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2020年9月11日 (金)

上毛新聞「ひろば」に載る

Koorogi

 上毛新聞の読者コーナー「ひろば」に、この度、友人の「時計屋の近くさん」の文章が掲載されました。誠におめでとうございます。地方紙のため、広く日本中の皆様にお読み頂きたいと思います。

 タイトル・・・「虫のこえ」のコオロギ・・・

 朝晩が涼しくなり、静かな夜は虫時雨となる。≪あれまつむしが鳴いている≫

 唱歌「虫のこえ」の歌い出しが口をついて出てくる。歌詞では松虫、鈴虫、コオロギ、クツワムシ、ウマオイの個性的な音色が描かれているが、2番の歌詞の冒頭にある「きりきりきりきり こおろぎや」には違和感を覚える。「きりきりきりきり」には、キリギリスの鳴き声「ぎーすちょん」を連想する。「ころころりりりー」と響くコオロギには程遠い。

 発表時は、平安時代にコオロギがキリギリスと呼ばれていたことを受け、「きりきりきりきり きりぎりす」だったが、後に、コオロギに改められた。今ではキリギリスと言えば、夜に鳴くコオロギとは別の虫だ。昼間に多く鳴くキリギリスは秋の夜長に鳴く虫のテーマにふさわしくないと思ったのだろう。現在のように「きりきりきりきり こおろぎや」になってもまだ、釈然としない。

 コオロギの語源の一つとしてコロコロと鳴く虫の意とする擬声語説がある。「ころころころころ こおろぎや」にするとコオロギの存在がすっきりし、歌全体が醸し出す虫の音シャワーを迷わず楽しめるような気がする。

 

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コメント

ご紹介いただき恐縮致しております。子供の頃は、エンマコオロギが家の縁の下でかまびすしく鳴き、時々、寝床に遊びに来ることがありました。
今日では、こゑはすれども姿を見せなくなりました。

♪きりぎりすは羽根で鳴くかよ 蝉ゃ腹で鳴
 く 夜さ来い来い わたしゃ貴方の胸で泣
 くよ(新土佐節端唄)

投稿: カツオ節 | 2020年9月11日 (金) 04時23分

カツオ節さんへ・・・実は私の庭は虫の宝庫です。昼間の今でも、りんりんりんりんと鳴き続けています。
 もしかして、虫にとって人間の草むしりほど恐ろしいことはないのでしょう。棲みかが奪われてしまいます。
 しかし、草は直に萎れ、自然になくなります。

投稿: カッキー | 2020年9月11日 (金) 08時05分

 12日の読売新聞朝刊の「ぷらざ」に下記の文が載っていた。一部抜粋であるが、コオロギつなぎで紹介させていただきます。
「夏が終わりに近づき、コオロギの声が聞えると、母は「そろそろ冬支度を始めなさいと『針刺せ、ぼろ刺せ』と鳴いているんだよ」と言い、私は何げなく聞いていた。「広辞苑」を調べていて「綴れ刺せ蟋蟀(ツヅレサセコオロギ)というコオロギを知った。昔の人にはその鳴き声が「針刺せ、糸刺せ、綴れ刺せ」と冬支度の針仕事を促しているように聞こえたという。由来は平安時代に遡るという。(千葉県松戸市・上田淑子 70)」。
いわゆる「聞きなし」ですが、『針刺せ、ぼろ刺せ』と聞こえたら、小生にも平安時代人の感性、DNAが引き継がれているのですね。現代人が、先祖を感じることができるか。

投稿: カツオ節 | 2020年9月13日 (日) 14時15分

カツオ節さんへ・・・前に書きましたが、私には蝉のツクツクボウシがオーシンツクツク、オーシンツクツク【夏は】もういよーす、もういよーすと、夏の終わりを告げてるように聞えてなりません。
 私たちは当然、平安時代の人の子孫ですから、当時の人たちの感性やDNAが引き継がれています。
 平安時代など、人類の長い歴史から見れば、昨日のようなものでしょう。私の推測では平安時代から現代までは40~50世代が命を繋げていると考えられます。

投稿: カッキー | 2020年9月13日 (日) 15時22分

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