2021年6月
2021年6月30日 (水)
2021年6月29日 (火)
研究中 対処法なくて 水洗い
2021年6月28日 (月)
コンクリ減らし 緑の中に暮らす 熱中症対策
【近くにある倉賀野一大きな欅・・・幹に不思議な穴があいてる】
近年、私の家の近くには若い人たちの新築家屋の建設が目立ちます。徒歩10分ほどで高崎線・八高線の「倉賀野駅」があることから通勤通学に便利であり、公害が心配されるような大きな工場はなく、スーパーがあり、日常生活を送るには便利な町です。また、歴史を紐解いても、水害、崖崩れなど自然災害は皆無と言っても過言ではありません。
町の南を流れる一河川「烏川」は町の海抜から20mほど低い所を流れており、大雨が降っても氾濫したことは一度もなく、町内に降った雨は最終的にすべてこの烏川に流れ込みます。
ところで、私の住む倉賀野町は歴史的に古く、おそらく1000年以上前には、すでに倉賀野という地名ができていたと考えられます。その証拠は、町内を通る旧中仙道には、都があった奈良・京都に近い方から順に上町、仲町、下町となってる地名が現存し、この地区名は古の都の場所を示す名残と考えられます。
話を元に戻して、倉賀野を烏川の対岸である阿久津町方面から眺めると、東西およそ2㎞に亘って高さ20mほどの崖が延々と連なっており、その崖の上に、倉賀野があります。大昔は崖のこと、あるいは高い所を「倉」と言ったようです。それは例えば、魔の谷川岳にはアルピニストのメッカ「一の倉」と命名された断崖絶壁があります。ここでも「倉」が使われてます。
ですから、倉賀野という命名については、この烏川の崖(倉)の上に(野)原が広がってるおり、めでたい「賀」の字を入れて倉賀野と命名されたのではないかと想像できます。
ところで、やっと本題です。現在は一年の中でも正午の太陽角度が最も高く、およそ76°です【群馬県】。このため梅雨であっても晴れれば、気温はぐんぐん上昇し、暑さに慣れてない現在の私たちの身体は、熱中症になる可能性があり、大きくダメージを受けます。こまめな水分補給が欠かせません。
前述の最近できた多くの新築家屋の周囲にはコンクリートが広がり、近くの道路はアスファルトであり、中には家の庭全体をわさ゜わざコンクリートにしてる家が見受けられます。これでは照り返しで外気が高温になり、更に、エアコンの室外機からは熱風が吹き出ています。つまり、自然環境を益々高温にしています。
【室内から木漏れ日を見る・・・樹木に覆われ、コンクリートなし】
平素、倉賀野をウォーキングして感ずることは、殆どの家に樹木らしい大きな植え木が見当たりません。先ず、庭を含めて住環境を根本的に変える考えでないと、周囲はますます気温の上昇につながり、現代の人類は住み難い環境を子々孫々は残していることになりかねません。
これらのことを考慮し、私の家は個人としては、倉賀野一緑の多い環境をめざしてます。現在でも、おそらく、外部からは森の中に住んでるように見えるでしょう。緑が多ければ、木陰ができ、風が流れ、野鳥の聖域になります。人間も野鳥も涼しさと新鮮な酸素が欠くべからざるものです。
熱中症対策はいろいろあっても、先ず、各家庭で樹木を植える努力が必要であり、草が生えたら目の敵にせず、スズムシやコオロギの棲みかを作ってやり、もうすぐ来る初秋の鳴き声を楽しみましょう。庭をコンクリートにすることはもう止めましょう。
2021年6月27日 (日)
暑い夏 塗装が嫌う 直射日光
近づくぞ 今年の半分 もうすぐだ
2021年6月26日 (土)
毎日行なう 押したり引いたり 筋肉増強
2021年6月25日 (金)
純白の ユリが発する 香りの世界
2021年6月24日 (木)
開通した「榛名南麓スカイライン」をドライブ
群馬県と高崎市が榛名山南麓に整備していた広域農道(14.1キロ)の最後の整備区間(0.5キロ、同市中室田町)が6月12日に開通し、1994年度に整備が始まり、四半世紀を超えて全区間の通行が可能になりました。
