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2020年2月10日 (月)

梅咲く早春、飼ってた鳩が一年半ぶりに舞戻る

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 私の職業は高校音楽教員でしたが、音楽を始める以前から、どうしたことか鳩を飼い始め、生涯の大半をレース鳩と共にありました。

 しかし、その生活は今から一年半前に終わり、全鳩を友人のピジョンクレージー鳩舎や、町内の鳩愛好家に飼育をお願いし、引き取って戴き、半世紀以上の長きに亘るレース鳩飼育に終止符を打ちました。

 しかし、人間はそれで作業が終わりましたが、肝心のレース鳩の心境はどうだったのでしょう。自らの意志ではなく、その住居環境の変化に、今でも気が動転してるかもしれません。鳩には申し訳ない気持ちもあります。

 私たち人間だって自らの意志でなく、他の力によって、もし見知らぬ所へ住居を変更され、そこに永遠に住むことになったら精神はどうかしてしまうでしょう。

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 今朝、紅梅の咲き具合を観察するため、カメラを持って庭に出て近所を一回りしてから家の庭に戻ると、上空から懐かしい羽音がしました。それは小鳥とは違う大きな音で、長年飼育してた私はすぐにレース鳩であることが分かりました。

 念のために、口笛を吹いたら私の近くに舞い降りる気配を見せました。そして、家の屋根に止まりました。しかし、残念ながら鳩舎は平成最後の日にすべて解体が終わり、跡形もありません。

 鳩の表情はやや緊張した顔つきで、辺りや私の様子を見ています。10分ほど羽を休めていた後、古巣がないことに諦めたのでしょう。今の鳩舎に戻って行ったようです。

 屋根に止まっている状況を見る限り、健康状態は上々で痩せてる感じはなく、現飼い主の手厚い飼育により、元気に飼育されてることに私は安堵し、同時に、現飼い主に感謝の気持ちが蘇りました。

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 イギリスのレース鳩月刊誌「ビクトリアル」の表紙を飾り、世界のレース鳩飼育者に紹介された鳩舎は、もう私の庭にありません。

 表紙に掲載されたことは、おそらく、日本のレース鳩愛好家では私の鳩舎だけと思われます。

 ところで、私はそれほどできませんが、英語が好きなことから、大好きなレース鳩について英文で新たな記事を読めば、英語が身につくと考え月刊誌を講読してました。今でも、100冊ほど保存してあります。

 今回の鳩は古巣を思い出して舞戻ったら鳩舎がなく、現飼い主の鳩舎に戻ったと思われますが、平成3年頃も飼育を中断してた時期がありました。このとき同様のことが起こり、鳩舎がないことから、舞戻った鳩は結局、気が動転したのでしょうか。その後、中国内モンゴルまで飛んで行ってしまったことがありました。

 先方から中国語の手紙が届き、「あなたの鳩を飼育してます。」と書いてあり、私は本当にびっくりです。何故そんな遠い所まで飛んで行ったかです。国が異なることから、失礼があってはならないことを一番に考えました。その後、手紙による交流を続けてましたが、ついに「鳩は主人のあなたに会いたがってるので、会いに来てやってください。」との内容の手紙が届きました。

 これには困りましたが、レース鳩飼育者は最後までその鳩に責任があります。それにもまして国と国とのことであり、先方に日本人としてよくない印象を与えることはできず、結局、私は思い切って内モンゴル行きを決断しました。

 中国語ができない私は近所に住む中国人に訳を話し、急遽、1ヶ月ほど日常会話としての中国語を習い始め、考え直して、こんなチャンスは二度とないと思い、思い切って、我が家で生まれた鳩に会うために北京まで飛行機で行き、その後、大陸横断鉄道に乗り、万里の長城の下のトンネルを幾度もくぐり、約10時間の列車の旅をして深夜に内モンゴルの集寧(チーニン)という町に着きました。

 翌朝、鳩を飼育してた張さん宅で、私の家で生まれた鳩と暫くぶりの対面です。足輪には確かに私の住所と名前が刻まれてます。張さんとこの鳩の名を「中日友好号」と命名しました。このときも、私は鳩を抱いて口笛を吹いたら、私の口笛の音色を覚えていたのでしょう。鳩はじっと私の顔を見てました。

 ところで、今朝は偶然、鳩が私の家に飛んできたので懐かしかったです。鳩を飼育してたお陰でイギリスのレース鳩月刊誌の表紙に三度登場したり、このように中国の方と知り合いになれ、内モンゴルのパオに宿泊したり、中国のラジオ放送で紹介されたり、また、国内のラジオに生出演できました。

 一方、国内でも、北は北海道から、南は九州、沖縄まで多くの方々と知り合いになれ、現在もこのブログや、フェイスブックでレース鳩関係者とは、ヨーロッパの人たちも含め、その交流は毎日のように続いています。鳩のお陰で、中国語の初歩が学べたり、現在でも英作文はレース鳩飼育に変わる趣味として大きな生活の支えになってます。

  

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コメント

 古巣を思い出して立ち寄った鳩との再会と別れ。羽音、反応から分かったのですね。元気な姿を見せ、会えたことで満足して里親の所へ帰っていく姿を見ると胸を震わせたことでしょう。頑張っている鳩だ。
 

山のかけすさんへ・・・10日の晩は「獏」で楽しいひと時が過ごせました。山のかけすさんがおられなかったことが、一抹の寂しさでしたが、平素の一人暮らし忘れさせる有意義な時間が過ごせました。
 今回の話題である鳩ですが、1年半、経過しても生れ故郷を忘れず、舞戻るのですから素晴らしい帰巣本能です。たぶん倉賀野町の友人に飼育をお願いした鳩が、飛んできたものと想われます。また、現飼い主の鳩舎に戻ったと想像されることから心配はしておりません。
 今回、偶然にも暫くぶりにレース鳩について体験に基づいた文章が書けました。
 今後も、可能な限り、何事もいろいろ体験し、ブログを読んで戴く方に「人間としての喜びや悲しみ、社会生活上の責任、何より真実」あるいは「辛いことを克服する気持ち」を伝えられるように頑張りたいです。

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