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2021年4月15日 (木)

情熱の 祖父母が手にした 九品寺前

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【九品寺の前の土地が整地される・・・20才まで私が住んでた所】

 写真は私が子供の頃、住んでいた思い出深い倉賀野町仲町の中央に位置する土地【現在・クスリのアオキの北】です。半世紀以上前に父がここを高崎信用金庫倉賀野支店に売却し、私たち家族は通称・上町へ引っ越しました。写真の土地は当時、倉賀野町のほぼ中央に位置してたことから、金融機関として便利で、客にとっても好都合だったことから昭和38年に話がまとまりました。

 当時は、未だいわゆる車社会でなかったことから、一般の人は歩いて信用金庫へ行く人が多かった時代です。社会はその後、車社会となり、ここでは駐車場が狭いことから、40年ほど経過して、近年、高崎信用金庫倉賀野支店が、また私の家の近くの上町に移転しました。金融機関も時代の変遷と共に店舗の場所が変わります。

 刻々と社会状況は変化することから、今度は駐車場が広い土地に店舗を構え、現在では倉賀野町の金融機関として誠に盛ってます。私も近くで便利なのでメインバンクとしてお世話になってます。

 ところで、私が育った写真の土地は仲町の九品寺前にあり、一般住宅の土地としてはかなり広く、推定300坪ほどあったと想います。建物は幕末に建てられた所謂・蔵造りの家で、太鼓橋近くにある旧・大山七次郎邸【現在、おもてなし館】の形にそっくりです。

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【現存する・おもてなし館とそっくりであった我が家】

 また、裏には大きな蔵があり、私が中学生の頃はそろばん塾として貸してましたので、ここで習った人は現在、倉賀野町に多数いると想われます。

 裏庭は広く、クリの木や梅、小梅、柿、、コデマリ、イチジク、金木犀など、また、野菜として里芋を収穫していました。広いことから子供の私は格好の遊び場として過ごしましたが、近年まで飼育してた鳩は実はこの昔の家の庭で小学4年から飼い始めました。それが元でつい最近まで、現在の上町の土地でもレース鳩を飼っていたのですから、私の人生の大半は職業となった音楽より歴史が古く、レース鳩と共にありました。

 ところで、その昔、130年ほど前、私の祖父母が埼玉県原道村から、当時、鉄道がなく、烏川の高瀬舟が唯一の交通手段であったので、船頭に「行き着くとこまで、乗せて下さい。」と頼み、下船した所が倉賀野河岸でした。

 何故、祖父母がこんな遠くまで舟に乗って来たかというと、実は、両人は駆け落ちして来たようです。というのは、祖母は一度、栃木県に嫁に行き、子供が生まれましたが、その子を残してまで、元々同じ原道村に住んでいた私の祖父と一緒になりたかったのか、あるいは、祖父がどうしても祖母に魅かれていたのかもしれません。それにしても、生れ故郷・原道村を捨て、駆け落ちなど実際、なかなか行動に移せない時代だったと想われます。

 現在では、離婚など珍しくないでしょうが、小さな原道村でのこと、一般的には、離婚してその後、昔の知人と結婚する女性の行動など考えられない時代です。そんなことをしたら周囲から白眼視される時代。そのため、すぐ裏を流れる利根川の船着き場から二人は行ける所まで、つまり、知ってる人たちが全くいない土地まで行くよう船頭に頼み、着の身着のままで舟に乗ったのです。そして二人にとって別天地である上州倉賀野宿に辿り着き、第二の人生が始まりました。

 二人は暫くは、どこかに仮住まいしてしっかり働き、ついに倉賀野仲町の中央にある蔵造りの家を手に入れ、その後、私の父が生まれたのです。父が生まれたのは明治中期。祖父母はここでずっと金物屋をしてた様で、屋号は故郷の名を取って「原道屋」と名乗り、父も家業を継ぎました。そして、父は成人すると、今度は隣村の木部から私の母を嫁にもらい、私たち兄弟姉妹が生まれ、私は6人兄弟の末として育ちました。

 私の祖父母が舟に乗って故郷・埼玉県原道村から遠く離れた上州倉賀野にやっと辿り着いた駆け落ちや、その結果として父が生まれ、父は30年ほどして隣村の母との出逢いなどによって、私がこの世に生を受けたことは偶然のまた偶然ということになり、祖父母による「矢切りの渡し」のような情熱的な生き方のお陰で現在の私の人生があります。この愛に満ちた遺伝子を大切に私は生きます。

 

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コメント

 一切の過去、一切の結果、忘れられぬ一切の古いものが回想整理できた時、明日に向かっての清新な力が湧き出てくるような気がします。

投稿: ジンメル | 2021年4月15日 (木) 11時12分

ジンメルさんへ・・・先祖の歴史を考えるとき、私がこの世にいるのは本当に偶然です。苦難があっても、もともと命を貰って得してるのですから、少しぐらいのことでへこたれず、明日に向かって積み重ねていきます。

投稿: カッキー | 2021年4月15日 (木) 11時48分

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