今まで、通称「榛名フルーツライン」と呼ばれてましたが、より親しまれる道路となるよう、愛称は同市が沿線4小学校で募集し、寄せられた57件の中から中室田小3年の原悠陽君の「榛名南麓スカイライン」が選ばれました。
片側1車線の道路は高崎市の箕郷、榛名両地区を縦貫します。開通により、梅や梨など農産物の流通の効率化が図られ、箕輪城見学や果樹購入に訪れる観光客の利便性向上が期待されてます。
ところで、村民以外は入浴できなかった榛東温泉を、規制解除後、私は暫くぶりに訪れ、大自然の中に佇む露天風呂でリラックスしました。そのとき、あることを思い出し、それは先日ニュースで伝えられた「榛名南麓スカイライン」を温泉の帰路に愛車でドライブすることでした。これは初めから予定してなかったことですが、結果的に榛名山中腹の原始林の中、初めて通る快適な山岳道路の醍醐味を思う存分満喫でき、誠に良かったです。この道路はお勧めです。
途中に昔懐かしい「十文字」や「宮沢」地区を通過しましたが、懐かしいというのは、かつて私が20代のとき榛名高校に勤務していたからです。当時、生徒さんが、遠路のこれらの地区から通学され、よく耳にした地名です。それから半世紀が経過し、生徒さんたちも、すでに還暦を超え、現在ではこれらの地区の指導者として、また、中には現職市会議員になってる人も2名おり活躍中です。
こんなことを思い出しつつ、時々大きくくねる幅広い道路は大自然の中、2~3か所、大峡谷を彷彿させる地形です。それをいとも簡単に跨ぐ大橋を通過します。遥か前方の下方には高崎市のビル群が見えますが、道路はまっすくのところもあれば、大きく蛇行を続ける個所もあり、運転は油断できません。
途中にある「十文字」地区の正に十文字のような大きな交差点は、高い地点から来る道路と交差し、絶対に一時停止しなくては大事故になりかねません。このように注意を要する箇所があっても、全体的に交通量は少なく、榛名山の原始林の中を進みます。
途中に一ヶ所、駐車場が脇道にありましたが、写真を撮ろうとしても、道路の近くには駐車できる適当な場所がなく、運転をそのまま続けていたところ、前方の景色に、昔よく眺めていた里見連山が見え始め、故郷に帰ったような気持ちになりました。
今までは全く遠かった箕郷から中室田までは、この道路のお陰で、およそ20分程度で行けるようになり、この地区の人的交流を始め、今後の経済的発展が望まれます。
最後に、中室田から下室田に下って、20代から7年間勤めた県立榛名高校の前で停車し、暫くぶりに若き日を思い出しました。もちろん当時の先生はおられないことから、立ち寄ることはしませんでしたが、聞くところでは、お世話になった多くの先輩教員の先生方がすでこの世を去っているようです。合掌
今回、暫くぶりに愛車でドライブし、結果的に懐かしい旧榛名町を通過することができ、心は希望に満ち溢れていた20代に戻れました。
2021年6月23日 (水)
円熟期? 今こそ肉体 燃焼させ
規制解け つい飲み過ぎ 「バク」の酒
2021年6月22日 (火)
車とは 乗らない時間が 殆どだ
2021年6月21日 (月)
夏至の日の 日の出の方角 驚きだ
【地球から見て、ふたご座Geminiの前にある最も右の太陽が夏至6h、中央が小暑7h、左が大暑8h・・・春分が0h・・・・hの間隔は赤経で15°】
中学生のころ習った「地軸の傾きは公転面に対し23°26′21″である」という事実こそ、地上に暮らす全人類の生活にとって、また、全植物の生育にとって大きく影響を与えることはありません。
地球はこの傾きを維持したまま、一周9億4千万Kmほどの少々楕円の公転軌道を365.2421日ほどの時間をかけて回っています。その速度は実に秒速約29Kmです。【これは公転軌道の距離を1年間の秒数で割ります。】
