年8月15日 (木) 21時14分

水の夢さんへ・・・今回は葬儀と新盆がいっしょに来た感じです。人生100年時代と言っても、一般的に、人間は大きな病気がなくても、85才を過ぎると急激に体力が落ちてくるようです。
 私たちは今のうちに体力をつけ、将来に備えたいものです。私が見て、二人とも認知は殆ど感じませんでした。いつもコメントを下さり有難うございます。

投稿: カッキー | 2019年8月16日 (金) 04時44分

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