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2020年6月29日 (月)

著名な作曲家の作品に永遠性あり

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【ハイドン作曲ピアノソナタ】

 NHK朝ドラ「エール」を毎日楽しみに見てます。しかし、最近の内容は少し不自然で、もしかして、番組作成は新型コロナウィルスの影響を受け、録画が間に合わなくなってる裏事情があるのではないでしょうか。先々週などは作者が異なり、主人公は殆ど現れず、ヨーロッパに留学中の有名声楽家のことを取り上げ、本来の内容からかけ離れてしまいました。ドラマを見て本来の内容とは違うことに不自然さを感じた方は多かったのではないでしょうか。

 無観客のプロ野球、無観客の大相撲、また多くの音楽会が中止を余儀なくされるなど、あらゆるイベントがウイルスの影響を受け、関係者は特に経済的に計り知れない打撃を受けてます。自粛解除後の最近は夜の街が復活し、それによる若い人の感染が日に日に増加してます。一人ひとりが三密防止を徹底し、恐ろしいパンデミックなウィルスを早急に撃退しなくてはなりません。

 さて、古関裕而をモデルにした朝ドラ「エール」は彼の作曲家としての活躍や、彼の作曲家としての天性について、本筋はこれから発展していくでしょうが、私は以前から彼の普遍性溢れる作品に驚きを隠せませんでした。その作品は、いずれも昔から日本人が持つ情緒や哀愁的感覚が含まれ、一度聴いたらそのメロディーに親しみを感じ、音楽そのものに感銘し、忘れがたい音楽性が内包されてます。

 ここに、一般の音楽家や、楽譜が読め、演奏する人との相違が古関裕而にあります。私たちは音楽家なら誰でも作曲できるように思いがちですが、違います。彼の音楽的才能は西洋音楽の知識に裏付けされた基盤の上で、日本人の心に響く作曲技法が備わってます。音符は簡単であっても音楽的内容が深遠で、かつ、しみじみした日本の故郷を彷彿させる旋律に満ちてます。

https://www.youtube.com/watch?v=j_mTMWm7Z-A

 この音楽はテレビのない時代から、ラジオで流れてた如何にも日本的情緒たっぷりで、日本の原風景が浮かび、懐かしさ漂う、安堵の旋律が胸を打ちます。日曜名作座は現在でも放送され音楽も不変です。永い生命力を持ち続けてる古関裕而作曲のテーマ音楽です。誠に日曜の夜のひと時を寛ぐ日本人の心がここ醸し出されてます。

 ところで、何故、古関裕而の音楽は私たち日本人の心に深く入るのでしょう。これは難しいことですが、私の考えでシンプルに言えば、この理由は彼が演奏家でなく、真の作曲家だからです。同じ楽譜を扱っても、ここに一般の音楽家や演奏家と、作曲家との違いがあります。建築における、設計技師と建築現場で組み立てる大工さんとの違いに似てます。

 音楽家は楽譜があれば、その音符を正確に弾き、あるいは自らの感性で、リズム感や、音色を磨くことにより聴き手に感銘を与えるように演奏します。声楽家であれば自らの肉体を楽器の如く操り、良い響きを聴き手に提供し、感銘を与えます。

 反面、作曲家はこのようなことはしません。畑違いだからです。作曲家はあくまで作曲作品を創作する職業人です。その第一は創作する旋律が独創的な素晴らしさです。

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 旋律の素晴らしさとは、楽譜を並べてできるものではなく、心の深奥から溢れ出るメロディーを楽譜に書き留める作業といえます。ですから、楽譜が読めれば誰でも形の上で作曲できても、なかなか内容が伴うものは難しいことになります。これは耕す畑が異なるからです。

 話題は変わりますが、私は群馬県の県立高校音楽教員として県内の高校を4校体験し、この中で校歌に心から感銘したのは県立高崎商業高校と県立前橋高校です。両校ともすでに100年以上の永きに亘り、同じ校歌が歌い継がれており、今後もずっと歌い継がれていくでしょう。この原因がどこにあるかと言えば、歌詞の素晴らしさはもちろん、一にもニにも旋律が卓越してることでしょう。前者は「浜千鳥」「春よ来い」「鯉のぼり」「叱られて」などで有名な弘田龍太郎作曲、後者は「早春賦」で有名な中田章作曲です。

 これら本格的作曲家による校歌は、旋律に永遠性が存在します。両校とも教員が教えなくても、生徒は母校校歌が大好きで、いつも堂々と歌い、校歌の品格に誇りを持ってます。やはり著名な作曲家の力は偉大です。

 

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