一方、地球の歳差運動【地軸がコマの頭ようにズレル】の周期はおよそ25800年と計算されてます。つまり、この年数で地軸の傾きは元に戻ることになります。
ですから、この半分の時間が経過する西暦13,000年頃には、地軸の向きは現在と最も異なり、天の北極は夏の大三角でお馴染みのベガ【こと座の織姫星】近くになると予測されてます。こうなると地上の気候は相当に変化し、動植物の生態も大変化を余儀なくされますが、それは誠に分からない速度で変化してるので、現人類が生きてる期間に影響はないでしょう。しかし、現在もこの歳差運動中に私たち人類は地球上で生きている事実があります。
実は南回帰線のことを英語でThe Tropic of Capricornと命名されてますが、現在、南回帰線の頭上にある星座は「やぎ座」でなく「射手座」付近です。これらは紀元前に命名されたことから当時の天体の位置の名残と考えられます。
ところで、今日は夏至です。
夏至と言っても日が長くなった位で、何の変哲もないように感じられがちですが、細かく観察すると誠に驚きます。実は、今朝も倉賀野上四地区主催の「ラジオ体操会」に参加しました。始まる時刻は6時30分ですが、この時の太陽の方角が東と言うより想像以上に北東に近いです。今日の日の出時刻は、これより2時間も早く4時26分です。
ですから、日の出時刻の太陽の方角は更に北ということです。日の出と日の入りの方角を調べても驚きました。私の群馬県で真北から計って日の出の方角は59°です。もちろん真東は90°です。一方、日の入りは真北から計って300°です。このことは昨日の夕焼けを見て頷けました。それは高崎市から見て日が沈む方角が榛名山の山中でした。想像以上にずっと北の方角です。
拙い体験では、インドのカルカッタ【現コルカタ】に住んでいたとき夏至を体験しましたが、正午の太陽は頭上より北側を通過するので、太陽が作る私の影は南側に出来ました。こんなことは生れて初めての体験で実に感動したことを覚えています。
最後になりますが、上の図の星座は「冬のダイアモンド」を形成することでお馴染みの「ふたご座」です。地球から見る太陽の位置は今日の夏至ではこの「ふたご座」のほんの少し右側です。現実には、眩しくて確認不可能ですが、広い砂漠内や大海原でなら日の出前や日没後に分かるでしょう。
実は、これを証明するには冬至の日の午前0時に真南より僅か東で輝くのが「ふたご座」であることです。夏至は「ふたご座」から地球が最も離れた日とも言えます。
2021年6月20日 (日)
夕焼けだ 皐月晴れかな 明日の夏至
日が長い 今日は父の日 明日は夏至
2021年6月19日 (土)
雨降って 更に色彩 増す美人
2021年6月18日 (金)
一安心 今後も励行 がん対策
2021年6月17日 (木)
高野貫行先生 想い出いっぱい 今日が命日
今朝、倉賀野町上四地区で行われた「ラジオ体操会」の帰りに、隣の高野貫行夫人にお会いし、挨拶したところ、彼女曰く「今日が主人の命日です。」とのことで驚きました。亡くなって早くも丸一年です。
1964年東京オリンピックの年に、偶然にも高野貫行先生ご夫妻が木部町から私の西隣に引っ越して来られました。以来57年間に亘り、共に高校教員という共通点もあったことから公私ともに誠にお世話になりました。
その貫行先生が昨年の今日亡くなられ、誠に悲しく今でも心より残念に思っています。
というのは私は国立高崎病院や黒沢病院に幾度となく彼を見舞いましたが、いつも、却って反対にこちらが慰められたり、激励を受けました。私の今後のことについて、彼の考えは他の人と一段異なる意見をお持ちで、それを賜り、それを胸に私は現在、生活してる現実があります。
しかし、その後、急激にコロナ禍が流行し始め、感染防止のため、ついに病院が外部の人を立ち入り禁止にしました。ですから、奥様や娘さんまで見舞いに行けない状態が数ヶ月間続き、入院されてる貫行先生にとって、これがどれ程か辛い日々であったであろうか想像できません。ご家族に会いたいのに会えないで最期を迎えられ、何と無念なことであったでしょうか、その心境は計りしれません。
