倉賀野小学校校歌で児童との約束果たす
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昨今は、いつになっても先が見えないコロナ禍の最中にあり、社会全体は経済の低迷となり、多くの大人にとって生活が苦境に立たされてます。特にバイト学生、一人親家庭、非正規雇用なと多くの方々は収入が途絶えがちと言われてます。また、ますます人口増にある高齢者は身体のあちこちに不具合が生じても一人で病院に行けなくなったり、買物にも行けず、親しい友人との交流もコロナ禍以前に比較し、途絶えがちで、孤独に家庭内にいる時間が続いています。
しかし、それにも増して、私が危惧するのは疲弊し続ける社会にあって、輝かしい未来がある筈の小学生や中学生の日々の心境です。小学生高学年から中学生にかけては「自我が形成される大切な時期」です。「自分とは何か」を意識し始め、現実の社会にあって「自分がどう身を処すべきか」、特に学校の成績や友人関係で悩みる始める年令です。
と言う私たち大人でも、一歩、家から社会に出てば、どこへ行ってもおそらく98%は見知らぬ人たち、話したことがない人たちばかりで、家から離れれば離れるほど全く見たこともない人たちばかり、話したことのない人たちばかりになります。小中学生にとって、この状態は更に甚だしく、周囲を見回しても話せる相手は親と先生と親しい友だちだけでしょう。
このような現実の社会にあって、私たち大人が「人生経験の少ない子供たちに、どう接するか」は、今までそういう時代でなかったとしても、先ず、大人の方から積極的に子供たちに話しかけることが肝要ではないでしょうか。
拙い体験では、時々順番が巡って来る通学路のパトロール中も、私は子供を見たら、挨拶したり、こちらから話しかける方針でいます。子供たちにとって、あまり知らない大人に自分から何か話しかけることは精神的にハードルが高いでしょう。
そうであっても、子供は大人たちに何かを求めているのではないでしょうか。私が考えるには、それは信じられる大人であり、心の温かな大人ではないでしょうか。更には、知ってる大人でも約束を守る人ではないでしょうか。
ところで、一週間ほど前、小学生の女児二人が朝の通学途上、私の家の前を倉賀野小学校校歌を歌いながら通過して行きました。それを聴いた私は彼女たちの歌声に合わせて、すぐに笛(アルトリコーダー)で校歌を二階から窓を開けて吹きました。彼女たちに私の姿は見えません。アルトリコーダーは女子児童の声域とマッチしました。彼女たちは、驚いて突然、歌うことをやめ、森の中から不思議に響いてくる校歌をずっと聴いてるように見受けられました。私は二回吹きました。
実は、昨日、私が庭にいたら、日曜日と言うこともあって自転車に乗って来た一人の女の子が「明日、私たちが学校へ行くとき、また、倉小校歌を吹いてくれますか。」と言ってきました。「ああ、この間、校歌を歌っていたのはあなたたちですか。」と私も分かり、彼女は「明日7時50分頃ここを通って登校します。」私はすぐに「いいですよ。」と言って、そのときは別れました。
いよいよ、今朝その時間が来ました。私は樹木で姿が見えないように、二人の女児が来たのを窓越しに確認し、二階から校歌を演奏しました。彼女たちを驚かせようと思い、今回は、アルトリコーダーでなく、音色の異なるソプラノサクソフォーンで吹きました。彼女たちの話し声は聞こえず、ソプラノサックスの音色をずっと聴いているようでした。
こんなことでも、私は子供たちとの約束が果たせたことで、とても貴重な体験ができ、彼女たちも私のことを「約束を守る大人」と思ってくれたかもしれません。そして「大人は信じられる人もいる」との印象を持ってくれたなら嬉しいです。周囲に信じられる人がいると子供は大きく伸びるのではないでしょうか。
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今日のブログの話、心に沁みるね。
どこでだれが吹くのか不思議な笛だ。音も静かに蒔絵の笛だ。
子どもと大人の心の垣根を取り除くものは、音楽の力、心の通い合いは歌の力かもしれません。
『歌の町』という童謡を懐かしく思い出しています。♪よい子が住んでるよい町は楽しい楽しい歌の町~あの頃は、街に活気がありました。町の中にも自然が身近にありました。
作詞名の勝承夫(かつよしお)は小学生の頃から気にかかっていた人名でした。小学校の音楽の教科書の作詞で一番よく見かけた名前でしたが、正しく読めませんでしたから。
♪「いつもいつも通る夜汽車」で始まる『夜汽車』、遥かなるスワニー川 その下(しも)で始まる『故郷の人々』は印象に残っています。
投稿: ヒャラーリヒャラリコ | 2021年6月14日 (月) 16時22分
ヒャラーリヒャラリコさんへ・・・子供たちが前の道を通過するのは私がBSの昔の朝ドラ「アグリ」を見つつ朝食を終わって、暫くすると、いつも声が聞こえます。小学生はおそらく毎日家を出る時間が決まっているのでしょう。
それにしても「心に沁みる」と表現して戴き嬉しく思います。私の文は殆ど自然に対するものが多いことから、いわば感動よりこの世の真実の不思議さを求めています。
一方、何でも良いから、子供たちにとっての輝く未来につながるようバックアップしたい気持ちに溢れています。
投稿: カッキー | 2021年6月14日 (月) 21時01分