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2021年4月29日 (木)

人生の 三分の一を よい睡眠に

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【横の紐で高さが変えられる優れた枕】

 タイトルの如く、私たちの人生の三分の一は眠ってます。こう考えると活動する時間はとても短く、例えば、60才の人でも20年間は眠っていましたし、更に、1~5才くらいまではそれほど記憶に残っていないことから、実際には60年のうち37年くらいしか自らの考えで生きていないことになります。ですから、事実上、人生は想っているより誠に短いと言えます。

 しかしながら、睡眠とは本当に不思議でなりません。先ず、ベットに入り、眠りにつくとき「今が眠りに入る瞬間」とは誰にも分からないことです。いつしか意識が無くなるのでしょう。意識が無くなるから眠りの瞬間が分からないのです。

 更に不思議なのは、就寝中で夢を見てないときは、私の想像では「この世に生を授かる前と同じではないでしょうか。」同時に「この世を去った後とも同じではないでしょうか。」つまり、熟睡中で夢を見てないときは本人にとって時間も空間もありません。このとき脳が最も休息していると考えられます。

 一方、夢を見ているときは眠りが浅く、それほど脳や身体が休息していないと考えられます。ですから、熟睡ほど脳や身体が休息してることはないでしょう。熟睡ほど健康に大切な休息はないでしょう。逆に、熟睡すれば、後は寝ていても、あまり休息の意味は持たず、もったいない時間とも考えられます。こう考えると、ナポレオンの3時間の睡眠は効果的で、後の時間を自分らしく有効に使ったと考えられます。

 ところで、写真の通り、3日ほど前に私は生れて初めて枕を買いました。今までの枕は低すぎで何かしっくりせず、具合が悪かったです。実は近所の大型衣服店へ靴下を買いに行ったら、よい枕が目につき、いわば衝動買いしたくなりました。というのは、この枕は「高さが調節できる」優れものだからです。値段も確か1000円程度で、すぐに購入を決めました。

 何とその晩は10時頃寝て翌朝の4時過ぎまで目が覚めませんでした。こんなに長く眠れたことは近年なかったです。やはり、枕の高さは高過ぎず低過ぎず、丁度、その人の体格に合った高さがよいと分かりました。特に、枕が低過ぎては脳への血流の関係から深い眠りに差し障るかもしれません。

 私は年令にしては背が高く、比較的肩幅も広いことから、枕が低いと横になったとき頭が下がり気味だったのです。購入した枕はとても都合がよく、ぐっすり眠れました。しかしながら、昨晩はこれを少しばかり低くしてみました。高さが調節できるので、ご覧の「紐」を解いて中の籾殻を広げ、再度、丁度よい高さになるように紐を結び直しました。これで一層、熟睡が可能になり、念願のよい夢も見て、よい夢が現実になるよう祈りました。果たしてどうでしょう。

 さて、私は日頃「どうしたら記憶力が確かになるか」について考えてます。それは、今頃になって英単語・熟語を天声人語の英語版で取り組んでます。いくら取り組んでも、次から次へと初めて出合う単語が一日に20~30はあります。これらはアメリカで一般に使われてると考えられ、日頃、英作文に取り組んでることから、どうしても読み書き発音できなければならず、出合う単語は英作文に必須な言葉ばかりで記憶したいと思ってます。しかし、そろそろ記憶が薄れる年齢です。それでも目の前に挑戦することがあることは生活によいかもしれません。

 前の日に出合った単語を、翌日、再度見ると記憶の確実性に繋がります。この時、大切な条件は前の晩、熟睡していれば記憶が有利と考えます。

 枕の高さと熟睡が関係あるとすれば、熟睡と記憶の再現は繋がると考えます。

 一方、記憶で効果があるのは英作文しているとき、この「日本語は英語で何と言うのだろう」と和英辞典で調べ、実際に使うと記憶が確かになります。今朝、英作文してるとき、『ついでに』という言葉がすぐに出てこなかったのですが、incidentallyとしました。前の晩の熟睡こそ大切に思います。

 

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