ところで、住まいが隣同士である上に、私は学生時代、前橋に通学したため、当時、彼が勤務されてた県立前橋高校への電車通勤では、度々、行き帰りに電車がいっしょになり、当時からいろいろ話す機会に恵まれ、有益だったです。時代は30年程ずれていても、その前橋高校に私も最後は勤務したのですから不思議な縁です。
しかし、彼は元々寺の息子さんとして生を受けたことから必然的に住職を兼ねながら高校教員の道を歩まれ、特に永い期間、県教育委員会に奉職され、高校教育課長や指導部長の重責を果たされました。
県を退職されてからは群馬の森にある歴史博物館長を数年続けられ、その間、倉賀野から職場まで片道4Kほどを健康のためでしょう。毎日、徒歩でリュックを担いで通勤された姿が今でも目に焼き付いてます。
思い出はいろいろあり、例えば、私が高商に勤務してたとき、英語指導教員であるニュージーランドからAETのスペンス先生が暫くの期間、私の家に滞在したことがあります。このときも、当時、県教育委員会におられた貫行先生は私の家に来て下さり、乾杯してから彼は英語で流暢に話し始めたのには私は誠に驚きました。
彼がすべての社会的役職から離れてからは、私と同じに植木が趣味であったことから、垣根越しに話をしたり、時にはお茶に呼んで戴き、奥さま共々歓談の機会を設けてくださいました。そして一度だけ私は彼を誘い、私の車で吉井町の日帰り温泉「牛伏ドリームセンター」に行ったことがあります。車内の英語版ナビには感心して下さいました。お風呂に浸かりながら牛伏山を眺めつつ、彼は「ここにペースメーカーが入ってます。」と私にそこを見せてくださいました。やはり、心配事はあったのかもしれません。
一方、前述の通り、彼は住職でもあったことから、実は私が生涯会えなかった祖父母は彼の心洞寺に眠っており、私の代わりに永いこと祖父母もお世話になったのです。
今日は私の庭に生った枇杷をご霊前に供えました。合掌
開花は研究 日本シャクナゲ 育てたい
2021年6月16日 (水)
認知予防 生き生きワクワクする 期待感
屋敷稲荷 我が家を見守り 一世紀
2021年6月15日 (火)
梅雨の晴れ間 しっかり歩いて 血流促進
夕立ちで 始まる梅雨入り 気候変動か
2021年6月14日 (月)
倉賀野小学校校歌で児童との約束果たす
【今朝から本格的に咲き始めたユリ】・・・画像を拡大してご覧ください。
昨今は、いつになっても先が見えないコロナ禍の最中にあり、社会全体は経済の低迷となり、多くの大人にとって生活が苦境に立たされてます。特にバイト学生、一人親家庭、非正規雇用なと多くの方々は収入が途絶えがちと言われてます。また、ますます人口増にある高齢者は身体のあちこちに不具合が生じても一人で病院に行けなくなったり、買物にも行けず、親しい友人との交流もコロナ禍以前に比較し、途絶えがちで、孤独に家庭内にいる時間が続いています。
しかし、それにも増して、私が危惧するのは疲弊し続ける社会にあって、輝かしい未来がある筈の小学生や中学生の日々の心境です。小学生高学年から中学生にかけては「自我が形成される大切な時期」です。「自分とは何か」を意識し始め、現実の社会にあって「自分がどう身を処すべきか」、特に学校の成績や友人関係で悩みる始める年令です。
と言う私たち大人でも、一歩、家から社会に出てば、どこへ行ってもおそらく98%は見知らぬ人たち、話したことがない人たちばかりで、家から離れれば離れるほど全く見たこともない人たちばかり、話したことのない人たちばかりになります。小中学生にとって、この状態は更に甚だしく、周囲を見回しても話せる相手は親と先生と親しい友だちだけでしょう。
このような現実の社会にあって、私たち大人が「人生経験の少ない子供たちに、どう接するか」は、今までそういう時代でなかったとしても、先ず、大人の方から積極的に子供たちに話しかけることが肝要ではないでしょうか。
