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2020年7月21日 (火)

今でも名残をとどめる倉賀野河岸と倉賀野宿

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 我が倉賀野町の南を流れる「烏川」の景色は今でも港の雰囲気が残ってます。歴史を紐解くと、江戸時代には舟利用の運搬が盛んになり、全盛期には76の業者があったと伝えられます。

 江戸へ向かって米、麦、タバコ、織物、木材が運ばれ、江戸からの帰り舟で魚、油、茶、塩、砂糖などが運ばれ,当時は、旅館71軒、茶屋9件、商家34件、造り酒屋2軒あり、倉賀野宿の賑わいは大変なものであったと言われます。明治になって鉄道が敷かれ、舟による運搬は次第に役割を終え、急速に寂れていった。

 一方、倉賀野町には今でも河岸に通じる「牛街道」と言う名の道が残っています。江戸から来た荷物を今度は牛舎で陸上輸送した道です。私は昨日のウォーキングでここを通りました。


 The scenery of "Karasu-River" that flows through south of my Kuragano-Town still remains the atmosphere of port. Looking at the history, boat transportation was popular during the Edo period. There were 76 traders during the heyday.

 Heading for Edo, rice, wheat, tobacco, textiles, and timber were carried. On the return boat from Edo, oil, fish, tea, salt, sugar, etc were carried. At that time, the bustle of Kuragano-post was extremely crowded. There were 71 inns, 9 tea houses, 34 merchants, and 2 liquor breweries. In the Meiji era, railroad was open and gradually the transportation by boat ended its role.

 The road named "Ushikaido" where is the access road to the port still remains in Kuragano Town. This is the road where the luggage from Edo was transported by oxcart. I passed this road by walking yesterday.  

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倉賀野の歴史」カテゴリの記事

コメント

今日は昨日と打って変わって梅雨空。梅雨明けはまだ先のようです。
本日7時半ごろから散歩に出ました。コースは通勤、通学の車、自転車が行き交う街中。車の騒音の中を悠々と歩くのは我ひとり。
近くの銭湯の煙突から煙が出ていた。上に昇りきれず、通りを包み込むように流れ、けむったい匂いが気管支まで届く。ブルーと赤紫の朝顔の花を見た。そばの紫陽花の花は末枯れていた。季節の花の主役も交代です。

投稿: 健脚商売 | 2020年7月21日 (火) 08時40分

健脚商売さんへ・・・今日は7月21日で「丑の日」です。また、昔なら給料日で嬉しかったものです。明日は大暑ですが、梅雨明けしてません。やはり世界的に気候変動でしょう。
 学校が好きでなかった私は夏休みほど楽しいことはありませんでした。本文にある烏川は多くの子供たちの水泳場でした。現在は川で泳ぐ子供など見たことはありません。
 しかし、今から35年ほど前、小さかった娘たちと烏川で泳いでみたらプールとは異なり、水の肌触りがとても良かったです。プールは薬を入れますが、川の水の性質は自然なのでしょう。

投稿: カッキー | 2020年7月21日 (火) 10時01分

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