拙い体験では、時々順番が巡って来る通学路のパトロール中も、私は子供を見たら、挨拶したり、こちらから話しかける方針でいます。子供たちにとって、あまり知らない大人に自分から何か話しかけることは精神的にハードルが高いでしょう。
そうであっても、子供は大人たちに何かを求めているのではないでしょうか。私が考えるには、それは信じられる大人であり、心の温かな大人ではないでしょうか。更には、知ってる大人でも約束を守る人ではないでしょうか。
ところで、一週間ほど前、小学生の女児二人が朝の通学途上、私の家の前を倉賀野小学校校歌を歌いながら通過して行きました。それを聴いた私は彼女たちの歌声に合わせて、すぐに笛(アルトリコーダー)で校歌を二階から窓を開けて吹きました。彼女たちに私の姿は見えません。アルトリコーダーは女子児童の声域とマッチしました。彼女たちは、驚いて突然、歌うことをやめ、森の中から不思議に響いてくる校歌をずっと聴いてるように見受けられました。私は二回吹きました。
実は、昨日、私が庭にいたら、日曜日と言うこともあって自転車に乗って来た一人の女の子が「明日、私たちが学校へ行くとき、また、倉小校歌を吹いてくれますか。」と言ってきました。「ああ、この間、校歌を歌っていたのはあなたたちですか。」と私も分かり、彼女は「明日7時50分頃ここを通って登校します。」私はすぐに「いいですよ。」と言って、そのときは別れました。
いよいよ、今朝その時間が来ました。私は樹木で姿が見えないように、二人の女児が来たのを窓越しに確認し、二階から校歌を演奏しました。彼女たちを驚かせようと思い、今回は、アルトリコーダーでなく、音色の異なるソプラノサクソフォーンで吹きました。彼女たちの話し声は聞こえず、ソプラノサックスの音色をずっと聴いているようでした。
こんなことでも、私は子供たちとの約束が果たせたことで、とても貴重な体験ができ、彼女たちも私のことを「約束を守る大人」と思ってくれたかもしれません。そして「大人は信じられる人もいる」との印象を持ってくれたなら嬉しいです。周囲に信じられる人がいると子供は大きく伸びるのではないでしょうか。
2021年6月13日 (日)
日本間は 心休まる 先人の知恵
2021年6月12日 (土)
枇杷の実で 野鳥と私の 知恵比べ
ゴージャスに 心を潤す 黄色いユリ
2021年6月11日 (金)
車間距離 守ればずっと 余裕出る
2021年6月10日 (木)
グラジオラス 蕾に見られる 幾何学模様
【拡大してご覧下さい。】
半世紀以上に亘るレース鳩飼育から、三年前より趣味が植物の生育に変わったことから、言わば毎日、庭の植物を見て回りますが、昨今の気温の高さは植物にとっても暑く、水遣りが欠かせません。特に、植木鉢の植物は子供を育てるかの如く、丁寧に生育状況を観察しなければ、暑さと水不足から枯れてしまいます。
赤紫の藤は直径60センチほどの大きな植木鉢に植えてありますが、近年は樹木そのものが大きく広がり始めており、多量の水が必要で、特に夏季は最低でも朝晩の水遣りが欠かせません。手を抜くと葉が萎れて来ます。直植えすれば問題ないのですが、この藤は背が低いことから、直植えでは開花時に花が見難くなるので、大きな植木鉢に植え、しかも、ブロックを三段積んだ上に載せてあります。
ところで、春の花がすでに終わりを告げると、現在は数本のユリと、写真のグラジオラスに幾本も蕾が出て来ました。
それにしても驚きです。ご覧の通り、葉と葉の間が膨らみ始め、中から蕾が伸びて来ました。しかも、何と言う素晴らしい自然が織りなす紋様でしょう。それは幾何学的な紋様です。一枚一枚が狂いなく、花を包み込んでます。果たして何色のグラジオラスでしょうか。今のところ私にも分かりません。
球根を購入したとき、確か数種の色を組み合わせましたが、植えてからの1本1本は何色になるかまだ分かりません。植物としての勢いはよいので大きな花が咲くと期待してます。
こちらは「こでまり」です。今春の蕾でまるで星印のようです。
ところで、蕾の幾何学模様として、私が驚いたものに4月に咲いた「こでまり」があります。花が五角形であることから、蕾も五角形ですが、蕾の五角形は不思議な世界に見えます。このコデマリは私が子供の頃からあったので、戦前から我が家に咲き続けており、今後もずっと咲き続けるでしょう。
植物にはいろいろ驚かされることがしばしばで、前にも記しましたが、シャクナゲの葉の裏は殆どが黄緑ですが、葉の裏が黄土色でしたら、それは貴重な日本シャクナゲです。それ以外は西洋シャクナゲです。また、「源平しだれ」の花桃や、「想いのまま」と言った花梅は1本の樹木が紅白に咲き分ける品種で、これも不思議なことで驚きます。と言っても「ねむの木」の就眠運動ほど神秘なことはありません。
これからも植物を世話しつつ、同時に植物の生態をよく観察します。それでも私が最も素晴らしいと感じることは「洗練された花の色彩」です。次が植物の樹形美です。
やみつきに ならない程度に 食べてみる
2021年6月 9日 (水)
昼長し 朝から時間を 有効に
2021年6月 8日 (火)
今もなお 港の雰囲気 残る河岸跡
ウォーキング 専用シューズで より燃える
2021年6月 7日 (月)
森の中 住まいは隠れ ひっそり暮らす
【この緑の中から、時にはピアノの音が聞こえます。】
健康維持のため時々行ってるウォーキング中、あちこち見学しているので分かりますが、私の倉賀野町の中でも、樹木に覆われた家屋は意外と少ないです。
広い空き地があれば、そこは駐車場になったり、また、新たに大きなに工場が建設されたりで、現代人にとって、樹木は意外と大切にされないように感じます。もっと、樹木を増やしつつ、いろいろ建設して欲しいものです。その上、歴史的に由緒ある大きな樹木は邪魔物として伐採されつつあります。
倉賀野町で今では大きな樹木が存在してるのは倉賀野小学校前の今は亡き真下次男先生宅の欅などです。また、永泉寺境内も高さがある樹木に覆われています。あとはあまり見受けられません。
6月の今の季節は新緑に覆われ、樹木の中は呼吸がすごく楽に感じます。最近、拙いブログでは事あるごとに書いてますが、私たちは無意識のうちに呼吸し、その回数は1分間におよそ18回ですから、1日の長さ1440分を乗ずると、一日におよそ2万5千回ほど、肺で二酸化炭素を酸素にガス交換し、心臓と脹脛によって血液循環を行ない、全身の臓器や筋肉に酸素と栄養を送り届け、生命を維持してる現実があります。
ところで、この酸素を作ってるのは樹木だけです。これが光合成です。こう考えるとこの世で植物ほど大切なものはありません。地球温暖化によって諸外国でも緑が減って砂漠化し、気温が上昇していると伝えられ、この現象は、未来の子々孫々や動物の生命にはマイナスになってもプラスはありません。とりわけ、よくないと言われる化石燃料の発電を徐々に減少していくべきではないでしょうか。
日本国内においても、山岳地帯では人工林が多くなり、しかし、それは特に葉が小さい針葉樹である杉や檜といった建築用木材の植林であり、経済を優先した植林が多いと言われてます。
人類の未来を考えるとき憂うべきは、近年では毎年、日本中で大洪水が起き、以前に比較して災害が多く、度々、被災が報道されてます。このままでは子々孫々の時代にはどうなるのでしょう。
優先すべきは、山岳地帯に元々たくさん生育してたブナなど広葉樹をたくさん増やしたいものです。ブナ林は山にたくさんの水を蓄え、洪水を減らすと考えられてます。
ところで、現職で他界した亡妻は、退職したら中国奥地の砂漠地帯に行き、植林するプロジェクトに参加する夢を生前に持ってました。しかし、病魔のため、それは実現できませんでしたが、地球の未来と子々孫々の幸せをいかに願っていたかが分かります。
私はその遺志を引き継ぎ、せめて我が家の庭だけでも、森の中に住んでるかの如く、緑に覆われた環境作りに現在も取り組んでます。未だ未だ、道半ばです。それでも植えるべき土地は多少未だあり、これからも植物に囲まれた新鮮な酸素の下、豊富な井戸水を大切にしつつ、最近、度々耳にする持続可能な環境づくりを日々実践したいと思っています。
生涯に 命名したのは 一人だけ
2021年6月 6日 (日)
父の日に ユリの開花が ありそうだ
2021年6月 5日 (土)
梅雨時に 自然の恵み 享受する
2021年6月 4日 (金)
夜間に 就眠運動する 不思議な習性
2021年6月 3日 (木)
忘れがち 生命の基盤 緑と水
【写真を拡大してご覧ください。】
6月となり、庭は多くの樹木に覆われ、私の家はこの森のような新緑の中に佇み、外から家屋が見えないほどです。殆どが落葉樹ですが、中には金木犀やツツジ、各種シャクナゲなど常緑樹もあり、年間を通じて緑は多いです。これらの樹木は井戸水で育ててます。
日々、私たちは忘れがちですが、この樹木たちは昼の時間が長い今こそ、盛んに光合成を繰り返しており、結果的に自身で樹木を大きく成長させ、すでに来春の開花の準備に入ってます。学生時代に習ったように、光合成とは光エネルギー(太陽光)を使って水と空気中の二酸化炭素から炭水化物を合成し、同時に私たち人間や動物の生命にとって欠くべからざる酸素を生産して大気に放出しています。
私たちが何時如何なる瞬時も生きていられる根源は、無意識のうちに行なわれてる「肺呼吸を通じて、二酸化炭素を酸素にガス交換してること」に起因してます。酸素なくしては1~2分で生命は絶たれます。つまり、私たちは植物によって生かされてます。
ところで、昨日の夕方、倉賀野駅の北東に位置する「新堤・地元での通称は鯉池」までウォーキングしてきました。最近、この池の周囲は整備され、とてもよい道路が完成しました。それにしてもこの鯉池は平地にしては誠に広いです。
写真には映ってませんが、池の周囲は多くの桜が植えてあります。この池には四月頃まで鴨やオシドリなどたくさんの水鳥がいましたが、現在は一羽もいません。冬季の多いときは数百羽が羽を休めており、この習性は毎年のことで、人に慣れており、前回、私が口笛を吹いたら多くの水鳥が寄ってきましたが、餌をくれないと分かるや、遠くへ引き返して行きました。水鳥たちを騙したようで申し訳ない感じです。
今ではすべての水鳥はおそらく北部ユーラシア大陸やカムチャッカ半島まで飛来し、そちらで短い夏を過ごし、子育ての最中と想われます。そして、日本が晩秋になる頃、今度は生れた雛を連れて大海原を渡り、猛禽類など生息する危険な山岳地帯を飛び越え、再び、ここまでやって来ることがすでに230年以上続いていると想われます。
230年というのは、この新堤は天明3年・浅間の大噴火により、50Kmも離れた倉賀野一帯にも火山灰が20~30㎝も降り積もり、農業は壊滅状態となり、天明の大飢饉です。当時の人々は火山灰の片付けの日々が続き、それに合わせて農業用水確保のため、この新堤を作りました。ですからこの堤は当時の先人の苦境の日々が偲ばれる堤です。
なお、こちらを「新堤」というのは、倉賀野町にはこの堤より、更に100年ほど前に作られた「古堤」が現在でも下町の諏訪神社近くに存在してます。
【拡大してご覧下さい。】
大昔から現代へと時代が変わっても、人々の生活に共通する欠くべからざるものは「新鮮な空気と水の確保」ですが、ややもすると日々忘れがちです。
今後、21世紀中期から後半へと続きます。また、近頃、誕生した赤ちゃんは22世紀まで生き、活動を続けます。
山岳には建設用の杉やヒノキのみでなく、ブナの木など多量の水を蓄える樹木を植え、人類や動物の生命に永遠性が生じるよう今のうちに植林を実践しておきたいものです。
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